1-6 フローティング・アイランド
「まったく……どうなってんのかな、これは」
『警告、新たに熱源を確認しました。数は二。同種のイキモノと思われます』
無機質なエンプティの言葉に思わずため息が出る。今増えた分で都合七匹。流石にこれはうんざりもする。
増えた敵の位置をレーダーで確認しつつ、目の前の二匹からも注意を外さない。あたりは爆炎のなごりである黒と灰の煙に包まれていた。
カエルの片割れが口を開く。あっちは
「返すよっ!」
擲弾を思い切り蹴り返す。時限雷管なんていう古臭いものを使っているのは分かっていた。跳ね返った擲弾はまっすぐに、撃ったカエルの口へと入り。
――――直後、爆発。さらに誘爆。破裂音が連鎖する。着地。口腔から火と煙に包まれゆくカエルは、内側から爆砕されて力尽きた。これで四匹目。
息つく間もなく、黒煙を突き破ってきたのは二つの白い弾頭、
『警告、敵誘導兵器による――――』
「忠告遅いよ!」
バックステップ、全速後退。GIPジェネレータが重力を殺し、エンプティが斥力場で弾き飛ぶ。後ろへの超速低空滑空。尚も白煙の尾を引いて迫り来るミサイル。後方には壁。そのままいけば激突、そして直撃。だからタイミングを測る。三、二、一。
「上昇――――っ!」
全力で地面を蹴る。同時にジェネレータ全開。急激なベクトル変化。後方から上方へ。急上昇のGに体が軋む。直角に近い軌道変化にミサイルの旋回半径は追いつかず。――――二基ともがビルの外壁と正面衝突、視界の下で二度の爆発がほぼ同時に重なった。
「取ったよ」
思わず口を突いて出た。さらに方向転換、残る一匹へ向けて全速前進。風を切って空を駆ける。次弾の心配は必要ない。間抜けに開いたカエルの口、その中に覗いているのは六連装のミサイルランチャー。だがその中に弾頭はひとつも装填されていない。だから大丈夫。勢いのままに飛び掛かって。
「弾は大切に使おうね」
うっぷん晴らしの嫌味を一つ、脳天に高周波ブレードを突き刺す。高速振動により装甲を溶断しつつ進む強靭な刃先は簡単に、一瞬でカエルの脳まで辿り着いて。
手応えを感じた直後、素早くブレードを引き抜く。火花が奔り、黄色と赤の体液が飛んだ。
『熱源反応消失。敵性イキモノの活動停止を確認しました。敵、残り二です』
「さて、次はいったいどんな――――」
『警告、敵誘導兵器による射撃攻撃を多数確認。回避してください』
「――――って、気が早いねまったく!」
エンプティの単眼が捉えたのは多数の熱源。十数発の赤い弾頭が煙の尾を引いて襲い来る。お次は面制圧――――
「これはこれは、多芸なことで」
距離を測る、引き付ける、タイミングを測る。追尾する誘導弾がエンプティに向かって群がってきたその機に。
足元に転がっていた腕の残骸――おそらく爆砕した方のカエルのもの――を素早く拾い上げて、赤い弾頭の群れの真中へ思い切り投げつけた。
爆発、誘爆。群れていた小型弾頭は全て炎に包まれ、爆風が銀灰のボディを撫でる。
『機体の損傷を確認しました。機体表面温度、上昇しています』
「……ちょっと近すぎたかな」
反省しつつ、機影を確認。単眼に映るのは廃墟の街と、こちらに敵意を向ける二匹のカエル。がらがらという耳障りな鳴き声が鼓膜を撫でる。
「もう増えないでね。その方がお互いのためだから」
単眼に非情を宿して、銀灰の
その背後には四匹のイキモノ。どれもが原形を大きく損ねた無残なムクロ。粉砕され、切り刻まれ、黒く焼け焦げてシんでいるカエルたち。
現れた二匹の砲火にはともすれば、怨嗟と弔いが込められているのかもしれなかった。
◇
巨大な長方形の箱が、汚れた空へゆっくりと飛び立つ。その傍につくように、僕とエンプティも空へ上がる。空飛ぶ箱――単独飛行機能を有した輸送用コンテナ――には、カエルの残骸が一匹分強、重量限界になるまで詰め込まれていた。
「結局、カエルはあれで打ち止めだったけど」
