3-4 トキシック・ハート




 駆ける、駆ける。イキモノ化した木の枝を折りつつ掻き分け進んでいく。後ろに付く三機も含め、全速力での疾走。

 正面、巨大なカエルが二体見えた。その大きな口ががぱりと開いたその奥には、三門ずつ計六門の重機関砲。銃口が吠えるよりも早く、通信を介して叫ぶ。


「各機散開! 来るよ!」


 それぞれの返答を聞きながら真上へと跳躍。直後に弾の雨が半機械の森を穿っていく。見る限り被弾した機体は無し。六つの砲口はゆっくりと上へ――こちらへ――向く。GIPジェネレータ、全開。見えない力場を加速に変えて、銀灰の蜂の巣刺青ハニカムタトゥーが空を割く。


『援護します』とマグ。


『お、同じく!』とエリゼ。


 レールガンとアサルトライフルによる援護射撃。光条を曳いて奔る超音速弾体と、炸薬の力で放たれる無数の弾丸がそれぞれ別の標的へと飛ぶ。渾身の一射と銃弾の群れは二匹の重機関砲へと正確に突き刺さり、鉛玉の咆哮を強引に止める。


『私、右』


「なら僕は左!」


 メルは大地を高速で駆け、僕とエンプティは中空を走り、各々の標的へと肉薄し。ほぼ同時に高周波ブレードを振るえば、断ち切られる金属の悲鳴が重なり合う。

 二匹の大型カエルはすぐさま動かなくなった。けれども。


『複数の敵性イキモノの反応消失を確認しました。残数、四』


「ちょっと、しつこすぎやしないかな……!」


 。倒しても倒しても増援が湧く。最初のうちは足を止めて戦っていたけど、次々に来るカエル達に周りを囲まれかけて、移動しながらの戦闘にシフトせざるを得なくなった。

 かなり激しい戦いとなってしまっている。勝負だなんだと競い合っていたマグとメルにも余裕がなくなっていた。

 時たま襲ってくる背後からの銃撃を、木々の間を高速で蛇行して阻む。半機械の木の枝が鉛玉に弾き飛ばされる音が聞こえた。


「エリゼ、無事?」


『は、はい! なんとか!』


「ならよかった。もうちょっとだけ我慢して、あと少しで目的地だから」


 目的のスクラップ山に着きさえすれば、恐らく攻撃は止む。カエルたちはあの場所に近付いてこないはずだから。

 恐らく。はず。そんな確証の無い望みでも、今はそこにすがるしかない。現状一戦一戦は特に苦も無く進んでいるが、確実に消耗は進んでいるんだ。このまま戦い続ければジリ貧になってしまう。


 だから早く、速く。後方からの攻撃を避けつつ、持てる力全てを速度維持に集中する。あと少し、もう少し。レーダーマップ上のマーキングと自機のマークが接しそうになったその瞬間。エンプティのアラート。


『敵性イキモノ、増援を確認しました。数は四。正面です』


「く――――最後の最後に!」


『警告、敵誘導兵器による射撃攻撃を多数確認。回避してください』


 小型ミサイル、中型ミサイルが群れを成して迫り来る。轟音と白煙。一番に反応したのはやはりS-3、メルだった。二丁のサブマシンガンを構えて乱射――――同時に。


『弾切れる、多分落としきれない!』


 らしくない大きな声が、ミサイルの爆破音にかき消されていく。もうもうと立つ黒い煙。その中から数基、メルの弾幕から生き延びた弾頭が白い尾を引いてこちらに迫る。


「く――――っそ!」


 襲い来るミサイルたちを引き付け、直後に急上昇。煙を突き破って淀んだ大気の空へ出る。下方から数発の爆発音。何とか逃れた――――


『警告、敵誘導兵器による射撃攻撃を多数確認。回避してください』


「な――――――」


 第二波。迫るのは七基の中型ミサイル。体勢を崩しながらもGIPジェネレータを駆使して空を舞う。一発目、上体を逸らして回避。二発目、左方へ加速。三、四発目、再上昇。視界の下で二発のミサイルが衝突して爆発する。発生する黒煙――――まずい、見えない。

 ――――とにかく抜ける。全速後退。斥力に弾き飛ばされて後ろに下がれば視界は晴れて――――


 ――――三方から迫る真白い弾頭。ほぼ同時に襲い来る。最悪のタイミング。最悪の配置。どこへ逃げても被弾は必至。なら――――さらに後退。最大限の力を使って後方へ飛翔する。尚も迫る三つのミサイル。それらが最も近づく機を狙って――――


「それっ――――!」


 手に持った高周波ブレードを真正面へと投げ捨てた。一基のミサイルにまともにブレードが突き刺さり爆発。近くにあった他の二機にも爆炎が及び、誘爆。全てを撃ち落とした。――――でも。


「武器無くなった! みんな、後倒せる!?」


『大丈夫です、任せてください』


 その声の直後、レールガン二射。視界の下に奔った二本の光条は正確に標的を貫いて。


『複数の敵性イキモノの反応消失を確認しました。残数、六』


「正面の二匹優先! 倒したら全速で抜ける!」


『了解』


 メルの短い返事。眼下に迷彩の機影の疾走が見えた。僕も呆けてはいられない。武器を失ったからと言ってやれることがなくなったわけじゃない。

 上空から一直線に正面方向へ飛ぶ。ミサイルの名残である黒煙を抜ければ、残りの二匹の姿をはっきりと捉えた。そして、その口の中から覗く兵器の影も。

 

 見えたのは――――二匹とも大口径のレールガン。砲口に紫電が走るのを目の当たりにして――――直後、銃弾と閃光が二つのバレルに突き刺さった。


『無力化成功しました、メル!』


『今です、シェラさん!』


 マグとエリザの声に応えて、まずはメルが勢いよく飛び出す。大気を震わせる高周波ブレードがカエルの顔を縦一文字に切り上げて――――その体勢から勢いよく跳躍したS-3は、その得物をこちらへと放る。


『シェラ、貸す』


「そんじゃあありがたく――――!」


 空中を疾駆。放物線を描いて飛んでくる高周波ブレードを宙で掴む。

 直後、口腔内を撃たれて多大な隙を晒すカエルへ向けて一直線に飛翔、そして――――一突き。脳天に深々と突き刺さる、S-3用の高周波ブレード。

 確かな手ごたえを感じ、素早くブレードを引き抜く。体液と火花が同時に散って、カエルは静かに事切れた。


 そして、正面はクリア。ここしかないと、思いっきり叫ぶ。


「今だっ! 抜けるよ――――――!!」


 息を合わせて全速前進。四つの機影が半機械の暗い森をまっすぐに貫く。最早僕たちを阻むモノは何もなかった。





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