2-2 アザーズ・メモリー
『浮き島』に帰還してすぐ。
島のハッチの中に入った直後、エンプティは直立式の拘束ユニットにその体をホールドされる。コンテナもまた、マシンアームに引かれて別のところに運ばれていった。
『機体固定を確認。これより除染シークエンスに入ります。コックピット部、パージ』
同時に全天モニターが灰色に染まり、軽い衝撃が走った。コックピット部がまるまる、エンプティの背面あたりから排出されたのだ。
彼女とはしばしの別れとなる。汚染度の高い場所での任務の後は、機体に付いた汚染物質なり有害物質なりを除去するため、サルベージした部品類と共に除染に掛けられるからだ。
最後の言葉は、いつも通りに。
「それじゃあまたねエンプティ。今回も助かったよ、ありがとう」
『ありがとうございました、マスター。またお会いできる日を心待ちにしています』
コックピットごとマシンアームに運ばれている感覚に揺られながら、エンプティとの通信を切る。途端、倦怠感が全身を包み、体がずしんと重くなった。
余裕をかましているつもりでもやはり、エンプティに乗っている間は気を張っているようで。今回は特にピリつかなきゃいけない場面が多かったから、なおさらか。
疲れを追い出すように、大きな息をひとつ吐く。直後に、腕の端末が小さく振えた。どうやら誰かからの通信らしい。疲れに鈍った頭で「はい?」と応答してみれば。
『おい、随分と派手にやったみたいだな。無事か?』
「なんだスミスか。一応無事だよ。で、そっちはもう機嫌直ったの?」
『うるせえ。というかそんなことはどうでもいい。エンプティの損傷は?』
「まったく、都合悪くなるとすぐそれなんだから。
まともなのは一発も喰らってないよ。多少ダメージはあるだろうけどね」
『そうか、ならいいんだが。……除染が終わったらすぐに見ておく』
「過保護だねえ。ま、助かるんだけどさ。いつもありがとね」
『礼はいい。疲れてるとこ悪かったな。切るぞ』
ドライに見えて実は気遣い屋な整備班若頭の言葉にほっこりとしつつ、運搬の振動に揺られる。コックピットから降りたら、とりあえず汗を流そう。そんなことを思いながら、なんとなく目を瞑った。
◇
目を開けると、やたらに綺麗な白い天井が見えた。
鼻をつくのは微かな薬剤の香り。柔らかい枕と滑らかなシーツの感触もあって。
これは、ひょっとして。そう思った次の瞬間、視界の右と左から突然、二つの頭がにゅっと現れた。
どちらもが銀色の髪、大きな瞳、愛らしい顔つき。純真そうな目でこちらをじっと見つめる二対のまなざし。先に口を開いたのは、左の彼女だった。
「シェラ、おはようございます」
「ます」
語尾を追ったのは右の彼女。つまりは左がマグで右がメルということか。相変わらずマグは硬いしメルは適当だなあ、なんて寝ぼけ頭で考えつつ、数秒ぼーっとする。
頭は少し鈍いけど、体は幾分か軽くなっていた。疲れが取れているようだ。と、いうことは。
「僕、寝てた?」
「はい。エンプティのコックピットで眠っていたところを、私たちで医務エリアまで運んできました」
「ました。シェラ、おもかった」
「それは……世話かけたね。マグもメルも、ありがと」
「どういたしまして」
「まして」
「あと、ちょっと頭引っ込めてくれるかな。いつまでも上から覗かれてると起き上がれないんだけど」
「承知しました」
「ました。シェラ、わがまま」
二人が頭を引っ込めたのを確認して、上体を起こしながら「メルには言われたくないなあ」と軽口をたたく。ベッド脇、その左には白いドレスシャツのマグ、右には黒いドレスシャツのメルが座っていた。
飾り気の少ない清潔な医務室。
「……ひょっとして、着替えも?」
「はい、それも私たちが。シェラは有機体比率が高いので、汗が乾くと体温が低下して体調が悪化するかもしれませんでしたし」
「汗も拭いてあげた。もっと感謝するべき」
「え、っと…………うん。それはそれは、いろいろとご迷惑をおかけしました。ありがとうございます」
なにやら申し訳ないような恥ずかしいような微妙な感情が湧いてきて、思わず敬語になってしまった。まあでもメルは満足そうにうんうん頷いているから結果オーライだろう。
マグは相変わらずの鉄面皮。だけど若干頬が緩んでいるような気がしないでもないので、こちらも機嫌が悪かったりはしないと思う。
「えっと、どれくらい寝てた?」
「この部屋に来てからは二十分ほどです。都合三十分ほどでしょうか」
「なんだ、案外短かったんだね」
「でも爆睡だった。マグがしばいても起きなかった」
「何を言っているんですか、メル。私は叩いてなんていません」
「え、でもさっき」
「いいえ、叩いていません」
「や、だって」
「叩いていません」
「えと」
「叩いていません」
「あの」
「叩いていません」
「……うん、しばいてない。マグはしばいてない」
無表情のマグに押されてなにやらメルが根負けしたようだ。真相はやぶの中、ということにしておこう。結果として僕は三十分間起きなかったわけだから。
微笑ましい、のかそうでないのか微妙なところのやり取りを聞きつつ、そういえば、と思い出す。
「更衣ルームに服置きっぱなしだ」
ハンガーへの専用エレベータの付近にある更衣ルーム。汚染防護用のスーツとヘルメットが置いてある場所に、いつものシャツとカーゴパンツが置き去りになっている事実に気付く。すると、マグが申し訳なさそうに口を開いた。
「すみませんシェラ。服に関してはその時近くにいた整備班の方に、医務エリアのこの部屋に持ってくるよう、部屋番号もお伝えしてお願いしたのですが……」
「まだ来てない。遅い」
口をとがらせるメル。ハンガーから医務エリアまでなら、急いで来れば五分で辿り着けるはずだ。現にマグとメルは、僕を運びながらでも十分でこの部屋に来れてるわけだし。
何か別のトラブルでもあったのかな。なんて思っていると、部屋の自動ドアがうぃん、と開いて。
「――――ごめんなさいっ、遅れましたっ!」
開口一番、大慌ての大謝罪。果たして誰が来たのかな、と思って姿を見れば。
金色の髪を後ろで一つにまとめている、活気に溢れた緑瞳の少女。
その容姿はマグメルに負けず劣らずに整っている。双子たちと比べれば上背は高く、スタイルも凹凸がはっきりとしていて。
前を大きく開けた作業用のツナギからは、胸元が開き気味のTシャツが覗いていた。彼女、どうやら整備班であることは間違いなさそうだけど。
…………はて。
「たいへん、たいへん長らくお待たせしました! 頼まれていた服、お持ちしました! あのですね、遅れた理由は話せば長くなるんですが、一言で申し上げますと新人ゆえの不慣れが原因と言いますかなんと言いますか――――
って、シェラさんもう起きてます! もう体は大丈夫なんですか!? 任務の後に倒れられたって話を聞きましたが――――」
「あの、慌ててるとこ申し訳ないんだけどさ」
息つきながら高速で喋り続けるその少女の言葉を区切って、僕は思ったことを思ったままに彼女へと伝えた。
「……君、だれ?」
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