4-3 アウェイクニング・ブラッド




 ――――危機感。これは危機感だ。

 警鐘が鳴る。けたたましく頭の中で響き渡る。警告灯の赤、赤、赤。

 俺だけだ。俺だけが気付いた。そう、俺だけが


 気が付けば足が動いていた。海へと走っていた。

 後ろから俺を呼び止める声。だが聞いていられなかった。

 なぜ忘れていた。なぜ思い出せなかった。悔いる気持ちは今は置いていく。そんなことを気にしている場合じゃない。


 目覚めさせるわけには、いかなかった。



 ◇



『繰り返します。正規の手順における施工であることを確認するため、システム管理者による認証を求めます』


「え、何? 何なのこれ!?」


 コックピットに響くエンプティの言葉。さっきからずっと同じように繰り返している。加えて、起動シークエンスが止まっているためか機体制御も出来ない状況。

 一体何が起きたというのか。通信で確認しようとすると。


『シェラさん、聞こえますか!?』とエリゼの切羽詰まった声。


「聞こえてるよ! っていうかこっちも今ちょっとよく分かんない状況なんだけど!? なんかエンプティがずっと管理者による認証がどうのって――――」


『すみません、逃げてください! そっちに師匠が、スミスさんが――――』


 スミス? 一体何のことだろう。全天モニターで背後を確認しようとしたその時。

 ――――衝撃。突然のショック。何かの攻撃か。コントロールが遮断されている状態で体勢を保てるはずもなく。傾いていく視界。

 

 そして、機体が全身着水。轟音と飛沫。全天モニターが泡と青に染まっていく。何が起きた、一体何が。


 再び衝撃。上方から大きな力が加わったような感覚。乗られた? 全天モニターは作動している。自分の体を捻って強引に後ろを向けば、そこには。


 ――――スミスが己の拳を振り上げている姿が映って。


「――――――――え」


 三度の衝撃。巨大な鉄拳がエンプティの背に打ち落とされた。重い一撃。装甲が歪む音が聞こえた気がした。

 どういうこと? なんでスミスがここに? なんでエンプティに攻撃を?


『やめてください師匠! スミスさん!』


 通信を切り忘れているのか、エリゼの悲痛な叫びが届く。どうやら海岸側も事態を正確に把握していないみたいで。

 エンプティはまだ動かない。同じ言葉を延々と繰り返しているだけ。スミスが四度目の拳を振り上げる。なんで、なんで、なんで――――


『繰り返します。正規の手順における施工であることを確認するため、システム管理者によ――――――――』


 と、突然。エンプティが言葉を切って。そして。


『認証を確認しました。これより起動シークエンスを再開します』


「――――――――は?」


 認証が通った? なんで今のタイミングで? というか一体

 戸惑う僕を他所にエンプティはシークエンスを進めていく。


『主制御ユニット、正常。各制御系、正常。主融合炉、安定。分離毒素リムーバー発生機構、正常。

 カメラ系およびセンサ系、正常。探知・索敵ユニット、正常。通信系、正常。

 機体各部アクチュエータ及び人工筋肉、正常駆動確認。各部GIPジェネレータ、正常稼働確認。

 起動シークエンスが完了しました。通常稼働及び殲滅戦稼働が可能となります。

 ――――おはようございます、マスター』


「そんなこと言ってる場合じゃない! 何なのこれ、どうなってんだよ!」


『パイロットの精神状況の悪化を確認しました。落ち着いてください、マスター』


 いつも通りに落ち着き払ったエンプティの声が今は腹立たしかった。何が起きているのか、どうしてこんな状況になっているのか。――――なぜスミスに攻撃されているのか、何もかもが分からなくて。


