1-5 フローティング・アイランド
轟音。粉塵。その巨体は途轍もない勢いで、廃ビルの根元にめり込んだ。
直後、何かがひび割れ軋む音。あ、と言う暇もなく、ビルががらがらと音を立てて崩壊していく。破壊音と瓦礫の雪崩に、瞬く間に巨体は飲み込まれていった。
さて、うまく誘導は出来たけれど……あの程度でシんでくれるものかな。
単眼を目まぐるしく働かせ、状況を正確に把握しているだろう彼女へ問う。
「エンプティ、あれの反応は? 弱ってる?」
『いいえ。反応強度の変化はありません』
「だろうね。……やっぱり、ぶった切るしかないかな」
コックピットの神経接続にて、エンプティのカラダと僕の精神はリンクしている。
後ろの腰のあたりに手を遣ろうとすれば彼女はその通りに動き、ハードポイントに据え付けられた高周波ブレードをすんなりと掴む。
ブレード展開。弾けるような音と共に刃が開き、全長が倍ほどに伸びる。直後、刃からけたたましい唸り声。発振器による高周波振動が空気を高速で叩き、耳障りな音を発する。
「そんなに慌てなくても逃げないから。……はい、いつでもどうぞ」
砂塵と瓦礫の中に埋もれているはずの巨大なイキモノ――全長十二メートル・四脚カエル型――へ向けて、伝わるはずもない言葉を呟く。
まったく、どこぞのクモさんといいこの巨大カエルといい、誰も彼も慌て過ぎだ。降り立ってまだ数分と経ってないのにいきなり襲ってくるなんて。
……ついてないなあ、僕。
◇
「今回の仕事はサルベージね。後で『浮き島』から輸送用コンテナ落としてもらうから、使えそうなパーツを片っ端からコンテナに放り込んでいって、いっぱいになったら帰島、って感じ」
『サルベージ選定対象の基準をお教え願います』
「今回は大型パーツ優先で。あと、せっかく
『了解しました。大型パーツ、希少パーツを優先して
「それでよろしく。あと、大型イキモノが出たら基本避けていくけど、やれそうならやって拾って来いって指示でてるから、遭遇した時は戦力予想聞かせてね」
『了解しました。大型イキモノとの遭遇時は戦力分析を優先します』
◇
なんて、エンプティとそんな会話をしてから何分と経たずに
ため息を一つ。――――もしかしたらそれを、聞かれたのかもしれない。
瓦礫が飛び散る。同時に巨体が一直線にこちらへと突っ込んできた。大きな両目をひんむいて、超重量の金属カエルが高速で突貫してくる。
「――――やばっ」
咄嗟に上空への跳躍で躱す。エンプティのつま先をカエルの巨体がかすり、火花が散る。同時にエンプティのGIPジェネレータを稼働させて飛行。高度を上げて一旦距離を開ける。
――――機体各部のジェネレータから発生する
さらに、一定以上の密度となったGIPは、軽減させた重力分のエネルギーを利用して強力な斥力場を発生させる。
重力軽減と斥力場、GIPが持つこの二つの力を利用して機体の単独飛行を実現させる機構。それがGIPジェネレータだ――――
高度は百メートルほど。飛行しつつ上空から様子見。カエルは恨めしそうにこちらを見つめつつ、がらがらと鳴き声を上げている。
なにか文句でもあるようだけど、馬鹿正直にそっちに付き合う義理もないってことで。悔しげなカエルの様子を鼻で嗤っていると。
『敵イキモノ口腔内に熱源を確認しました。警告、射撃兵装と見られます』
「え、ちょ――――」
何か言葉を発し終える前に、カエルの口から連続した炸裂音が放たれかき消される。それが何かを確認するより先に体が動いた。
GIPジェネレータフル稼働。体勢が崩れるのを覚悟で斥力場を形成。不可視のハンマーに弾き飛ばされる。逃れるのは真横。突然の緊急回避は相応のGを生み。
