1-3 フローティング・アイランド
窮屈な全身スーツを着て、左手にフルフェイスタイプのヘルメットを持つ。
パイロットスーツの着心地は依然として最悪だった。これを着ると毎度毎度気分が下がってしまう。
イノチを守るために必要だと分かってはいるんだけど、ね。
そんな詮無い気持ちを抱きつつ、専用エレベーターに揺られて下へ、下へ。
やがて辿り着いたそのフロア。ハンガーへの扉が開く直前に。
「おい新入り! 次やったら容赦しねえからな! 覚えとけよこのクソボケ!」
「は、はいぃ! すみませんでしたぁ!」
そんなやり取りが大音量で聞こえてきて、さらにげんなりする。
気弱そうな方の声に聞き覚えは無いから、それが多分新入りさんなんだろうけど……頼むから、スミスを怒らせるのだけは勘弁してほしかった。
入りたくないなぁ、という思いとは裏腹に、ドアが開き切る。
そこに広がっていたのは、高さ三十メートル、幅・奥行三百メートルの大空間。
鋼板の内壁とむき出しの補強鉄骨は、無骨な印象を抱かせる。中央には広い通路が十字型に通っており、そこから等間隔に細い通路へと枝分かれしている。
いくつかの簡易的な壁で仕切られているそれぞれの区画には、大小さまざまな機械パーツや、損壊した大型イキモノ、あるいは元の形がそのまま現存している旧時代の兵器などが置かれていた。
そんな雑多な空間の中でも、四方の壁に存在する巨大なゲートの存在感は際立っており。
溶接火花の光が飛び、ハンマーや電動工具の音が跳ねる中、入り口付近で怒り怒られしていたふたりへと近づいていく。……というか、この雑音の中であそこまで通る声だせるんだね。
さておき。
ふたりのうち一方は、高さ十メートルはあろうかという巨大な二脚ニンゲン型のイキモノ。造形はハンガーの内装に似て、余計な装飾がなく無骨な感じ。
形や時代の違うパーツが組み合わされているのはほかのイキモノと同じだけど、彼の場合はその一つ一つに手が加えられていて、外見上の統一感は取れている。
彼は、様々な工具類の収められた専用の巨大キャビネットに腰かけて、腕を組んでいる。ちなみに、十メートルという高さは腰かけている状態での話だ。
もう一方のイキモノはと言えば……全長十メートルの八脚クモ型。
第二右脚と第三左脚に錆が浮いてる。考えるまでもなく、つい先ほど市街部で見た大型イキモノだった。市街の道路を爆走していた時と違うのは頭の高さ。
落ち込んでいるのか謝罪の体勢なのか、全体的にぺしゃんと伏せているみたいだった。
……ああ、なるほど。そういうことね。
と、大体の事情が読めたところで。何かの拍子に相手が体勢を崩しても踏み潰されないぎりぎりの位置まで近づいて、腕に着けた携帯端末を起動させる。
呼び起こすのは短距離無線モード。これを使わないと、周りの雑音がうるさくってまともに会話が出来ないのだ。
というわけで、僕はとりあえず二脚ニンゲン型――整備班のスミスへと声をかけた。
「やあ、スミス。機嫌悪そうだね」
『だったら話しかけんじゃねえよ』
「いやいや、そうもいかないでしょ。エンプティの調整は?」
『今終わったとこだ。いつでも出せる』
「なら良かった。いつもいつも助かるよ、ありがと……って」
お礼を言い終わる前にスミスは立ち上がり、キャビネットを肩に抱えてさっさと別の機械の方へ行ってしまった。
これは随分とご立腹の様子。彼にへそを曲げられると後々面倒なことになるんだけどなあ……。
スミスはとにかく気難しい。機械整備に対するこだわりが尋常でない上に、一度機嫌が悪くなると誰の言うことも聞かなくなるのだ。
つまり、ああなってしまうと、早いこと機嫌が直るのを祈るしかなくなるわけで。
「恨むよ~新入りさん? ああなったスミスは長いんだから」
『ご、ごめんなさい……』
短距離通話モードのままに新入りのクモさんに声を掛ければ、姿勢を低くなっていた彼女(たぶん彼女で合ってると思う)は律儀に応答した後、がしゃんがしゃんと手足を畳んで、横方向にもきゅっと縮んでしまった。
「随分コンパクトになっちゃってまあ。ぱっと見半分くらいの大きさになってるけど大丈夫?」
『すみません、わたしがぽんこつなばっかりにぃ……』
「あらら、ほんの冗談だったんだけど」
本格的に凹んでしまっているクモさんは、小さくなったままうわごとのように『ごめんなさい、すみません』とぼそぼそ謝っている。
しかも律儀に短距離無線を維持したままで。
……どうしよう。無視して行ける感じじゃなさそうだ。
誰か助け船を、と周囲を見回しても、整備班のイキモノたちは僕と目が合うたびにスッと別の方向に行ってしまう。くそぅ、どいつもこいつもスミスを怖がり過ぎだ。ああいや、僕もあんまり言える立場じゃないけど。
仕方ない、なんとなく励ましてみるしかないか。そういうの得意じゃないんだけど。
「ああ、その、クモさん? たぶんだけど、遅刻して怒られたんだよね?
