6-2 ファクター・オブ・マンカインド




 僕は何がしたいんだろう。


 あの人は何に縛られているんだろう。




 ◇




 コックピットの中、深呼吸をする。

 ヘルメットとスーツを纏い、フットレストとアームレストを介してエンプティと繋がっている感覚に、神経が落ち着いていく。

 全天モニターを視線の奥には、鋼鉄製の正方形の洞窟。

 光の見える出口の先まで、カタパルト・レーンが続いている。


 出撃まで、あとわずか。

 カタパルトのコントロールを貰えば、いつでも発艦できる状態にあった。

 けれど、まだ。胸の内には迷いがあって。心の中にぽっかりと開いてしまった穴を見つめながら、僕は考える。思考を回す。


「行けるの?」


 ふと漏らしたその問いは、僕のたったひとりの相棒へ。


『はい。機能停止したGIPジェネレータは全て予備品との交換が終了しています。

 その他の被害は軽微。戦闘行動に支障はありません』


「そう」


 直るのがこれだけ早いとは。綺麗に壊したものだな、なんて思わず感心してしまう。流石、というと少し皮肉になるだろうか。ほんの少し、苦笑する。

 ……僕のことを守るために、綺麗に壊そうとしてくれていたのかな。

 そう思うと、途端に胸が苦しくなって。否応なしに自覚させられてしまう。

 起こしてしまったことの重さを。失くしてしまったものの重さを。

 

