2-3 アザーズ・メモリー




 妙な沈黙、妙な間。ぴしっと表情を固まらせた金髪の少女は、次の瞬間には調子を持ち直して口を開いた。


「い、いやだなあ。わたしですよわたし、エリゼです」


「え、っと……聞き覚えないんだけど。待って、ほんとに誰?」


 再び妙な沈黙、妙な間。ぴしっと表情を固まらせた金髪の少女、今度は持ち直しきることが出来なかったようで。緑色の瞳が悲しげに潤んだ。


「ひ、酷いです! ついさっき、出撃前にいろいろとお話ししたばっかりのに!」


「んん? 出撃前、っていうと――――」


 出会った顔を順番に思い出していく。艦橋ブリッジのビルに入って受付の人を見て、エレベーターから統括室ブレインフロアに降りてすぐにマグメルと会って、統括室ブレインでドクターと話して。

 次にハンガーに行ってスミスと話して、そのあとは――――って、ああ、そうか。


「……ひょっとしてだけど、クモさん?」


「そうですよ、そのクモさんです! 名前くらい覚えててくれてもいいじゃないですかぁ……」


「いや、そもそも名乗られた覚え無いし、あとその姿見るの初めてだし」


「…………そうでしたっけ?」


「そうでしたよ」


「あれ?」


 三度の妙な沈黙、妙な間。なにやら気まずそうな顔つきでぴしっと固まる金髪の少女、クモさん。名前はエリゼっていうらしいけど。


「マグ、この子頭弱い」


「メル、失礼ですよ」


 メルの辛辣な言葉とマグの無感情なフォローに「うぐっ」とエリゼがうなる。

 いや、別に頭が弱いわけではなくて、単に慌てがちでうっかりミスが多いだけなような気がする。多分エリゼさん、地頭はいい方だと思うから。

 と、今フォローを入れても彼女がみじめになるだけのような気がしたので、とりあえず僕は場を仕切りなおす方を選んだ。


「えっと、クモさん。エリゼって名前だったんだ」


「は、はい。遅ればせながら名乗らせてもらいます、エリゼといいます……」と金髪の少女は、肩を落としながら深々と頭を下げる。


「で、そのカラダどうしたの? それが本体?」


「あ、いえ、逆です」頭を上げてエリゼは言う。「クモ型の方が本体で、こちらのニンゲン型は何というか、遠隔操作ユニットといいますか。

 元はこのカラダ、ニンゲン型自律機械アンドロイドだったみたいで」


「みたい、って……ああ、それもスタビライザーと同じで知性インテリジェンスが低かった時に取り込んだってこと?」


「はい。なんでニンゲン型自律機械アンドロイドをまるまま同化したのかは分からないんですけど」


「へえ……ちょっと不思議、だね」


 知性インテリジェンスっていうのは、読んで字のまま。事物を知って、考えて、判断したりする能力のこと。大体の場合は自我や理性、記憶力なんかも包括して指してる。


 知性インテリジェンスが高くなると、行動の幅が広くなる。本能に根差したもの以外のことを知り、考え、判断するようになるからだ。

 例えば、興味本位で四肢のパーツを増設したり、美観を重視してパーツに研磨を掛けたり、体の不調を判断して関節部にオイルを差したり、等々。

 ざっくばらんに言えば、イきるため以外のをするようになる。


 その点で言えば、知性インテリジェンスが低い時期にニンゲン型自律機械アンドロイドを一体丸ごと同化する、という行為はイキモノとしては不自然なのだ。

 単純に、その必要がない。

 一部分を同化してパーツを補完したりすることは考えられても、一体丸ごと自身のカラダに、しかも原形を保ったまま同化するというのは明らかに無駄な行為だ。


 一体、なぜ。妙に引っかかる。

 理由は多分、ロークァット湖のカエル。あの大型イキモノもまた、あの環境下にいるイキモノとしては不自然な同化行動武器との融合をしていた。

 あるいはあのカエルに高い知性インテリジェンスが備わっていれば不思議な事でもないんだけど、戦闘していた感触からしてあまり頭がいいイキモノだとは思えなかった。


 ロークァットのカエルと、目の前のエリゼ。この二つのイキモノの間には何らかの相関があるのだろうか。

 いや、安易に二つの事柄に関連性を持たせようとするのはよくない。あくまで起こった事象のみをフラットに受け入れるべきだ。

 今は判断材料が少ない。戦闘ログや拾得したカエルの残骸を解析してからでも考えるのは遅くないだろう。と、一通り思考を終わらせたところで。


「あの、マグさんメルさん。シェラさんが急に返事してくれなくなったんですけど」


「諦めてくださいエリゼ。長考に入ったシェラは基本的に何も聞いていませんし何も見えていません」


「前に一回ひざかっくんしたことあったけど、無反応だった。さすがにびびった」


「あれは無反応だったんじゃなくて、突然過ぎて反応できなかっただけだよ」とメルの言葉に割り込んで存在をアピールする僕に。


「うわっ!?」とエリゼが驚く。「すごく急に復活しました。メルさんの言葉のおかげでしょうか」


「かもしれませんね。シェラは特別、メルの世話を焼きたがりますから」と冷たい声色のマグ。いや、そんなことはないと思うんだけど。


「私、マグより好かれてる。だから当ぜ」ぺしん。「マグ、痛い」


「調子に乗らないでください。叩きますよメル」


「マグさん叩いてから言ってます!?」とエリゼ。


「マグ、そういうやつ。基本短気で暴りょ」ぺしん。「マグ、痛い」


「調子に乗らないでください。叩きますよメル」


「叩いてから言ってます!? あとそのやり取り二回目です!?」とエリゼ。君も丁寧に二回目なぞらなくていいから。というより。


「君ら、急に仲良くなってない?」


 僕が思考にふけっている間になにか急激に親密になる出来事でもあったのだろうか。そう思わせるくらいには息ぴったりだった。

 女性型の思考を持ってるイキモノやニンゲン型自律機械アンドロイドにはそういう傾向があるのかもしれない。

 

「マグさんとメルさん、とても親切ですから。ハンガーで初めてお会いした時も、新入りの私にもすごく優しく接してくれましたし。

 それに、お仕事くれましたし。お仕事くれましたし!」


「いやエリゼ、それは単に良いように使われてるだけだと思う」


「シェラは物事を穿って見過ぎています。私たちはただ、ハンガーで黙々と雑用をこなしているエリゼの姿を見かけ、その勤勉さに信が置けると判断して仕事を任せただけの話です」


「でも頭弱いのは予想外だった」


「うぐっ」とエリゼのくぐもった声。


「こらメル。せっかくマグが分かりやすいフォロー入れたのに台無しにしない。

 あとエリゼもいちいちダメージ受けなくていいから。メルの悪態は基本聞き流してもいいやつだから」


 マグの言葉も多分本心からだろうし、とまで言うと当のマグから照れ隠しの攻撃が飛んできそうな気がしたので言葉を切っておく。

 あと、さっきから言おう言おうと思ってたんだけどさ。


「それと、あの、エリゼ」


「はい、なんでしょうか?」


「そろそろ服、返してくれない?」


 妙な沈黙、妙な間。本日四度目の硬直を見せたエリゼは、直後にひどく慌てた様子でこちらへ服を返してくれた。苦笑いで服を受け取った僕は。


『着替えたいから、ついでにマグとメル連れて席外してくれないかな?』


 と言うタイミングを、再び計らなければならなくなった。



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