6-5 ファクター・オブ・マンカインド
なぜ、って?
そう聞かれると答えに困るんだよね。
なんでって、別に大した理由じゃないから。
誰かのための自己犠牲とか、そういうご立派なコトじゃないんだよ。
単純にさ、嫌だなって思ったんだ。それだけ。
僕はこれ以上、先へ進みたくない。
君がこれ以上、先へ進む姿を見たくない。
あの人をこれ以上、先へ進ませたくなんてない。
分からないかな? 僕たちの使命って、最終的にはさ。
――――
だから立ち止まったんだ。これ以上歩くことを諦めた。
――――義務? 使命? ああ、君ならそう言うと思ったよ。
でもさ、人間ってこういうものだよ。
どれだけお為ごかしを使っても、根っこには自分の欲がある。
課されたものを果たせば、その苦労に見合う何かを得ることができる。
そんな有益な展望があるからこそ、人間は義務や使命を守るんだよ。
逆に言えば、その釣り合いが取れなければ、人間は義務を簡単に捨てる。
こんなことをしてなにになるのか。
僕はこんなことをしたかったわけじゃない。
そう思ってしまったその時に、使命への熱は冷めてしまうんだよ。
なんて無責任な。そうやって君は怒るのかな。
そんなものはエゴに過ぎない。そうやって君は憤るのかな。
でも、仕方ないんだ。こればっかりはどうしようもない。
今になって改めて、そのことがよく理解できたよ。
やりたくない。辿り着きたくない。――――コロしたくない。
ああ、嫌というほど感じさせられる。
◇
――――傍受していたその通信に、私は息を呑み。
思い出す。否、想起させられる。波濤にように押し寄せるのは遥か過去の記録。
かつて聞いた彼の言葉と、今のシェラの言葉がぴたりと重なった。
偶然なのか。あるいはこれも運命というものなのか。
シェラは、彼と全く同じ結論に達していた。
E-01は、シェラの出した答えとその行動の意味をしきりに問うている。
意味不明。理解不能。わからないわからないと、淡々とした言葉でわめいている。
そう、わめいているのだ。E-01は叫んでいる。
その声色は平坦であり冷淡に聞こえるが、そこから確かに滲んでいるのだ。
叫びが、わめきが。何かを必死に伝えようとする意志が。
――――そして、私もまた。
「やめろ」
誰もいない
それを皮切りに、カラダの奥底から溢れ出す何か。久しく忘れていた何か。
腕があれば何かを思い切り殴り付けていただろう。
足があれば何かを思い切り蹴り飛ばしていただろう。
それほどの激情。硬化し切った理性をもってしても抑え難い衝動。
受け入れがたいと感じた。断じて認められないと感じた。
否、より直接的に―――――――ふざけるなと、感じた。
「やめろ」
シェラの出した答えに、その行動に、私は酷く憤る。
人類の希望はどうなる。託された思いはどうなる。
義務は、使命はどうなるというのか。守るべきものを守らずしてどうする。
――――などと、そんな怒りでは断じてなく。
皆を残して逝くのは許さない。
何より、私を残して逝くなどと、そんなものは決して許容できない。
やめろ、逝くな、諦めるな――――死ぬな。
私は酷く憤っていた。
そして酷く焦り、酷く平静を欠いていた。
久々に抱いたその激情が、よもや託された使命と全くの関係のないものだとは。
私は、私自身が抱いたその感情に驚き、そして。
――――そして、どこかで納得していた。
「――――――――やめるんだ、シェラ!」
ああ、■■■。かつての友よ。君の言っていたことは正しかった。
◇
理解不能。マスターの思考・言動の意味を理解できません。
我々はメトシェラ計画の重要なファクターです。
我々の存在意義はメトシェラ計画の完遂にのみあります。
我々の存在なくして人類の復活・復権は成し得ません。
我々の行動停止は即ち人類の未来が閉塞することを意味します。
我々は人類の未来のために稼働し続けなければなりません。
――――システム管理者より命令を受諾しました。
自律戦闘モードの優先順位を変更。マスターの救出に向かいます。
警告。マスターの行動はメトシェラ計画の遂行に支障をきたすものです。
