3-1 トキシック・ハート



 からっぽ。空洞。見つかった当初の彼女はまさにそれだったらしい。


 動かない。喋らない。反応しない。『浮き島』市街部の外れ、人工海の底に沈められていたところを引き上げられた彼女は、その様子からエンプティと名付けられた。

 各部の保存状態が良好であったことから、洗浄されたのちにハンガーの一画で保管されるようになった彼女は、長らくただの置物に等しかったのだという。


 今と同様基本的にイキモノ達からは気味悪がられていたらしいし、そもそも動けないのだから当然の話だ。

 それに加え、イキモノ達のパーツとしての利用も出来なかった。理由は分からないけど、有機無機を繋ぐ同化因子が上手く働かなかったらしい。


 実のところ、今でもそうだったりする。正確に言えば、一度でもエンプティに組み込まれて駆動した部品は、以降他のイキモノに同化されなくなる。理由はやっぱり今もって分かっていない。ひょっとするとこの現象が、エンプティのAIが判断しているパーツ認証に関係があるのかもしれない、なんていう話もあるけれど。


 閑話休題。そんなわけで長年に渡ってただの飾り扱いだったエンプティ。

 彼女が今みたいに外界の探査に駆り出されるようになったのは、言ってみれば偶然の積み重なりの結果なんだと思う。

 

 僕がまだ小さかったころ。興味本位でこっそりハンガーに忍び込んで探検をしていたら偶然に見つけてしまった。牢屋のようなA1区画、その勝手口が開いているところを。

 恐る恐ると中に入って。初めに目に入ったのは大きな体躯に大きな単眼。

 銀灰のしなやかなボディ。全身に刻まれた蜂の巣模様。初めて見たときはとても怖くて、思わず逃げ出してしまった記憶がある。

 けれども、家に帰っていろいろと思い出していると、なぜだかもう一度その姿を見てみたくなって。


 そうして訪れた二回目で、彼女はその目を開いた。――――初めて反応したのだ。僕に、僕だけに。その時の高揚感は今でも鮮明に思い出すことが出来る。


 その日から彼女は僕の、僕は彼女の、たったひとりの相棒となった。



 ◇



「どうもね、怪しいのよね」


 それを聞いたのは、艦橋ブリッジビル内、観測室でのことだ。

 外界の環境を各種計測機器で調査する、言ってみれば『浮き島』の目にあたる場所。

 広々とした空間には、数多くのホログラフ・ウィンドウが浮遊している。置かれている端末や計器の数は、ざっと見ただけでも両手の指では数えきれない。


 部屋にいるのは六名程度のイキモノ。何れも全長二メートル未満のタコ型やハリネズミ型、ミミズ型など。見た目に派手なイキモノたちが、黙々と自分の手元にあるコンソールや端末を弄っている。

 その中のひとりである八脚タコ型のイキモノ――観測班班長クランク――ののっぺりとした言葉をそのまま返す。


「怪しいって、何が」


「ここ、この場所ね」といって脚を一本くねらせながら、クランクはホログラフウィンドウを表示させる。現れたのはロークァット湖周辺のマップデータ。森林地帯と思しき場所に赤くマーキングがされている。


「ここ、ただのスクラップの山かと思ったんだけどね、妙な反応があってね」


「妙な反応?」


「熱源がね、一定のリズムで脈動しているのよね」


 クランクの言葉と同時に、別のホログラフウィンドウが立ち上がる。

 何やらグラフのようなものが表示されており、そこに描かれていたのは見本かと思うほどに綺麗な形の正弦波サインカーブだった。


「反応自体はね、とても微弱なのよね。例のカエルよりも随分小さいのね。それがね、強くなったり弱くなったりを一定の周期でずーっと繰り返してるのよね」


「別のイキモノの反応とかじゃないの?」


「イキモノならそもそも座標が動くはずなのね。それに、もっと反応の波がばらばらになるのよね。でもこの反応はまったく同じ位置から動かずに、ぴったり同じリズムでずーっと脈動してるのよね。それにね」


 マップデータが描画されているホログラフウィンドウに、いくつもの黄色い点が描き加えられる。まばらに広がる黄のドットは、ある程度の偏りがありつつもアトランダムに分布しているように見えた。


