2-5 アザーズ・メモリー




 ハンガーに降りてすぐ、全長三メートル・ニンゲンスケールの小型運搬車ターレットトラックに乗り、全速力――といっても速度リミッターのおかげでそこまでスピードは出ない――でアクセルを吹かし、辿り着いたA2区画。

 その光景は、まさに。


「……事件現場だね」


 状況は、言うまでもなく手遅れだった。

 からっぽの区画、その真ん中にうつ伏せで倒れているニンゲン型イキモノ。彼は九メートルほどのカラダをだらんと地面に放っている。見た目はほとんどシカバネだった。


 迷彩塗装が為されたシャープなそのボディは、所々が痛々しく凹んでいた。その損傷具合と外見のスマートさとのギャップが、なんだか哀愁を誘う。

 彼はサージェント。軍用のニンゲン型機械をそのままの形で乗っ取るように同化した、比較的珍しいタイプのイキモノだ。


 イキモノ特有のツギハギ感は全く無く、出来合いレディメイドの機械と言われても全く違和感が無いほどの外観。それに加えて、他のイキモノとはある種一線を画すレアな機能を持っていたりする、中々特別性に溢れてるイキモノなんだけど。


 いかんせん、馬鹿だ。すごくもったいないことに。


「おーい馬鹿ー、生きてるかーい」


 腕の端末を短距離無線モードにして呼びかけてみる。反応なし。相当きつく灸をすえられたみたいだった。哀れ。

 それにしても、現場がエンプティの保管場所の隣A2区画だったのは怪我の功名か。ここが空き区画じゃなかったら、不必要にスクラップが増えていたところだ。


 不幸中の幸いに胸をなでおろしていると、倒れていたサージェントがびくんと体を弾ませて、次の瞬間にはしゃきっと立ち上がった。


『――――はっ!? 私はいったい何を』


「いつものように馬鹿やって怒られてただけだよ。いい加減反省しようね」


 呆れ気味にそう言えば、機敏な動きでサージェントがこちらを向いた。精悍なヘッドと緑色のアイカメラが光る。


『ん? おお、シェラじゃないか! 昨日は任務で大変な目に遭ったそうだが、体調は平気か!?』


「君は相変わらず人の話聞かないね。体調は大丈夫だよ」


『そうか、それはなによりだ! 何をするにしてもカラダは資本だからな、大切にしておけよ!』


「そっくりそのまま君に返すよ。カラダが資本だって言うなら他のイキモノにぶん殴られるような行動は控えてね? ドクターも心配してるから」


『んん? ぶん殴られる……?』


 どうやらサージェント、殴られたショックで記憶が混乱している様子。記憶に齟齬が出るくらい殴るって、スミスはどんだけ機嫌が悪かったんだろうか。


『そ、そうだ! 確か私はスミスに――――あいつめ、背後からいきなり、しかも工具まで使ってボコスカと殴り倒してくるなど、一体どういうつもりだ!

