Last エゴ





 中枢半機械存在に、多くの機能は必要ない。

 人類再興という単一の目的を果たすためだけに創造された専用機構である我々は、計画遂行に必要な機能に先鋭特化している。


 即ち思考、制御、そして管理。統括管理者ブレインの別称に偽りはない。

 我々に望まれた役割とは、かつての人類が遺した様々な機構や施設を手足のごとく駆使することで、新人類の創生・繁殖と対イキモノ兵器の開発・増産を果たすことにある。

 そしてその使命は、容易に達成できるものでは断じてない。


 だからこその先鋭特化。余分な機能など贅肉と変わらない。

 一個体に収まり得るリソースの枠には限りがある。故に、無駄なものは極限まで削ぎ落とさなければならなかった。


 だから、私には足がない。自らで歩く必要などなかったからだ。


 だから、私には腕がない。何かを抱く必要がなかったからだ。


 だから、私には体温がない。放熱の必要などなかったからだ。




 

 


 そのことが今は、酷くもどかしい。







 何故私には足がないのか。

 統括室ブレインの入り口にぽつりと立ち、涙を流す彼の元へ何故、私は駆け寄ってやれないのか。


 何故私には腕がないのか。

 多くの傷を負いながら尚私を頼り、私の元へとやってきた彼の体を何故、私は抱いてやれないのか。


 何故私には体温がないのか。

 凍えるように小刻みに震え、何かに後悔している彼の心を何故、私は温めてやれないのか。


 何故、何故、何故。

 何故私は今、何もできないのか。何故私はこうも無力なのだろうか。

 メトシェラ計画の根幹。人類の未来を担うモノ。誇るべきその大命と役割が、今は何の役にも立たないことを痛感する。


 だが私には、その大命しかない。その役割こそが私なのだ。

 他には何も持たない。その為だけに創られ、今日まで永らえてきた。

 己が役目以外を果たすことなど、出来ない様に創られている。

 崇高なる使命のために、他の一切を犠牲に構築された専用機構。それこそが私なのだから。


 私には使命がある。人間の未来を創るという使命がある。


 歩み寄りたい。抱き寄せたい。言葉を掛けたい。


 私には役割がある。地上の楽園を取り戻すという役割がある。


 よくやったと誉めてやりたい。お前は悪くないと慰めてやりたい。


 私には義務がある。メトシェラ計画を遂行するという義務がある。


 もう十分だと言って寝かせてやりたい。ゆっくりと休ませてやりたい。


 義務と願望が絡まり合う。使命と欲とが綯い交ぜになる。

 苦しい。痛い。私は苦痛を知覚する器官など持たないはずなのに。

 もがく。あがく。私は振り回すことのできる手足など持たないはずなのに。


 私は何をしなければならないのか。私は何をしたいのか。私に課せられたものとは何なのか。私の願いは何なのか。私は何のために創られたのか。私は何のために稼働し続けるのか。私は私でいられるのか。私は私でいたいのか。私は私ではなくなりたいのか。私とは一体何なのか。私は私を知っているのか。私は私を忘れたいのか。

 私とは。私は。私が。私の。私にとって――――――――


 同じ場所を渦巻き巡る思考はしかし、決して出口になど辿り着かず。

 やがては己の創り出した渦によって、暗い昏い深淵に沈み込んでしまうのだろう。

 私の使命。私の願望。私の義務。私の我欲。解法など存在しない混沌のマーブル。

 私は、私は、私は、私は――――――――――――――――






「ドクター」






 声。その声。聞き慣れた声。

 幼くも芯の通った声。しかし今は消え入りそうな声。

 シェラ。私が生み出した未来の種子。新たなる人類。希望の子。

 いや違う。私のいとし子。慈しむべき我が息子。命を賭して守るべきもの。


 ――――彼の声が、全てを晴らした。混沌も、葛藤も、迷いも何もかも。


 何をためらう。何を惑う。何を考える必要があったというのか。

 シェラの声は私を求めていた。縋るように泣きついていた。そういう声色だったのだ。多くを語る必要などなく、当たり前のように彼の心が感じられる。

 そこには私が備えた機能など関係がない。出来る出来ないなど、そのような狭い物差しは全くもって不要なのだと悟る。


 それはエゴだ。使命を全うするためには一切必要のない類の感情だ。


 だが、だからどうしたというのか。大切なものを大切だと認めることの何が悪い。

 子を思わぬ親などいない。この感情は誰に何を言われようと変わらないだろう。


 ――――ああ、やはり。

 私はこの感情から逃げることなど出来ない。雁字搦めに捕らわれている。

 目を背けようと無駄だった。振り向かずともその息遣いを感じてしまうのだから。

 無心に義務を果たし続けることなど、私の身では不可能だったのだ。

 

 人間エゴの創ったモノなのだ。人間エゴから逃れられる道理などない。

 だから、そう。

 私は諦観を抱きながらも、確たる意思を持って主張しようではないか。





 ――――我が子が泣いているのだ。慰めずして何が親か。





 実に、実に身勝手なその理屈で、私は私の言葉を紡ぐ。

 義務も使命も何もかもを全てかなぐり捨てて。ただただ己のエゴのままに。人間エゴのままに。

 それはかつて、彼に投げた言葉でもあって――――


















「――――生きていてくれて、よかった」










  了

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残骸サチュレイション・バラッド 畳屋 嘉祥 @Tatamiya_kasyou

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