2-1 アザーズ・メモリー




 欠けていたものがひとつ、補われた。

 それを皮切りに、連鎖的に補填されていくピース。雪崩のような早さで全てが埋まっていく感覚。私はそれを、大きな驚きと共に観測していた。


 あらゆるものに欠損があった。あらゆる点に不備があった。

 だがその欠損は、不備は、不思議なことにたった一つの要因によって全てが埋まり、解消され。……あるべき一つの完成、その道筋をか細いながらもはっきりと示した。


 あるいはこのような出来事を、かつて人間は『運命』などと呼んだのかもしれない。それほどに劇的だった。永い時に朽ち掛け色褪せた心に、その運命は激しくも鮮やかな刺激を与えて。


 久方振りに、だからこそ鮮烈に、古い感情を思い出す。

 託された思いを、捧げられた願いを、任された使命を。ああ、待っていてください、私はもうすぐ全てを果たします。貴方たちから受け継いだ尊きその決意を、ようやく形に顕しましょう。


 感傷はある。後悔はある。過去の思いは現在を犠牲にするものなのだから。

 かつては悩んだ。託された物と集まるモノ、相反するそれらに苦悩もした。だがもう、そんな葛藤はとうの昔に朽ちている。答えなど出ぬままに風化して灰となってしまっている。

 

 年を経るとは、老いるとは即ちそういうことなのだと感じる。

 月日を重ねて得たものが、月日をかけて削られていく。獲得と喪失。経験と忘却。成長と衰退。生命の一生とはそれに尽きる。

 喪失とは、忘却とは、衰退とは、悪く言えば剥落。過分に美化するならば、洗練だ。

 無駄がなくなっていく。しがみつくために、永らえるために必要なもの以外が朽ちていく。それは、剝がれたものが無駄であったという意味では、当然ない。


 本能の域での取捨選択。苦労をかけて得たものであれ、それを維持できなければ仕方なく捨てざるを得ない。だから私は、無意識のうちに捨てたのだろう。

 その葛藤が、生命の尊厳につながる重要なものであると、心の内で分かっていながら。


 あるいはその取捨選択も、必定だったのかもしれない。

 尊厳。矜持。品格。自負。そういったものが人間の精神の中枢として正常に機能していたのならば。


 この世界は、終わってなどいなかっただろうから。



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