4-2 アウェイクニング・ブラッド




 話している間も、頭痛は絶えず響いていた。

 消えない違和感、不快感。

 俺は何を気にしているのか、何をこんなに焦っているのか。

 分からない、分からない。ただ、だからと言って立ち止まることは出来ない。

 歩みは止めない。進み続ける。ここまで来て引き返すことは出来ない。

 

 その先には何があるのか。まだ誰も分からないのだろうが。

 暗い混迷の洞穴の先。その出口からは赤い光が差していた。



 ◇



 エンプティには、元々『心臓』があった可能性がある。

 驚くべきその事実に、その場にいる誰もがすぐには口を開けなかった。そんな驚愕の冷めやらぬ中、スミスがさらに説明を続ける。


『そもそもその非常用融合炉、ってのが怪しくてな。

 エンプティの融合炉はエネルギー効率も安定性も高い。加えて、別のところにバッテリーも備えてる。融合炉が機能停止しても、短時間なら動けるように出来てんだよ。

 なのに二つ目の融合炉がある。不思議なコトやってんな、とは思ってたんだがよ、造ったヤツがいねえ以上その意図も長年分からなかったんだ』


「それで今回の調査の結果、非常用融合炉の制御回路と『心臓』の関係性が分かったので、少し思い切ったことをしてみたんです」


 エリゼの言葉に、スミスが付け足す。


『非常用融合炉のだ。ブラックボックス化されてるとこも含めてのな。元に戻せねえのを覚悟で徹底的にバラしてやった。そうするとよ』


「出てきたんです。


 最早反応が追い付かなかった。……今のエンプティにも『心臓』が付いていた?

 なぜ、どうして。というよりそもそも誰も気が付かなかったのか。『心臓』は特有の反応を持ってるんじゃなかったのか。


『何十分の一ってサイズだったがな。恐らくは代替部品だったんだろうぜ。バラしちまった今となっちゃあどういう働きをしてたのかは分からねえが』


『あと、多分だけどね、あんまり小さすぎるもんだから観測班の機器でも反応を捉えきれなかったんだよね』とクランク。


「……つまり、ブラックボックスに収められてた上に反応が微弱過ぎたから、小さな『心臓』がそこにあるって分からなかった、ってこと?」


『そういうことだろうね。あとあれね、炉の構造体が反応を遮断していたことも一因だね』


「なるほど、そりゃあ気が付かないわけだ」


 文字通りのブラックボックス。開けてみなければ分からなかったということなんだろう。……それにしても、だとすると。

 思い浮かんだその言葉を、ドクターが代わりに言う。

 

「となれば、そもそも非常用融合炉はその存在自体が偽装用だった、ということになるのか」


 ドクターのその言葉にエリゼが頷く。


「その可能性は高いと思います。恐らくは元々付いていた『心臓』が何らかの理由で破損したため、代わりに非常用融合炉――という偽装を施した代替の『心臓』――を取り付けたのかと」


「なんで?」メルが端的に疑問を口にする。


「理由が分かりませんね。壊れたパーツの代替品を取り付けるまでは納得できますが、なぜわざわざ『偽装』をしなければならなかったのでしょうか」


 マグの問いももっともだ。なぜここまで回りくどいやり方をする必要があるのか。その点がはっきりとは見えてこない。


「そこまでは……すみません、わかりませんでした」エリゼが目線を伏せる。


『分からねえもんを考えても仕方がねえ。俺たちはまずやれることをやるべきだ』


 スミスが話題を切り替える。そのタイミングはまるで彼女をかばったようにも見えて、ちょっとだけふたりの師弟関係が垣間見えた。「あ、ありがとうございます」とエリゼが小声で謝る。


「で、その『やれること』とは?」ドクターが問う。


『なあに、単純な事です。

 さっきも言いましたがね、非常用融合炉の制御回路と『心臓』の入力端子部の配置は完全に一致してるんです。だったらやれることなんて決まってる』


 そう言ってスミスは、今回の本題を切り出した。


『付けてみりゃあいいんですよ、エンプティに『心臓』を』



 ◇

 