『警告。識別名スミスによる攻撃行動の予兆を確認。回避してください』


「言われなくっても――――!」


 ただがむしゃらに機体を動かす。GIPジェネレータフル稼働。馬力と斥力場で強引にカラダを起こし、馬乗りになっていたスミスを強引に弾き飛ばした。

 そのまま宙へ逃げて距離を取ろうとして――――ぐらり、姿勢が大きく崩れる。 


「っ、飛べない!? なんで!?」


『機体の損傷を確認しました。姿勢制御用GIPジェネレータ二基、推進用ジェネレータ一基、計三基が動作を停止しています。飛行は困難な状況です』


「……まさか、スミスが」


 狙って壊したとでも言うのか。エンプティの構造を誰より理解している彼なら確かに、ピンポイントでGIPジェネレータを破壊できるかも知れない。

 なら、本当にスミスは、エンプティを壊す気で――――。


『識別名スミスの敵対行動を確認しました。機体保護の必要性の観点から、識別名スミスの無力化ないし破壊を推奨します』


「なっ――――破、壊?」


 耳を疑う。スミスを傷つけろというのか、壊せというのか。その言葉に一瞬で頭に血が上って。


「何言ってるんだよエンプティ! そんなこと出来るわけないじゃないか!」


『機密保持機構の解除に伴い与えられた情報開示権に基づき反論します。

 当機はメトシェラ計画の中枢を担う重要ファクターです。機体保護は最優先事項であり、これに害を為す敵性存在は破壊しなければなりません。

 繰り返します。識別名スミスの無力化ないし破壊を推奨します』


「メトシェラ、計画? エンプティ、いったい何を――――」


 その時、殺気。エンプティの言葉に気を取られて気付くのが遅れてしまった。

 迫る拳。狙いは単眼モノアイか。とっさに体を捻る。反射的にGIPジェネレータを稼働させる。顔面をかする巨大な鉄塊。なんとか躱せたけれど体勢は崩れて。


『――――動くな、シェラ!』


 スミスの叫び。同時に二撃目の拳。狙いは腹。避けられない。判断すると同時に後方へと跳躍。――――――衝撃と轟音。勢いは殺せたけれどそれでもショックは大きくて。弾き飛ばされるエンプティのカラダ。

 何とかふんばって姿勢を維持。転倒は免れた。……けれど。

 通信回線をオープン。戸惑いと焦りをそのまま言葉に変えて叫ぶ。


「どういうつもりなんだよ、スミス!」


『そいつを壊すんだよ! 壊さなきゃならねえ! シェラ、そいつは俺たちにとっての敵だ、毒だ!』


「そんな、急に何を――――」


『いいから動くんじゃねえ! 大丈夫だ、お前は生かしてそいつだけを壊す!』


 そう言って襲い掛かってくるスミス、その圧に押されてたたらを踏む。なんで、どうして。疑問符が渦巻く。迫る左の鉄拳。カラダを逸らして何とか躱す。二撃目は右。エンプティの腕を振り上げ、スミスの拳の軌道を弾く。

 後退しながらのスミスの攻撃を止め、逸らし、受け流す。

 なんでこんなことに。どうしてスミスはこんなことを。分からない、分からない。

 ただただ状況だけが先へ先へと進んでいって。


『パイロットの精神復調、並びに戦闘続行意思が確認できません。

 ――――――――システム管理者からの命令を受諾しました。

 機体保護を最優先するため、パイロットとの神経接続を切断し、自律戦闘モード並びに殲滅戦稼働を開始します』


「なん、て?」


 最早エンプティの声などほとんど拾えていなかったけれど、端々に混ぜられた剣呑な響きの言葉に血の気が引く。なんだ、一体何をしようとしている。エンプティは、彼女はいったい――――


『カウントダウン。十、九、八、七――――』


「待ってエンプティ! 何する気!? ねえ、答えてよ!」


 必死に叫ぶも彼女はそれを無視するかのようにカウントを進めていき、そして。


『三、二、一―――――――神経接続カット。自律戦闘モード開始』


 ぷつり。神経によるコントロールが切断される感覚。アームレストとフットレストの拘束が外れる。

 同調が切れ、エンプティのカラダを感じられなくなり。


「誰か、誰か答えて! 今何が起きてるんだよ!? どうなってる!? 教えてよ、ねえ――――」


 狼狽に叫ぶ。海と空の青を背景に、スミスの姿がモニターに映っている。変わらずこちらエンプティに攻撃を仕掛けようとする彼の意図は何なのか。

 そしてエンプティ。いつもと違う起動シークエンス。いつもと違う警告の言葉。いつもと違う自律行動。訳が分からない。何が起こっているのか分からない。

 理解できるのは、今の状況がとても逼迫しているということ。ただそれだけで。



『引き続いて、殲滅戦稼働に移行します。

 ――――――――分離毒素リムーバー発生機構、アクティブ』



 ――――どくん。何かが強く脈を打つ、そんな音が聞こえた気がした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る