「う、っぐ――――」
軋むカラダに呻きながらも、エンプティの姿勢をどうにか立て直す。上手く高層ビルの背後に隠れられた。建物を挟んで、コンクリートが弾ける音が何発も聞こえる。
「あれなに!?」
『口径二十ミリ前後の六連装ガトリング砲と推定されます。敵性イキモノ口腔内に計二門が確認されました』
「どっから拾ってきたんだよ、そんなもの……!」
『敵性イキモノ、射撃を中断しました。索敵行動に移行した模様です』
エンプティはそれなりに強度の高い装甲に覆われているけれど、二十ミリ弾なんて代物を何発も喰らうのはあまりよろしくない。何かの拍子にコックピットの気密が破られる可能性だってある。そうなったらエンプティは大丈夫でも僕がおしまいだ。
ひとまず高周波ブレードの振動を止める。……当然だけど、被弾は極力抑えるべきだ。となると。
「飛びっぱなしはよくなさそうかな」
『はい。遮蔽物・障害物を利用しての地上戦を推奨します』
相棒と意見があったところで、さらに相手と距離を取りつつ高度を落として着地する。
ホログラフレーダーに映る機影を確認。距離は七百メートルと言ったところ。複数の建物に阻まれて、
姿勢を落とす。同時にGIPジェネレータ稼働。重力軽減のみを働かせることで身軽さと静穏性を得る。レーダー上、敵機を示す光点を注視。……うろうろと警戒はしているようだけど、確信を持った動きは見られない。
「向こうさん、こっちのこと見えてないね。電子系統は鈍いみたいだ」
『アクティブレーダーの反応も見られません。光学系による探知機能のみを搭載していると予測されます』
「それなら話は早いかな」
レーダーに意識をやりつつ、廃ビル群の影から影へと移動する。光点の移動方向から相手の頭の向き、視界を予想してそこに引っかからないように進む。
とはいえ限度はある。GIPジェネレータで移動のノイズを抑えられているとはいえ、近寄り過ぎれば勘付かれるだろう。だから。
「この辺、かな」
両端に高いビルが並ぶ、長くまっすぐ抜けた道路。その先にカエルの後ろ姿が見えた。身を翻して隠れる。標的までは二百メートル強。……決めるなら、ここだ。
傍に落ちていた赤い
腰をひねり、振りかぶる。全身のアクチュエータと人工筋肉を躍動させ、持てる馬力を振り絞る。そして――――上方へ投擲。
放物線を描いて飛んで行った自販機が、上空三十メートルほどに差し掛かったその時。
――――数多の炸裂。雷管が弾け続ける超連発音。ガトリングが吠えた。
赤い箱が跡形を失くす前に、速やかに道路へと駆け出る。全力の疾走。続いてGIPジェネレータ稼働。斥力場をも加速に利用して水平に飛翔する。
あと百メートル。カエルが接近に気付く。銃弾の咆哮は放ち続けたままに銃口がこちらへ向く。しかし遅い。地面を蹴る。斜め上方への機動変更。数多の銃弾が空を切りアスファルトを砕く。
躱した。けれどまだだ。こちらの機動に合わせて砲口も付いてくる。弾の雨が迫る。動線と射線が交わるその寸前、もう一度蹴った。今度はビルの壁面を。
二度目の急速機動変更。直後、GIPジェネレータによりさらに加速。もはや肉薄と呼べる距離。取ったのは相手の上空。銃口はこちらに届かない。高周波ブレード起動。振動音が唸りを上げる。そして。
――――勢いのまま、刃を振り抜く。
カエルの目と目のその間、脳天を縦に片刃が入り、そのまま後方へと切り抜ける。着地、スライド、砂塵が舞う。カエルの頭から、体液と火花が絡んで吹いた。
事切れたカエルは力なく地に伏せる。大きな腹がアスファルトを砕き潰した。汚染された大気を砂埃が舞う中、ブレードの振動を止めれば静寂が訪れて。
『熱源反応消失。敵性イキモノの活動停止を確認しました』