まあよくあることだよ。イキモノだって気が抜けちゃうときくらい――」
『でも、今日、お仕事初日なんです。気を抜いちゃあいけないタイミングでした……』
「え、あ、うん。それはまあ、そうなんだけど。……ああでもほら、君ってたしか『浮き島』に来て日が浅いんだよね? 外でイきるのって結構辛かったでしょ。そういうとこから引き揚げられたばっかりなんだから、緊張の糸が切れちゃうのも当然っていうか――」
『お休みの期間、十分もらいました。それに、対価をもらってやるお仕事なんですから、そういうの言い訳にしちゃだめだと思います……』
「あ、その……うん」
だめだ、無駄に良識ある上にクソ真面目だこのクモ。周りから別に何も文句言われてないのに勝手に自分の良心に潰されていくタイプのイキモノだ。
さて、どうしよう。正直なところ打つ手なしだ。僕みたいな適当なヤツが考える薄っぺらい慰めなんてそもそも通用する相手の方が少ないっていう事実はさておき。
というか、あんまりもたもたしてるとドクターから通信で何か突っつかれるかもしれない。
僕的にはややうっとうしく感じるくらいだから別に問題は無いんだけど、他のイキモノたちからしてみればドクターってそれこそ支配者とか王様くらいに凄い立ち位置にいる存在だから、そこからの言葉っていうのはちょっとまずい。
下手すればスミスがさらに機嫌悪くなってクモさんに追い打ちをかけに来るかもしれない。そうなるといろいろと面倒だ。
仕方ない、ちょっと強引だけど……。
「あの、クモさん?」
やや強めの口調で声を出す。びくっ、と機敏に反応するクモさん。いやいや、脚一本で吹っ飛ばせる相手に対してそこまで怖がらなくても。
「そこでうずくまってられても邪魔になるからさ」
『す、すみません、すぐにどきますっ』
「あ、退くついでにさ、ちょっと背中貸してくれない? A1区画、行きたいんだけど」
◇
ハンガー内各所には、区画移動用を兼ねる
ニンゲンサイズのイキモノからしてみれば、三百メートル四方の巨大空間を自分の足で行き来するのは流石に面倒だからだ。パーツや工具を持って移動するならばなおさらに、である。
だから基本、ハンガー内の移動はそのターレットを使うんだけど。
今僕は、大きな大きなクモに乗って、ハンガー内を悠々と移動していた。
「すごいね君。こんな見た目なのに、乗ってても全然揺れを感じない」
『胴体の高さを安定させるスタビライザーが付いてるみたいなんです』
「みたいって……自分のカラダだよね?」
『わたし、
「へえ、じゃあ他にも隠された機能みたいなものがあるかもしれないってこと?」
『かもしれないですね』
「へえ、ロマンだね」
『はい、ロマンです』
あれ? 冗談のつもりだったのにすごい真面目に返された。ちょっと困る。
まあ、そこはさておき。こんな程度に会話できるくらいにはクモさんのメンタルは回復していた。
ちなみに、復調したのはアシを頼んだ直後。とても早かった。どうやらやるべきことや仕事があるとエンジンがかかるタイプのイキモノだったらしい。意外と単純である。
と、軽く雑談をしている間にA3区画を通過。もうすぐでA1区画に到着する。……ここらへんが頃合い、かな。
「クモさん、この辺でいいよ。降ろしてくれる?」
『え? でも、A1区画まではまだ少し距離がありますよ?』
「少しって、本当に少しだけだからね。歩いて何分とか絶対にかからないし。あと、その……別に無理しなくていいんだよ? そろそろきてるでしょ」
大体はこの辺りが限界。大抵のイキモノは、一区画手前当りからだんだんと影響を受け始める。敏感なイキモノなら二区画前からでも不調を訴えだす。だからA1区画の周辺――A2・B1・B2区画――には、機械類は一切保管されていない。
彼女の保管区画がハンガーの一番端にあるのも、つまりはそれが理由。
僕の相棒は、イキモノたちに嫌われている。
だから、よっぽどその存在に慣れているイキモノ――例えばスミスみたいな古株――でないと、彼女に触れることすらできない。となれば当然、このクモさんもA1区画には近づけない。
『きてる? 何がですか?』
近付けない、はず、なんだけど……。がっしゃんがっしゃんと平然と歩くクモさん。言ってる間にA2区画前の通路をずんずんと進んでいく。……あれ?