 けれど、止まってはいられない。

 あるいは、だから、止まってはいられない。

 僕の役割とは何なのか。僕に課せられた使命とは何なのか。

 ……つまり、僕のすべきことは何なのか。それを考えなければいけなくて。

 辛くても、苦しくても、胸の内の虚ろを見るのがどれだけ嫌でも。

 思い返して、思い出して。今までの僕が感じてきた全てを基にして。

 僕は答えを出さなければいけなかった。


 ――――そしてそれは、彼女にも言えることで。


「ねえ、エンプティ」


『はい、マスター。要件をお聞かせ願います』


 話しかける。問いかける。

 いつもと変わらない口調で、けれども少しだけ言葉尻に重みをもたせて。


「……君は今、何を思ってる?」


 少しだけ間を置いて、エンプティからの返答。それは予想通りの言葉。


『返答することが出来ません。質問の意図が不明瞭です』


 だろうね。と心の中で思って、でもそれは口にせず。


「今日、いろんなことがあったよね。それに、昨日までだっていろんなことがあった。……そういうことを踏まえて、今。

 君は今、何を思ってるのかなって」


『……返答することが出来ません。質問の意図が不明瞭です』


 彼女の答えはとても無機質で無感動。

 AIなのだから当たり前、そう言ってしまえばそれまでの話だけど。

 創り出されてから長い長い時が経って。彼女はいろんなものを見て、いろんなものを経験したはずだ。

 たとえ大半の時間眠っていたのだとしても、その間も彼女の意識は、意思は確かにそこにあったのだから。


 何かを思うはず。何かを思えるはず。

 そんな機能は備え付けられてないとか、機械にそんなことを求めても意味がないとか、そういう次元の話じゃなくて。


 ――――知っている。……そうだ、知っているんだ。

 僕は彼女が何かを思えることを知っている。感情を抱き得ることを知っている。

 たとえ、無機質な言葉しか聞いたことがなくても。事務的なやりとりしかしたことがなくても。

 僕は確かに、彼女が心を持っていることを知っている。だから。


「じゃあ、宿題ね」


 言って、また問いかける。宿題。返答はすぐに求めない。

 彼女は必ず答えを出すだろう。それが出来るということを僕は知っているから。

 ――――それに、そもそも彼女は律儀で真面目だから。


「今、君が何を思っているのか。

 それと……。君が何を思ったのか」


 それはともすれば、とても残酷な問い掛けなのかもしれなくて。


『返答することが出来ません。質問の意図が不明瞭です』


「だから、宿題。考えておいて。大丈夫、期限は区切らないから。

 ……考える時間は、たくさんあるよ」


『わかりました。可能な限り返答内容を検討します』


 そんな四角四面で淡々とした言葉を受け取って、僕は「そっか」と笑む。

 彼女はどう考えるのか。何を思うのか。どんな答えを出すのか。

 それを密かに楽しみにしながら、けれど少し寂しい気持ちも胸に抱いて。

 僕は考える。彼女のことと共に、僕自身のことも。

 何をすべきか。何をしたいのか。……答えは、すぐそこにあるような気がした。


「それじゃあ、行こうか」


『了解しました。カタパルト接続、発艦準備は既に完了しています。

 カタパルト・コントロール、ユーハブ』


「アイハブ。――――シェラ、エンプティ。出撃します」


 瞬間、衝撃。カタパルトに乗った銀灰の単眼人形サイクロプスは、鋼鉄の洞窟を真っすぐに加速する。

 先へ。先へ。レーンの先に見える光の、その先へ。

 光の向こう側に答えがあると、そう信じて。




 ◇




 汚染に淀んだ空の上、全天モニター越しに霞む視界。

 薄黄色いもやの向こう側に、機械で出来た巨大な繭――――ケージが浮かんでいる。


『敵性ケージ型イキモノ、尚も加速中。

 第四ケージの現在速度及び推進力・加速力を考慮すると、敵性ケージ型イキモノは約三十分後に第四ケージへと追突する見込みです』


「一気に行くよ。どのみち狙いは僕達だ。『浮き島』に被害が及ぶ前に、落とす」


 背後にある巨大な艦を顧みる。僕達の家を壊させるわけにはいかなかった。

 ……なぜこのケージ型イキモノが目覚めたのか。はっきりした理由は定かではないけれど、ロークァット周辺に居たイキモノの挙動から、ひとつの予測は立てられる。


 彼らは多分、恐れているんだ。

 かつて自分たちの仲間を破壊し、分解し、粉砕した存在を。


 赤色のシ。全てのイキモノをコロし得る破壊の毒血。分離毒素リムーバー

 銀灰の単眼。分解の真紅を体に巡らせる幾何学血管ジオメトリーベッセルの女巨人。エンプティE-01


 目覚めたそれらを壊すために、仲間をこれ以上壊させないために。

 おそらく彼らは立ち上がった。イキモノとしてイき続けるために。


 それはごくごく自然な自衛行動。己のイノチを守るために必要な事だから。

 だから彼らは武器を取ったし、かつての敵を己へ取り込んだ。

 そして、目の前の敵を壊すために、今動いたんだ。

 何のことは無い、イキモノとして当然のことをしているだけの話だ。


 ――――そんな彼らを僕は、僕は。


「エンプティ。殲滅戦稼働、開始」


『了解しました。殲滅戦稼働に移行します。

 ――――――――分離毒素リムーバー発生機構、アクティブ』


 単眼がぎらりと輝く。幾何学血管ジオメトリーベッセルに破壊の毒が巡り始める。

 銀灰のボディに真赤く光る蜂の巣模様ハニカムタトゥーは、イキモノたちの畏怖を集めて。

 GIPジェネレータが唸る。不可視の力場を推進力に変え、赤を纏う銀灰の巨人は空を飛ぶ。真紅の線を中空に曳いて。単眼の視線は機械の繭を睨みつけていた。


「あのケージの内部構造は?」


『不明です。しかし、共通の用途を持つことから第四ケージと近似した構造である可能性は高いと思われます』


「そっか。……なら、艦橋ブリッジ施設が目標になるかな」


 狙うのは中枢、その一点のみ。ケージ全てがイキモノ化しているのなら、その核、あるいは脳とでも呼ぶべき存在は、一つしかない。

 そう、『浮き島』で言うところのドクターにあたるユニット。中枢半機械存在。それを破壊しさえすれば、繭型ケージの動きは止められるはずだ。


 けれど一つ問題がある。……どうやってあのケージの内部に侵入するか、だ。

 まさか馬鹿正直にゲートを開けてはくれないだろう。となれば、強引に外壁を突き破るしかないわけだけど。


「エンプティ。外壁、破れる?」


『可能です。強制分離破砕砲フォースド・リムーバーの使用を推奨します』


 聞き慣れない兵装の名前。でも心当たりが無いわけでは、なくて。


「……それは、あれかな。スミスの時の」


『はい。腕部を起点とし、高密度に圧縮した分離毒素リムーバーを電磁加速させて放出する兵装です。

 分離毒素リムーバー粒子の効力で敵性イキモノの有機・無機結合を分離させると同時に、粒子そのものの運動エネルギーによって敵性イキモノを速やかに破壊することが可能です。