 見渡せば、海。

 まっすぐ行けば程なく内壁にぶち当たるんだけど、一見すると水平線は遠くに見える。内壁のスクリーンが遠海の景色を上手く作り出しているからだ。


 『浮き島』都市部の外縁一帯は、人工海水で満たされている。

 景観や雰囲気を作り出す目的もあるんだろうけど、この海岸線にはもうひとつ重要な役割がある。だ。

 現在あらゆる機械に広く使われている核融合炉。その燃料となる水素の同位体――重水素や三重水素――を保管しておく役割が、この人工海にはある。


「さて、と」


 エンプティの肩に乗って、さざ波の音を聞く。作られた目的がどうであれ、目の前に広がる海はとても綺麗で。

 かつて世界にはこんな光景が一面に広がっていたのかと、そう思うと妙に胸が締め付けられる。本物の青い海は、もう世界中どこを探したって見つからない。

 なんて、感傷に浸ってる場合でもないか。


「こっちは準備オッケーだよ。いつでも乗れる」


 腕の端末を介して話しかければ『了解です。こちらは計器の準備がもう少しかかりそうです。あ、もう搭乗してもらっても構いませんよ?』とエリゼの声が聞こえた。


 膝下あたりまで水に浸かり、海に立つエンプティ。銀灰の単眼モノアイは遠く偽りの水平線を見つめている。そのカラダの中には、例の『心臓』が既に収められ、静かに脈動している。


 例の『心臓』の起動実験。

 何が起こるか分からないという懸念から、実験場には外縁の人工海が選ばれた。万一爆発が起きたとしても、ここならば大した被害は出ないだろう。


 手に持っていたヘルメットをかぶり、エンプティのコックピットに乗り込む。

 鮮やかな青から一転、灰色の全天モニターに囲まれる。起動が出来るのは、各種計測器の用意が終了してからになる。


「……どうなるんだろ」


 暗いコックピットの中、ひとり呟く。

 正直、何が起こるのか予想もつかなかった。……ただ、何も起きなくて残念でした、という結果にはならないのだろうという予感はあって。

 何かが起こる。何かが変わる。そんな確信の中、抱くのはプラスとマイナス両方の思い。

 期待と不安。希望と恐怖。心の中で渦巻く感情に、思考が乱されていく。それに必死に抗いながら、いつも通りを装って。でも。


『お待たせしましたシェラさん! 準備できました!』


「……ああ、そう」


『? どうかされましたか? 少し調子が悪そうな感じですけど』


「いや、なんでもない。ちょっとぼーっとしてただけだよ」


 通信から聞こえた声に、ぎくりとなる。まだ付き合いの浅いエリゼに、こんな簡単に見抜かれてしまうなんて。どうやら僕は僕自身が思っていたよりも余裕がないようで。


「もう大丈夫。早くやろうよ、実験」


『え、ええ。それでは、タイミングは一任しますので、エンプティの起動をお願いします』


「了解」


 口早にやり取りを済ませ、シートに深く座り込み深呼吸。

 ここまで来たらもう退けない。泣こうが笑おうがやってしまうしかないんだ。

 僕の思考を読み取って、腕の端末がエンプティへと指令を出す。アームレストとフットレストの接続部が起動し、シートに手足が固定される。

 頭上から降りてきたケーブルがヘルメットへと突き刺さる。

 四肢と首筋にちくりと刺激。神経接続が確立されて。


『パイロットの接続を確認しました。起動シークエンスを開始します』


 全天モニターが起動。先ほど見ていた青の景色が、彼女の単眼モノアイを介して映し出される。そしていつものように、システムチェックが開始される。

 

 ――――はずだった。



『警告。非常用融合炉の機密保持機構の解除、並びに分離毒素リムーバー発生機構の正常接続を確認しました。

 正規の手順における施工であることを確認するため、システム管理者による認証を求めます』




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