『ここまで来て途中で降ろすなんて出来ませんよ。頼まれたことは、最後まできっちりやりますから、わたし!』
「え、ああ、そう? ありがとう……」
クモさんはここへきて少しだけスピードを上げる。僕に振動を伝えない範囲で最大限の速度を出しているように見えた。だからこそわからない。……もしかして、本当に何ともないのか。
戸惑っている間に、目的の場所へと到着する。
ほかの区画とは違ってぶ厚い壁に四方を囲まれ、さらには頑丈な屋根までが付いてる一画。どこか檻や監獄を連想させるその外観は、イキモノたちが抱く恐れの感情の表れだ。
A1区画。開かずの檻。僕とクモさん以外に、周囲にイキモノの姿は無い。
『ここまででいいんです、よね』
「ありがとう、大丈夫だよ。……クモさん、本当に平気かい? 何ともない?」
『え? はい、別段カラダに異常は感じませんが』
僕からすれば、それこそが異常だった。A1区画の真正面。耐性のないイキモノだった卒倒していてもおかしくは無い。だというのに。
……これは、ひょっとするかもしれない。ついさっき、ドクターに向けて言った言葉を思い出す。
――――ちなみにそのイキモノ、エンプティには触れるの?
「試してみる価値は、あるかな」
『え、何ですか?』と、背に乗る僕を揺らさないよう、器用に首をかしげるクモさんへ、ほんの少しの期待を込めて。
「クモさん、きつくなったらすぐ言ってね。速攻で閉めるから」
『あの、何を』そう彼女が言い終える前に、僕は檻の扉へと声を掛ける。
「――――A1開錠」
声紋認証。軽い電子音の直後、がごん、と重い金属の音が響く。錠が外れた。
ゆっくりと、重く低い音を立てて、檻の扉は開いていく。その自動扉は、比較的珍しい外開き式の
開き
理由は簡単だ。何かあった時、外から抑えつけて強引に閉められるから。
要はそこまで、恐れられているということ。
そして扉は完全に開き、彼女の姿があらわとなる。
全高十四メートル、二脚ニンゲン型。
銀灰色のボディはまるで、球体関節人形のよう。
肩部や腹部、胸部、関節部などは追加装甲で覆われているものの、全体としてのシルエットは流線形が目を引き、どこか女性的なもので。
背部のハードポイントには、折畳み式の高周波ブレード。
彼女が持つ唯一の武器は一切の装飾が施されておらず、それがかえって刃物の物々しさを際立たせている。
頭部前面には、巨大な眼球に似た意匠。
レドームとメインカメラを
ただの機械に過ぎないが、その灰色の視線には何らかの念が宿っているようにも感じられる。
そして、文様。外見における最大の特徴。
ボディ全面にかけて走る何本もの黒いのラインが描くのは、完璧に整列した無数の正六角形。これらは単なる塗装ではない。
銀灰色の
ああ確かに、外見からして薄気味が悪いのは事実ではある。だがそれは彼女が恐れられている本質的な原因ではないのだろう。
なぜって、あえて姿なんて晒さずとも、彼女はイキモノたちから掛け値なしの畏怖を向けられているから。
――――彼女の名はエンプティ。僕の、たったひとりの相棒だ。
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