「……ふう。まったく、いろいろ驚かせてくれるよ」
ブレードを畳んで背部のハードポイントに収める。
カエル型のイキモノは完全にシんだ。
基本的に、脳――これもまた有機と無機が融合したもの――を破壊すれば、イキモノはイきていられない。プラス、現状においてイキモノがイきたまま脳部分のパーツを取り替えることは出来ない。
つまり、パーツ利用を目的にイキモノを狩る場合において、頭部の破壊はひとつの最適解だ。いらないものを壊して、必要なものを手に入れられるわけだから。
『イキモノ残骸の重量・体積を概算しました。当該残骸を回収すると仮定した場合、輸送コンテナ積載量の約七十二パーセントを占めると予測されます。
本任務における回収ノルマが達成されていることを鑑み、コンテナの呼び出し、並びに資材回収と帰還を推奨します』
「いや、あと三割割積めるんでしょ? ならまだ余裕あるじゃん。前の時はもっと積んでたし」
『前任務・本任務間には大きな差異が二、存在します。
一、汚染度の差異。前任務区域の汚染度は
二、敵性イキモノの行動アルゴリズムの差異。前任務において遭遇した敵性イキモノの行動は主として逃走優先の傾向を観測。本任務、先刻の敵性イキモノにおいては積極的攻撃姿勢を観測。
以上の理由により、長時間の任務継続には相応のリスクが伴うと判断しました。
繰り返します。コンテナの呼び出し、並びに資材回収と帰還を推奨します』
「あー……確かに違和感はあったけど」
主に二つ目の理由についてだ。
エンプティは基本的にイキモノに怖がられる。高い
だから大抵の場合、こちら側から相手のテリトリーに近づいたりしない限りイキモノたちは襲って来ない。少なくとも、自衛以外の目的でエンプティに相対するイキモノなんて僕は見たことがなかった。
そういう意味では確かに例外的だ。なぜあのカエルは向こうから積極的に襲ってきたのか。知らない間にあのカエルのテリトリーに踏み入ってしまった可能性もあるにはあるけど……。
「エンプティ、この近くに巣の反応はある?」
『いいえ。周囲一キロ圏内にイキモノの巣らしき反応はありません』
とのこと。つまりは別段イキモノの敵対心を煽るような行動はしていないことになる。だとすればやはり、あのカエルの好戦性の原因がわからない。
繁殖期において攻撃性が高くなるイキモノもいないわけじゃないけど、果たしてそういった場合でも、エンプティへの恐怖を無視してまで襲い掛かってくるものだろうか。
そう考えると、確かに嫌な感じはしないでもない。余裕を見て帰還してしまうのも一つの手かな。そう考えた時だった。
『警告、新たな熱源を感知しました。数は二。先ほどの敵性イキモノと同型と見られます』
「うぇ!?」
レーダーを見る。そこには確かに光点が二つ。どちらも迷いなくまっすぐにこちらへと向かってきている。偶然通り道が重なったというわけではなさそうだ。
『戦闘音を感知されたか、あるいは敵性イキモノ同士で何らかの通信が行われていた可能性が考えられます。速やかな接敵、無力化を推奨します』
「面倒だなあ、もう……!」
仮にイキモノ同士が通信を行っていた場合、さらに増援が来る危険性もある。出来るだけ早く始末して、さっさとコンテナを呼ばないと。思わず舌打ちが漏れる。
「どうせ綺麗にコロしても持って帰れない。撃破優先で行くよ、エンプティ」
『了解しました。戦術の優先度を変更します』
敵方向へ単眼を向ける。
やがて、二匹のカエルの姿を捉える。ブレードの叫びが汚れた大気をつんざいた。
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