 それより! 侵入者はどうした侵入者は!? まさか逃がしたとでも――――』


「はいはい、ストップストップ。とりあえず話聞いてね」


 再びヒートアップしかけたサージェントをまあまあと抑える。まずはエリゼについての事情を説明しないといけなかった。

 さて、一回でちゃんと理解してくれるかな? と淡い希望を抱きつつ、僕はゆっくりとサージェントへと語りかけた。



 ◇



 トータル七回目の説明でようやく。


『なんだ、あのクモは整備班の新入りだったのか! それならそうと言ってくれればいいものを!』


 と理解してくれたサージェント。……うん、知ってた。自分で淡い希望って思っちゃってたから。


「本人言ってたと思うけどね、たぶん」


『いやあ、面目ない! 侵入者の戯言と聞き流していたのがまずかったか! ははは!』


 はははじゃない。君の行動に毎度毎度振り回されるこちらの身にもなってほしい。

 強くそう思うけど、何度も同じことを指摘して、言い続けた結果がなので正直諦めている。まあ、サージェントも別に悪い奴ってわけではないから。


 ただ単に馬鹿なだけ。ただただ馬鹿なだけで。


『んん? なんだシェラ、そんなに私のことを見つめて。ははは! 照れるじゃないか!』


「あはは」


『ははは!』


「あはは」


 生暖かい視線など何のその、サージェントは豪快に『ははは!』と笑っている。ある意味無敵だった。なんかもうまともに相手した方が負けな気がする。

 と、呵々大笑していたサージェントが急に笑うのをやめて、『むう!?』と短く声をあげた。「……何事?」と首をかしげて尋ねれば。


『今ふと思ったんだが、私はスミスと新入りに対して途轍もなく迷惑をかけたのではないか?』


「それ今ふと思ったの? もうちょっと前に思っといてほしかったんだけど」


『なんと……!』と今更驚く素振りを見せたサージェントは、次の瞬間には意気込んで『こうしてはおれん、スミスと新入りに謝りに行かねば!!』と歩き出そうとする。


「え、ちょ」


 待って。明らかにまだ気が立ってそうなこのタイミングでスミスにわざわざ会いに行くの? 謝りに? ちょっと待って、本当に言ってる? やばい、それはやばい。

 慌てて「サージェント!?」と叫ぶ。これはまずい、なんとか止めないと。


「ストップストップ! 今スミス絶対に機嫌悪いから! 行ったら確実にぶん殴られるから! 補修箇所増えちゃうから!」


 僕の言葉が届いているのかいないのか、サージェントはずんずんと歩いていく。反射的に、乗っていたターレットトラックのアクセルを全開にして追いかける。

 リミッター付きのターレットの速さじゃあ、全高九メートルのイキモノの歩行速度には敵わない。離されていく距離に、「サージェント! 待って!」と叫びながらも追いすがる。


 ああ、やばい、このままだと二次災害が……! 焦りに焦っていたその時、突然サージェントがぴたりと歩みを止めた。


「今度は何!?」慌てて問うと。


『……スミスと新入りは、どこに居るんだろうか』


 聞いた瞬間、かくん、と力が抜ける。

 ……もう、本当に、君の行動に毎度毎度振り回されるこちらの身にもなってほしい。泣きそうなため息が、口を突いて出た。



 ◇



 A1区画に辿り着く。

 大きな開き戸はしっかりと閉ざされていたものの、扉の奥からは作業音が響いていた。ターレットを端に停めて、扉へと向かう。

 正面門扉の下側中央には、二メートル四方の勝手口がある。僕みたいなニンゲンスケールのイキモノ用の通用門だ。


 ゆっくりとドアを引けば、そこには予想通りのふたりがいた。


 大きなクモ型のイキモノ、エリゼ。

 彼女は、腹部装甲が開いて中の機構がむき出しとなったエンプティに向かい、左右の足を二本ずつ伸ばして何か作業をしていて。


 その様子を腕を組んで後ろから見ているのは、全高十五メートルに届く無骨なニンゲン型イキモノ、スミス。

 ふたりとも一切口を開く気配もなく、A1の建屋の中には真剣な空気が漂っていた。


『何か用か、シェラ』


 とスミスの声。短距離無線を介しての言葉。その間も彼はエリゼから視線をそらさない。随分と集中しているようだけど、思ったよりも機嫌は悪くなさそうだった。


「近くまで来たから、ちょっと様子見にね。

 あ、そうだ。起きたサージェントがスミスのとこ行こうとしてたから止めといたよ」


『そうか、助かる』


「まあ、いくらあの馬鹿でもA1には入れなかっただろうけど」


『平気な顔でA2にまで来る段階で十分ややこしい』


 サージェントは、スミスを除けば一番A1区画に――つまりはエンプティに――近づくことの出来るイキモノだった。馬鹿だからなのか、何かの耐性があるのかはわからないけど。……たぶん馬鹿だからだと思う。


「気持ちは分かるけどさ。殴るだけじゃなくてちゃんと誤解を解いといてくれればありがたかったなって」


『無理だ。こんなタイミングで水差されたら誰だってキレる』


「? タイミングって何の話?」


『あいつだ』


 そう言うスミスの視線は相変わらずエリゼの方から動かない。後ろの四本脚で器用に体を支えつつ、残りの前四本の脚でエンプティを整備している彼女の後姿には、真剣みと共に没頭ぶりが感じられ。


「エリゼのこと? ああ、整備の指導が上手くいってたってこと?」


『違う』


 短く否定するスミスの声は低いトーンだったけど、それでも強く感じられた。彼の感情の高ぶり、驚きを。そして、続く言葉に僕は目を見張ることになって。



「……は?」


『あいつが開口一番に「自分一人でやってみたい」って言いだしてよ。出来るもんならやってみろっつって、図面データ渡してやらせてみりゃあ……あのとおりだ』


 信じられない。しばらく二の句が継げなかった。

 半ば呆然と、作業中のエリゼの姿を見る。巨大な脚の先から作業用のマニュピレータを伸ばし、器用にエンプティの中身を弄っている。薄暗いA1区画の建屋の中、時折発せられる火花が、大きなクモの輪郭を白く光らせて。


