3-5 トキシック・ハート
ようやく辿り着いた目的地。数々のスクラップがうず高く積まれた瓦礫の山々。
へしゃげたニンゲン型機械の腕部、砕けて錆びた小型核融合炉の一部、原形すらとどめていない鉄くずの数々。いずれも損壊と劣化の著しいものばかりが散乱している。
さながらイキモノたちのゴミ捨て場、といったところだろうか。
「追撃は……無いね。とりあえず窮地は脱したかな。みんな大丈夫?」
『S-2、マグ機。異常ありません。この場所の近辺にイキモノが近寄らないというのは本当だったみたいですね』
『S-3、メル。弾切れ以外は問題なし。予測が外れてたらまずかった。まあでも余裕』
『え、S-4、エリゼ機。大丈夫です、けど全然余裕じゃないです……! し、シぬかと思いましたぁ……』
『エリゼは元々シなない。S-4に乗ってるのは本体じゃなくて遠隔操作ユニット』
『あ、いえ、それはそうなんですけど。その、気分的にと言いますか』
全機の無事を確認して一息。メルとエリゼのやり取りを聞くに、精神的にもまだ余裕は残っていると見ていいだろう。予想外に激しい戦闘となったものの、消耗は最低限で済んだようだった。
ただ、まだ気を抜くことは出来ない。ここからが今回の任務の本番だ。
「というか……この瓦礫の山脈地帯からブツを見つけろ、ってことなんだよね……」
『……一体、どうやって探せばいいんでしょう』
途方に暮れたようなマグの声に吊られ、ため息が出る。
見渡す限りスクラップ、スクラップ、スクラップ。元の形が何であったかすら分からないレベルの残骸の山。この中から、例の『反応が脈動しているレアモノ』を見つけなければいけない、んだけど。
『そもそも形が分からない』
メルの言うとおりだった。脈動反応をレーダーで感知することである程度埋まっている場所は特定できるものの、肝心のレアモノがどういった形をしているのかを僕たちは知らないわけで。
これはあれか、反応の強弱を注視しながら地道にガラクタを掘り起こしていくしかないのだろうか。中々に根気の要りそうな作業を想像してげんなりしていると。
……やはり、というべきか。S-4に乗る彼女が口を開いた。
『直径が一メートルくらいの真赤い球体です。反応の脈動に同期して発光しているので、見ればすぐに分かると思います』
エリゼの断言に、一瞬の沈黙が降りる。言い切り方から滲むのは自信というよりも確信に近い色。通信を介して、メルの怪訝そうな声が届く。
『なんで、言い切れる?』
『それは…………えと、その』とエリゼ。しばらく考えるような間があって。『……なんででしょう?』と語尾を上げた。
『私たちに聞かれても困るのですが』とマグ。
『いや、実際わたしもよく分かってないんですけど、そんな見た目のモノなんだろうなぁというのは、なんとなく分かると言いますか』
『オンナの勘?』
『説得力に欠けますね。信じていいのかどうか』
メルとマグはエリゼの言葉を受け入れ難く感じているようだった。
まあ、それはそうだろう。根拠も何もあったものじゃない彼女の予測は、傍から聞いていれば当てずっぽうの感覚に近いものだ。
けれどその実、彼女の『当てずっぽうの感覚』は予測どころか予知の域にある。そのことを僕は嫌というほど理解していた。だから。
「ま、それ以外に手掛かりらしい手掛かりも無いんだし、とりあえずエリゼを信じて探してみてもいいんじゃないの?」
そうやって、エリゼを支持する言葉を吐いて。
直後、どろりと纏わりつく嫌な感覚。ひたひたと何かが近づいてくる幻聴があって。
嫌な予感がする。明らかに凶兆と呼ぶべき感覚が僕を苛んでいる。……ただ、それでも。エリゼを拒絶することは出来ない。
他の誰でもないあのドクターが、彼女を受け入れることを決めたのだから。
◇
「
任務の前日。諸々不可解な点があるクモ型イキモノについてドクターに問うてみれば、そんな答えが返ってきた。はっきりとした口調での断言に、僕は首をかしげる。