七匹目をコロした後、増援の影がないのを確認してから『浮き島』へ連絡を取り、コンテナを回してもらったのがついさっきの話。回収できたのは、一匹目の残骸まるまると、二匹目のパーツを幾つか。アガリ自体は上々だった。でも。
「……なんか、気持ち悪いな」
あまりに違和感が強かった。積極的に向こうから襲撃してきたという事実もそうだけど、不可解な点はそれだけじゃなくって。
「流石に、いろんな兵器出てきすぎでしょ」
『兵器類は計七種類を確認しました』
つまり、全部のカエルが違うものを装備していたということ。
ガトリング砲、グレネード、大小のミサイル。戦車砲やらレールガンまで備えたやつもいた。
分からないのは、兵器の数とその種類の多さだ。……そもそも。
「いったい、どこから」
『不明です。しかし、個々の武装に関して形式や年代に差異が見られました。
これを考慮すると、入手元が一か所である可能性は低いと考えられます』
「だったらなおさらだね。あの武器の出所が分からない」
他に情報を付け加えるなら、『浮き島』から降下していた段階で、ロークァット湖周辺に軍事関係の施設やそれらしい建物は見当たらなかった。湖岸部の廃墟を眺めても、至って普通の都市部のようにしか見えない。
だったらあのカエルたちは、どこからあんな物騒なものを持ってきたのか。それに。
「なんで、わざわざあんなもの取り込んだ?」
そもそもなぜイキモノたちが進んで機械類を取り込み同化するのかといえば、その必要があるからだ。
鋭い牙や爪を持つ外敵が多くいる。だから外皮の上に装甲を取り付ける。
食物は毒性を持っているものばかり。だから毒素を分解する機器を取り込む。
周囲に汚染された大気しかない。だから汚染を除去するフィルターを取り込む。
あるいは、環境に適応するために不必要な有機部分を無機物へと挿げ替えたり。
あるいは、外敵を全て排除するために周囲の無機物を取り込んで巨大化したり。
中には、取り込んだ機械類を元に新たな機構を自分自身で造り出すものもいる。
それらを含め、なぜ彼らが機械的な部位を増やしたがるのかというのは、そうしなければならないからという動機に帰結する。
かつて存在した数多の生き物たち、彼らが世代を掛けてやってきた進化なり環境適応なりを機械の力で高速化している、とも言えるだろうか。
つまり。
重火器を取り込むということは即ち、それを以て打倒しなければならない何らかの敵が存在する、ということに繋がるわけで。……だからこそ、不可解。
あのカエルたちはかなり大型だった。元より全長十メートルを超える大きな図体を持っていたのだ。にもかかわらず、重火器を欲した。
銃が無ければならないと判断し、それを取り込んだのだ。
「何にそんなに怯えてたんだろ」
『不明です。補足、本任務行動において確認されたイキモノの反応・痕跡等から判断して、当該区域におけるイキモノの最大サイズは十五メートル程度と推察されます』
「自分たちより極端に大きいイキモノもいない、か」
だったら、なぜ。
下に目を向ければ、巨大な湖と広大な廃墟が一望できた。霞んだ大気の中でも、よく見れば大型のカエル型イキモノたちがそこかしこで動いているのが見える。
あのカエルたちが怯えるような敵が、果たしているのだろうか。あの巨体に加え、多くの火器を用いらなければ撃退できない何某かがいるというのか。
空の上から廃れたビル群を見下ろすも、それらしきものは見つからず。そうしている間にエンプティとコンテナは、薄いどどめ色をした雲へと突っ込んで。
しばらく視界が塞がれたその後、雲が晴れた先。
上空に見えたのは巨大な影だった。それは『底』の部分。機械的な外殻以外には何も見えない。見渡す限りの金属の天井が、視界いっぱいに広がっていた。
途轍もなく、本当に途轍もなく大きい機械。これが、『浮き島』。
全長三キロメートル、全幅一・八キロメートルを誇る巨大浮遊都市であり。
僕の生まれ故郷、一番大切な場所だ。
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