3-2 トキシック・ハート
GIPジェネレータの斥力場で、落下の衝撃が相殺される。
大地が砕けて砂塵が舞うも、それは機体重量と落下距離に見合わない静かな着地だった。
降り立ったのは、イキモノ化した樹木が生い茂る機械樹林。先日降下したロークァット市街部からは少し外れた場所だった。
「さて」
二度目の降下任務。エンプティの調子は極めて良好だ。今回の整備はほとんどエリゼが行ったらしい。今のところ何の不備も見当たらなかった。五日前に見た整備の手際からして、腕は確かなんだろうと思ってはいたけど。
『僚機全機の降下を確認しました』とエンプティの報告を受けて。
「はいはいっと。――――こちらシェラ。各機、状態を報告して」
『S-2、マグ機。オールグリーンです』
『S-3、メル。問題なし』
『え、えと、S-4、エリゼ機! 問題ありません!』
報告を受けつつ、全天モニターに映る三機を目視でも確認する。全高九メートル程度の、灰色迷彩に塗装されたニンゲン型搭乗機械。シャープな四肢の外観に見合う機動性を備えた軍用機、通称サージェント・シリーズだ。
このサージェント・シリーズ、名前が指し示す通り
サージェント・シリーズは、機体間の連携を密にするためかネットワークを介して複数の機体の制御系が相互接続されており、その内の一機が指揮官として全体に指示を出すという指令系統を持っている。つまりはその指揮官機――S-1――がイキモノ化したのが
ちなみに、S-2以降のシリーズはイキモノ化していない純機械であり、サージェントが持つ指揮系統にそのままぶら下がっている。だから、中にニンゲンスケールのイキモノないしアンドロイドを乗せさえすれば、簡単に動かせるわけ。
もっと言えばS-2以降は遠隔操作も可能であり、わざわざ誰かを乗せなくてもサージェントの意思で動かせたりするんだけど、いかんせん彼が馬鹿なせいでその機能は十全な役割を果たせない事が多い。もったいないことに。
だから今回のように、探査任務の僚機として、S-2以降の機体にマグやメルのようなアンドロイド――イキモノは乗らないことが多い――を搭乗させてエンプティに付けることはたまにあるんだけど。……今回は例外として。
「了解。それじゃあ探索に入るけど、エリゼ?」
『は、はい! なんでしょうか!』
「言ってどうにかなるもんじゃないと思うけど、落ち着いて。敵性イキモノが出てきても、僕とエンプティが何とかするから」
『りょ、了解です!』
とまあ、諸般の事情によりエリゼを連れてきていた。一応説得は試みたんだけど、最終的には熱意に押し切られて諦めた。加えて、許可を出したドクターの思惑を汲んだってのもあるんだけど。
それはそれとして。
今S-4の中に乗っているのは、エリゼが内蔵していた遠隔操作ユニット――例の金髪緑眼のアンドロイド――だ。
事前に聞いたところによると、エリゼとあのアンドロイドの間にはイキモノとしての繋がりがほとんど無いらしく、専用のネットワークを介して制御系のみが同化しているのだそう。丁度、サージェントとS-2達と同じような関係であるらしかった。
『心配ありません。私も援護します』とマグのS-2が手に持った携行式レールガンを軽く掲げ。
『同じく』メルのS-3は両手に持った二丁のサブマシンガンを器用にくるりと回す。
過去に何度も僚機として出ているマグメルのふたりは流石に慣れたものだ。
一方、『お、お願いします!』と両手でアサルトライフルを抱えるS-4のエリゼも全くの素人というわけではなさそうだった。
なにせ、ある程度操縦に慣れが必要なS-4を、ほとんど問題なく動かせているのだから。今日初めて搭乗したはずなのに。
……本当に、彼女は何モノなのだろうか。あらゆる点が不可解だった。そもそもこの任務に積極的に来たがった理由も結局分からないままだし。
……いや、今はやめておこう。潜航しかけた思考を強引に浮上させる。