「なんでそこまで馬鹿正直にプラスに捉えてるの? 理由は?」
「アンライプナロウに居た彼女を『浮き島』へ受け入れる際、入島検査の一環として任意での記憶領域走査を行っている。その結果、彼女は非常に重要なデータを有していることが分かった」
「重要なデータ?」
「これだ」
「なにこれ、なんかのプログラムのソースコード?」
「の、断片ファイルだ。エリゼの記憶領域において発見されたものになる。
このファイルについて解析をした結果、実に興味深いことが分かった」
「なに、とんでもない論理ウィルスの一部だったりしたわけ?」
「いや、ファイル自体が断片的過ぎて、元のコードの機能の詳細は分からなかった。が、十中八九危険なプログラムではないだろう。そして重要なのはその点ではない。
着目すべきは、ファイル内にあったユーザー定義関数の名称と、コードの構文における癖だ」
「……ごめん、そっち方面には明るくないから簡単にお願い」
「なら端的に、結論から言おう。
さらに付け加えるならば、その断片ファイルはエンプティの制御系におけるブラックボックスの中身の一部だと思われる」
◇
理由は分からない。けれどもエリゼはエンプティを知っている。しかも、おそらくは僕たち以上に。
そもそもの話、僕たちはエンプティのことをほとんど理解していない。『浮き島』の人工海から引き揚げられた
エンプティとは一体何なのか。エリゼはその手掛かりを握っている。ドクターのその考えは十中八九正しいものなのだろう。
ただ。エリゼの記憶領域内におけるエンプティの情報は、彼女自身が自発的に想起できるほどまとまった形では存在しておらず。
だからこそ、エンプティの整備をさせた。危険な任務にも連れてきた。何かの拍子で断片的な記憶に結び付きが出来、有益な情報を思い出すかもしれないから。
つまり僕らは、
ある種の打算の元、彼女を泳がせていたということになる。
後ろめたい感情が無いわけではない。良心の呵責は無論、ある。
ただ、エンプティの真実に近づくことが出来るかもしれないという期待が、その良心を上回っただけの話。
それが分かればあるいは、今みたいに彼女が皆から嫌われ避け続けているという現状を、打開することが出来るのかもしれなくて。
期待。希望。たったひとりの相棒が、やっと皆に受け入れて貰えるかもしれない。そんな光が見えて、僕は迷わずドクターの意図を汲んで行動した。
エンプティのことを知りたい。知ってほしい。理解してほしい。受け入れてほしい。……その気持ちは確かだ、確かなんだけど。
どろり、と。
苛むんだ。「これ以上先へ進むな」と体に粘つき絡みつく不愉快な心理が。
なぜ僕はこんなことを感じるのだろうか。その理由は皆目見当もつかない。得体の知れない原形質の不安がカラダを侵していく感覚に、怖気を抱く。
分からない。先へ進みたいのか、留まりたいのか。
分からない。知りたいのか、知らないままでいたいのか。
優柔不断に二の足を踏む心の動きをでも、現実は否応なしに追い立てて。
ひたひた、ひたひたと近付いてくる。最早僕の気持ちなどお構いなしに、何かがすぐ後ろまで迫っていて。
暗い暗い思考の闇の中、ついに肩を叩かれた。振り返れば、そこには――――
「――――見つけましたよ」
その声で我に返った。あまりに、あまりに自然な声色で放たれたエリゼの言葉。
S-4のマニュピレータは確かにそれを両手で掴んでいて。
――――赤い、とても赤い球体だった。
どくんどくんと血色に光る、真紅に染まった結晶球。
これはイきている。視界に入れた瞬間にそう強く感じさせられた。脳に直接叩き込まれるかのように届いたのは、並々ならないセイの息吹き。
鼓動している、脈動している。それはまるで心臓のように。
眩む、眩む。――――エリゼの両手から、真赤い液体が零れ落ちる様を幻視した。
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