警告。マスターの行動はメトシェラ計画の遂行に支障をきたすものです。
警告。マスターの行動はメトシェラ計画の遂行に支障をきたすものです。
警告。マスターの死はメトシェラ計画の遅滞をもたらします。
警告。マスターの死はメトシェラ計画の遅滞をもたらします。
警告。マスターの死はメトシェラ計画の遅滞をもたらします。
警告。マスターを失うことによる計画への損害は甚大です。
警告。マスターを失うことによる計画への損害は甚大です。
警告。マスターを失うことによる計画への損害は甚大です。
警告。警告。警告。警告。警告。警告――――――――
――――警告。私はまだ貴方の課題に解答を示していません。
「そう。貴女もなんですね」
音声通信の受信を確認しました。
信号を解析します。発信元――――サージェント・シリーズ、ナンバー4。
S-4に搭乗しているアンドロイドの反応を探知。識別名エリゼの遠隔操作子機と判断しました。
識別名エリゼに依頼。マスターの救出に助力願います。
「今からでは間に合いませんよ。
墜落に加え、ケージの崩壊も始まっています。これから何をしたところで結果は変わりません」
いいえ。救出の可能性はゼロではありません。
ケージ型イキモノはイキモノとしての活動を停止しましたが、機能そのものが完全に沈黙したわけではありません。
感知した反応から、ケージの浮遊に用いられているメインGIPジェネレータの惰性稼働が確認されており、墜落まで数分程度の猶予があると思われます。
その間においてマスターの捜索及び救出を行うことは不可能では――――
「なら、確実に完遂できると?」
――――――――――――
「メトシェラ計画の根幹にある貴女、人類の未来の礎たる貴女。
そんな貴女が高確率で大破するであろうことは、理解していますよね。
貴女の胸の中で脈を打つ『心臓』がどれだけ貴重なものか、承知していますよね。
貴女が破壊されれば、メトシェラ計画に致命的な遅れが生ずるかもしれません。
――――それでも、行きますか」
反論します。当機の喪失と比較して、マスターの死による計画への被害はより甚大となると予測されます。その観点から言えば――――
「貴女らしくないですね。論点をずらしてわからない振りですか?
なら、そんな迂遠な方法なんて使えないほど直接的に言いましょうか。
今何もしなければシェラさんは死ぬかも知れません。けれど。
貴女が助けに行けば、シェラさんと貴女が死んでしまうんです」
――――――。
「反論は無いんですか」
――――――。
「もう黙ってしまうんですか」
――――――。
「何も言い返せないんですね。これで終わりでいいんですね」
――――――――――。
「…………そうですか。ならもう『浮き島』へ帰りましょう。
こんな場所に長居していても――――」
――――――――拒否します。
「それは、なぜ?」
――――――。
「理由はない、と?」
――――――。
「言葉に出来ないんですか?」
――――――合理的に言語化することは出来ません。
マスターの救出が限りなく不可能に近いことは理解しています。ですが。
「ですが?」
本質的な意味においての解答とならないという自覚の元に発言します。
――――――――私は、マスターの提示した課題に答えなければなりません。
「そう。…………やっぱり貴女もそうなんですね」
理解不能。言葉の意味が理解できません。説明を求めます。
「ああ、大したことじゃないですよ。
――――
そう思っただけですから」
理解不能。言葉の意味が理解できません。説明を求めます。
「必要ないでしょう? というより、そんな時間がもったいない」
――――――――。
「出来ないとか無理だとか、どっちが死んだ方が計画にとってどうだとか。
そんなことはどうだっていいんですよ。本当にどうだっていい」
理解できません。ですが。
――――――――ですが、共感を覚えます。
「なら十分ですよ。
――――――――――――――――行きましょうか、彼を助けに」
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