「……嘘だよね?」


『こんなとこで嘘つく意味ねえだろ、見たまんま事実だよ』


 つまり彼女は、初めから機械類の整備ノウハウを持っていたということなのだろうけど。それにしても。


 エンプティの構造は極めて複雑だ。

 スミスをして『初めから中身を開けさせるつもりがねえ』と言わしめるほどに構造が入り組んでおり、装甲を開いて内部機構を覗くだけでもかなりの労力を割かなければいけないはずなのに。


「何にも教えられてないのに、図面だけであそこまでバラせたの? しかも整備まで進めてるって……すごいね、あの子。イキモノは見た目で判断しちゃいけないってことかな」


『すごい、か。……違いねえ』


 エリゼから目を離さずに言うスミスは、その巨体をピクリとも動かさず真剣に作業に見入っている。普段から自分にも他人にも厳しく、爪が甘いと判断すれば他人の仕事であっても奪うことすら辞さない彼にしては珍しい態度だった。

 それだけエリゼが優秀だということなのだろう。彼女と話していた時にはそんな印象など微塵も感じなかっただけに、僕も驚きと感心を隠せなかった。


 ……スミスの次の言葉を聞くまでは。


『すごいのは間違いねえんだがな』


 変わらず真剣な声色のスミス。でもその言葉の端には何か含意があって。


『エンプティは特別製だ。初見で完全な構造把握なんて出来るわけねえ。中には全く部品もあるしな』


「それはまあ、聞いたことあるけどさ。でも、図面あるんでしょ? それならなんとか――――」


『なんとかはなる。自分で言うのも何だが、俺の起こした図面は完璧だ。

 データとしての不備はねえし、素人に毛が生えた程度の奴でも念入りに読み込めば構造を把握できるようにはしてある。だからなんとかはなるんだよ。

 問題はその後だ。お前、あいつが今何してるか分かるか?』


「何って、整備じゃないの?」


 僕の言葉に、スミスは首を横に振る。

 整備をしているわけじゃないのか? だったらエリゼはいったい何を。滑らかに何本ものマニュピレータを動かしている大きなクモの姿を改めて見る。


 作業に没入している彼女の姿には熱意を感じる。けれど、同時に。

 ……気のせいだろうか。迷いなく淀みなく足とマニュピレータを操り続ける彼女の姿を、どこか不気味だと感じてしまうのは。


『あいつ曰く、何かがおかしいらしい』


「……おかしい?」


『非常用の補助融合炉に「手を入れた跡」があるんだとよ。

 本当の本当に非常用に付いてるようなシロモンでな。そもそも動いてんのを見たことがねえくらいなんだが、そこがおかしいみたいでよ』


「……手を入れたって、改造したってこと? スミス、いつの間にそんなこと」


『してねえよ、俺は何も手ぇ出してねえ。

 そもそもお前知ってるだろうが。エンプティは下手に改造できねえ。手を入れた部品を取り付けてもAIに認証を弾かれて制御を切り離されちまう』


 そういえばそうだった。エンプティのAIは正規のパーツ以外を受け付けない。

 何をどう判断して『正規』なのかは実ははっきりしてないんだけど、実物を元にスミスが起こした図面の通りにパーツを製造して取り付ければ、少なくとも問題なく動くことは分かっている。


 制御側からなんらかのセキュリティが掛かっているのは違いないのだろうけど、肝心の制御系はほぼ全てがブラックボックスという有様。『正規』というボーダーラインが今もって判然としていない理由はその点にある。


 ……と、思考がやや脇に逸れてしまったけど。要するに、エンプティは実質的に改造不可能ということ。細かな調整や損傷の修復は可能だけど、元の形を大きく変えるような手の入れ方は出来ない。


 そこまで考えて、違和感。


「……あれ」


 エンプティには改造を施せない。

 そもそも改造品が付いていればシステム側が異常を検知してそのパーツの制御を切り離す。だから、エリゼが見つけたらしい「手を入れた跡」というのは、エンプティ側からの認識で言うと「改造」にはあたらないということになる。


 エリゼの判断が間違いでないと仮定した場合、「手を入れた」何らかの存在はエンプティのパーツ認証のセキュリティを抜ける方法を知っていることになるのではないのか。

 だったらそれは何なのか、誰なのか。そしていつ「手を入れた」のか。


 違和感は、それだけじゃない。というより、最も強くおかしいと感じるのは次の一点だ。

 ……エリゼはエンプティ側が『改造品ではない』と判断した部位について、何かがおかしいと言ったらしいけど。


 まずもって、そもそも。



「今日初めて図面を見たような子が、?」




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