3-3 トキシック・ハート




 背後から前に飛び出る迷彩の機影、構えた二丁の短機関銃が唸る。即席の弾幕は小型ミサイルの群れを正確に阻んだ。誘爆の煙に視界が塞がる。

 直後再び背後から、爆炎を貫く光の一射。プラズマ化した弾体後部が、中空に一筋の光線を曳く。間もなく着弾、硬い物を貫く音。煙る視界に今際の火花が見えて。


『撃破を確認。大丈夫でしたか、シェラ』とレールガンを撃ったS-2、マグの心配そうな声。


『ぼーっとしないで』とミサイル群をサブマシンガンで阻んだS-3、メルからの静かな忠告が耳に届く。


「こっちは問題なし。ごめん、不注意だった」と素直に謝る。煙が晴れた先に、脳天を撃ち抜かれたカエルのナキガラが見えた。マグとメルに助けられたか。


『シェラ、今日なんか変。調子悪い?』


「大丈夫、平気」メルの問いに返す。「ちょっと考え事してただけ。ごめん、心配かけて」


『無理はしないでくださいね。本当に不調ならすぐに撤退しましょう。

 エリゼ一機なら守り切れる自信はありますが、もう一機となると安全の保障は出来ません』


 マグの厳しくも優しい言葉に「ホント、大丈夫だから。今気合い入れ直した」と明るめな声を意識して返す。


『……今はその言葉、信じます。ですが少しでも違和があれば言ってください。即時撤退します』


『ここ、無理にイノチ張る場面じゃない』


「了解、肝に銘じるよ。ありがとね、ふたりとも。……それじゃあ、行こうか」


 全機に声を掛け、再び目的地を目指して半機械林を進んでいく。

 ふたりに余計な心配をかけてしまった。これはさすがに反省しないといけない。切り替えないと。

 頭を振り、余計な思考を削ぎ落そうとしたとき。通信越しに感心したようなエリゼの声が聞こえてきた。


『マグさんメルさん、すごいです。急な攻撃だったのに、あんなに素早く対処して』


「ふたりはベテランだからね。実戦経験で言えば僕の比じゃない。頼れる先輩だよ」


 僕は初めての搭乗から六、七年。マグとメルは少なくともそれの倍以上の期間、戦闘用機械に乗ってるはずだ。

 加えて、エンプティとの神経接続とAIの補助ありきで戦っている僕とは違い、ふたりはサージェント・シリーズ――機械式インターフェースしか持たない旧時代の汎用量産機――で戦闘をこなしている。僕と彼女たちとの技量の差なんて、言うまでもないだろう。


『長くやれば、誰でもできる』


『そうですね、結局は慣れの問題かと』


 謙虚な言葉で返すメルとマグだけど、少なくとも彼女たちに並ぶ戦闘技量の持ち主を、僕はあとひとりくらいしか知らない。『浮き島』の中では文句なしにトップレベルの操縦者だ。

 間延びした声で『なんだか、すごいです』と感心するエリゼの様子に、なぜだか僕も少し誇らしい気持ちになる。勝手にではあるけど姉妹分として見ているマグメルが褒められるのは、うれしい部分があったりして。


 とまあ、そこで話しが止まってくれればよかったんだけど。エリゼが思わぬ角度から爆弾を放り込んだ。


『じゃあ、マグさんとメルさんではどっちの方がすごいんですか?』


 ぴたり。空気が止まる。機体の駆ける駆動音だけが周囲に響く。……おおう、これは少しまずいかもしれない。


『さっきの見てた? 私のが動くのが早かった。それが答え』とメル。


『撃破したのは私です。しかも一発で。誰かと違って私は無駄弾なんて撃ちません』とマグ。


 再びぴたり。空気が凍る。『あ、あの』とエリゼの声。うん、今更あわあわしても遅いよね。まあ悪気はなかったんだろうけど。


『私が動かなきゃシェラがやられてた。それに、一発一発ちんたら撃つだけのマグじゃあミサイル群の迎撃は無理』


『私が大本を撃破していなければ第二波があったかもしれません。へなちょこ弾をばらまくだけのメルでは一撃で敵を落とすのは無理でしょう?』


『出来る。近付いて斬れる。高周波ブレードも持ってきてる』


『S-3の最大速で接敵して刃を振るまで何秒かかるんでしょう? その間に私は引き金を何回引けるんでしょう?』


『いつまでも射線がクリアだと思ってる? だったら頭が足りない。

 ここは森林地帯。比較的遮蔽物が多い。一度群れに接近すれば私の方が一度に多く狩れる』


『遮蔽物? ただの木のイキモノでしょう。レールガンの砲口初速と貫通力を舐め過ぎじゃないですか? 優に撃ち抜けますよ』


『威力の減衰を考えてない。半機械の木を貫通した後の弾体がカエルの装甲を抜けるわけない。普通に考えて無理』


『射線確保と足止めに一発。とどめに一発。近づいて斬るよりよほど早いと思いませんか?』


『無駄弾は撃たないって言った』


『布石になるなら無駄弾ではありません』


 そして沈黙。通信越しでふたりは鎬を削り合う。……鍔迫りたいなら敵性イキモノ相手にしてほしいんだけど。と、個別回線での通信要請が届く。送信元は、S-4。エリゼだ。要請を受諾して、エンプティとS-4間だけの通信を開く。


『ひょっとしてわたし、余計なこと言っちゃいましたか……?』


「うん、まあね。爆弾放り投げたよね」


『やっぱりぃ……! ご、ごめんなさいっ』


「別にいいよ、ふたりがこんな性格なの知らなかったんでしょ? じゃあ君は別に悪くないって」


『で、でも』


「まあマグメルはちょっとぴりぴりしてるけどさ。こういうのも悪いことばっかりじゃあないんだよ」


 一つ前置いてレーダーを確認……したと同時に、エンプティが声を上げる。


『警告、敵性イキモノの接近を確認しました。数は四』


 やはりと言うべきか、いくつかの光点がこちらへと近づいてきていた。

 あのカエルが仲間内だけで使える単純な通信網を有しているのは、前回の任務で拾い上げたシガイの解析で分かっている。

 恐らく先ほどのカエルがシの間際に何らかの信号を送ったのだろう。……それにしても、一度に出てくる数が前回よりも多い。何か状況が違うのだろうか。

 と、考えを巡らせようとしたとき。


『丁度いい。勝負』


『ええ、構いません』


 静かに闘志をむき出しにしたふたりの短いやり取り。「ちょっと、待」ってと言い終わる前に、マグメルの二機はGIPジェネレータを吹かして駆けていく。目標は四体のカエルの群れ。

 あっという間に半機械林の影に見えなくなった二つの機影。生い茂る金属製の葉の影越しにレールガンの閃光。少し遅れてサブマシンガンが唸る音、高周波ブレードの振動音。炸薬の弾ける音、破壊音。その後に煙が上がって。


『複数の敵性イキモノの反応消失を確認しました。残数、二』


「相変わらずだなぁ」と感嘆。負けず嫌いも士気向上につながるなら構わないとは思う。けど、あのふたりはちょっと本気になりすぎのような気がしないでもない。


『うわ、うわわわ、すごいです……!』


「驚いてないで、援護行くよ。全部ふたりに任せちゃうと僕らの立つ瀬がないからね」


『は、はい、了解ですっ』


 S-4と並んでGIPジェネレータを最大稼働させ、斥力の追い風に乗る。向かうは、鉄風起こすふたりの元。風を切って半機械林を駆け抜ける中、さらなる増援を告げるエンプティの声が響いた。




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