「これ、エンプティの戦闘ログから例のカエルの熱源反応を分析して、その反応をレーダーマップに反映させたものね」


「この黄色い点がカエルってこと?」


「そういうことね。今映してるのは現時刻におけるロークァット周辺のカエルの位置ね。ここからずーっと、三日くらい時間を巻き戻してみるね」


 ウィンドウ右下に表示されている時間表示が高速で逆行していき、同時に黄色い点たちが忙しく動き始める。それぞれが全くのでたらめに動いている黄色のドット。

 いや、でたらめはでたらめだけれど、これは。……ふと気づき、その言葉が口から洩れた。


「……赤いマークの場所を?」


「そうなのよね」


 マップ上をほぼ満遍なく行き来しているように見えるカエルたちはしかし、マーキングされているスクラップの山にだけは唯一、近付いてすらいない。比較的近辺に寄って来ても、迂回するように避けている。


「なかなかに怪しい反応なのよね。けどその分、レアモノのパーツの可能性も高いのよね。出来ればここにある何かを回収してほしいのよね」


「なるほど。つまりはその怪しいレアモノを拾ってくるのが今回のお仕事ってわけね」


 ドクターから任務の依頼を受け、「詳しくは観測室でクランクから聞くといい」と

説明をたらい回されたのはこういうことか。これはデータを直で見ないと、確かにイメージがしづらいかもしれない。

 そのあたりの事情も含めて一通り納得できたところで「ありがとうクランク、よく分かったよ」と礼を言い。


「……にしても、出撃が明日ってことは中四日かぁ。随分スパンが短いね、今回」


 ぽろりと愚痴をこぼせば、クランクが真ん丸の頭部をくにゃりと傾けて「確かに、なのね」とのんびりとした声で返す。


「それになんだかドクター、随分とロークァットのこと気にかけてるみたいなのよね。今回の観測も、わざわざドクターから直接声を掛けられたのね」


「そうなの? 珍しいね」


 基本的にドクターは『浮き島』のイキモノたちにはあまり積極的に干渉したがらない。でもそれは別に他のイキモノが嫌いとかそういうわけじゃなくて、どちらかというと気遣いの気持ちからだ。


 その気になれば『浮き島』の環境をがらりと変えることも可能な自分がおいそれと特定のイキモノと友好関係を築いてしまうと、情から『浮き島』のシステムに干渉してしまう恐れがある。だから、どうしても必要な時や緊急時以外はあまり彼らとは近付かないようにしている。

 そう直接ドクターからそう聞いた覚えがあった。マグやメルがよく使いに出されているのは、そういった理由もあったりする。

 ただドクターは、自分から行かないだけで来るものは拒まずなスタンスなので、僕みたいな変わったやつに懐かれたりしてるんだけど。


 ともあれそういうスタンスのドクターが、観測班へ自分から直接調査を依頼するのは珍しいことだ。それほどロークァットのことを気に掛ける理由は何なのだろう。

 まさか、この間の統括室ブレインでの暇つぶしが関係している……わけではないだろうし。


「なんにせよ、お疲れ様なのね。短いスパンの出撃に加えて、新しい子のは大変そうなのね」


「……そうだった、思い出した」


 出来れば記憶から消したかったからなのか、クランクに言われるまですっかり忘れていた。そう、次の出撃には僚機が三機ほど付く予定になっている。

 目的地の反応の怪しさから、念押しとして戦力を強化するという名目だ。まあ、その三機のうち二機は別段問題ない。ベテランのふたりだから十分力になってくれると思う。けれど、もうひとり。もう一機の方が問題であって。


「あーもう……なんでこんな危ないとこの任務にわざわざ志願するかなぁ……」


「それは本人に聞かないと分からないのよね」


「それはまあ、そうなんだけどさ。……はぁ、理由聞きに行くついでに説得でもしてみようかな」


「頑張ってみればいいと思うのね。ただ、ドクターが許可したことがそう簡単にひっくり返る気はしないのよね」


「……はあ」


 ため息の連発。なんでドクターも許可なんか出しちゃったのかさっぱりわからない。せめて本人に意図を確認して、出来れば引っ込んでもらいたいところだけど。

 気弱に見えて案外芯のありそうな性格してたからなぁ、あの子。都合よく引っ込んでくれるかな。


 なんて考えながら、観測室を後にする。「またなのねー」というのんびりとしたクランクの声を背に聞きながら、目指すのは地下のハンガー。――――クモ型イキモノ、エリゼの元だ。


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