一度外界に降りれば安全な場所なんてどこにもない。余計なことに思考のリソースを割く余裕なんてないんだ。頭を振って考えを切り替える。
全機異常無し。周辺の敵反応も無し。状況は良好。
今回の任務はただの資材回収じゃない。ホログラフで表示されている作戦区域マップには、目的地となる場所にマーキングが為されている。
「じゃあ、行くよ」
通信で全機に向かって声を投げ、半機械の樹林を走る。今は任務を優先しなければ。と、努めてそう考えようとしている時点で、集中など出来ていないことは明白だった。
◇
「やらなきゃいけないって、思ったんです」
観測室での任務の確認をした後、ハンガーのエリゼの元を訪れて説得をしようとしたとき、彼女は急にそう切り出した。「やらなきゃいけない?」と僕が問うと、エリゼはその大きなクモの脚を器用に動かしてもじもじとし始め。
「実は自分でもよく分かってないんですよね、理由とか動機とか。それでもなぜか、向かっていかなきゃって思ったって言うか」
「出撃しなきゃダメって?」
「それだけじゃないです。『浮き島』を初めて見た時とか、エンプティを整備しようと思った時とかも。行かなきゃ、やらなきゃ、って」
「でも、その使命感の出所は分からない、と」
僕の言葉に頷くエリゼ。彼女の話す様子からして、強い感情が働いているんであろうことは理解できた。けれど。
「はっきり言って、納得は出来ないかな。自分でも整理できてない感情で勢いのまま飛び込めるほど、
それに、今回のロークァットは敵性イキモノの行動もちょっとイレギュラーだし、本当に危ないんだ。悪いことは言わない、出撃は別の機会にした方がいい」
「それは、できません」
明確な拒絶。強い意志。なにが彼女をここまで言わせるのか。彼女自身すら分かっていないのだから、僕の立場では理解しようがない。
けれど一つだけなら分かることがある。……彼女は多分、折れないし曲がらない。
「この場所じゃないと、ロークァットじゃないと意味が無いんです」
「理由は分からないけれど?」
「……はい」
「それで僕が納得できると思う?」
「…………思わない、です」
「だよねえ」
言葉に詰まるエリゼ。自分の感情の出所も分からないのに、他人を納得させられる説明なんて出来るわけがない。それは自明だった。けど。
「でも」
またも強い言葉。あるいは予言めいた何か。あたかも過去に起きたことを語るように、彼女は未来について言及する。
「確信があるんです。初めてだったエンプティの整備をすんなりこなせた時と同じように。
――――ロークァットにある何かを、わたしは絶対に見つけられる」
◇
暗く渦巻いているのは、初めての感情だった。
理解しようとしても出来ない、呑み込もうとしても叶わない。疑念、不安、得体の知れなさ。彼女は何モノなのか、何を考えているのか。
別に不利益があるわけじゃない。彼女の行動で誰かが困ったわけじゃない。むしろ助かってすらいる。
だというのに、何なのだろうか。この言いようの知れない澱みのような感情は。
纏わりつく。粘りつく。じわり染みていく。全身を薄く這い回る原形質の心理。分からない、分からない、けれど何かが少しずつ少しずつ、侵されていく感覚。
何かが近づいているような気がした。ひたひたと、でも確実に。
それが何かは分からない。だから余計に掻き立てられる。
何を? 言うまでもなく、恐怖を。
気を抜けば、暗い渦に呑み込まれそうになる。逐一努めて己を引き上げないと、思考の沼にずぶりと沈んでしまう。
もがくように、あがくように、意識の顔を現実の水面に出し続ける。掻くたび波立つ、飛沫が上がる。明鏡止水にほど遠く、水面は千々に乱れ続ける。
だから。
『警告、敵誘導兵器による射撃攻撃を多数確認。回避してください』
その弾頭の雨が眼前に迫るまで、僕は何に気付くことも出来なかった。
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