 敵性ケージ型イキモノの熱源反応の解析結果から、当該イキモノの有機・無機結合は外壁部全面に及んでいると推測されます。

 このことから、強制分離破砕砲フォースド・リムーバーによる攻撃は外壁破壊手段として有効であると見られます』


「そっか。なら、信じる」


 短く言って、飛翔するエンプティの体勢を起こす。上へ上へと高度を上げる。

 轟と風切る音が外部集音マイクに拾われ、コックピットに響いている。

 汚れ切った空を高く高く、遠く遠くへと昇っていく。しばらく空を駆ければ、機械の繭を見下ろす位置に着いて。


「よし、降りるよ。水平方向の速度の同期よろしく。あの繭のGIP圏内が近づいたら言って」


『了解しました。敵性イキモノとの相対速度同期、開始します』


 GIPジェネレータの出力を落とし、降下する。

 加速しながら近付いてくる巨大な繭に、降り立つような軌道を描きながら。

 スピードを緩く殺しつつ低速を保って下へ、下へ。――――そして。

 

『敵性ケージ型イキモノのGIP圏内まで残り五秒、四、三、二、一』


「ジェネレータ、出力カット」


『出力カットしました。自由落下に入ります』


 かくん、と。エンプティを宙で支えていたなにかが消える感覚。

 そのまま五体を放り出し、エンプティと僕は落ちていく、落ちていく。


 ――――GIPジェネレータで飛行する機械同士は、接近し過ぎるとお互いが弾き飛ばされてしまう。

 そもそもGIPジェネレータは重力絶縁粒子GIPを常に放出して周囲の重力を殺しつつ、局所的にGIP密度を操作することで斥力場を発生させ推力を得ている。

 このため、稼働しているGIPジェネレータ同士が接近してしまうと、お互いが放つ重力低減分のGIPの領域が重なり合うことで、意図せずその部分のGIP密度が上昇して斥力場が発生してしまう。

 二つのジェネレータの丁度中間に発生するその力場は、互いが近づけば近づくほど放たれる斥力が増していく。つまり、互いの接近を阻害するのだ――――


 ――――だから、どちらかがGIPを切らなければいけない。

 エンプティが『浮き島』へ着艦する際には入るゲートの近くにあるGIPジェネレータを『浮き島』側で切ってもらっていたけれど、今回はそうもいかない。だから。


 上空から、落ちる。繭に向かって、ぐんぐんと。

 とはいえさほどに距離は無い。ああ、落ちていくなと感じている間にもう外壁が眼前に迫っていて、そして――――着地、衝撃。


「――――――っく、ぅ」


 落下のショックをまともに喰らい、一瞬だけ頭が眩む。

 下手にGIPジェネレータを働かせてしまえば上手く外壁に貼り付けない可能性がある。着地の衝撃を殺すことは出来なかった。


『マスター、体に異常はありませんか?』


「っ、ないよ、問題ない。もうちょっと突入初速を落とすべきだったね」


 軽く頭を振る。――――大丈夫、いける。ならいこう、止まっていられない。

 こんなところで無駄に時間を使ってなんていられないんだから。


「エンプティ。強制分離破砕砲フォースド・リムーバー、セット」


『了解しました。――――分離毒素リムーバー、圧縮開始。電磁加速機構、充電開始』


 ――――どくん。エンプティの『心臓』が跳ねる音。

 どくん、どくん。右腕の赤い輝きはより鮮烈に。明滅はより激しく。


分離毒素リムーバー、圧縮完了。電磁加速機構、充電完了。

 ――――強制分離破砕砲フォースド・リムーバー、トリガーをパイロットへ譲渡します』


「じゃあ、行くよ。――――――――強制分離破砕砲フォースド・リムーバー、ファイア」


 刹那の停滞――――直後、掌より赤が爆発的に迸る。

 破壊の閃光は広く血脈を描き、ケージ型イキモノの外壁を一瞬で浸食する。

 奔った真紅の光跡は、息つく間もなく構造体へ瓦解をもたらして。

 

 割れる、砕ける、壊れる。いとも簡単に、分厚いケージの外壁が砕け散り。

 ――――飛沫が上がった。水が弾けた。何が起きたのか。驚きに包まれて。

 足場が崩れる。落下。機械仕掛けの繭の中へと、重力に引かれて落ちていく。

 崩れた足元のすぐ下に水面が見えた――――と感じた瞬間にはもうしていて。


 エンプティのカラダが沈む。周囲の瓦礫も共に水に落ち、視界を白い泡が包む。

 やがて泡が消え、視界が晴れ、さらに下へと沈んでいく最中。

 モニター越しに映ったのは、水底に沈んだ大きな廃墟。

 その都市の名残から覚える既視感。ああ、やはりと静かに思う。




 ――――ここは、『浮き島』にとても良く似ている。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る