5-2 メトシェラ・プラン
ジャーヴィス島研究施設への核攻撃。
進化したヒュブリダはこれによって根絶されたかに見えた。
だが不幸なことに、ごく一部のヒュブリダ感染微生物が核の炎から生き残り、海中へと逃れてしまっていた。
そして、その微生物内のヒュブリダは長い時間をかけて自己増殖を繰り返し、太平洋の真中から徐々に、静かに版図を広げていき。
――――この時点で人類が気付いていれば、あるいは種の絶滅にまでは至らなかったのかもしれない。
西暦3567年。太平洋上の離島や島国における、ヒュブリダ病の大流行。
この時既に太平洋全域においてヒュブリダ病を発症した水棲生物が分布しており、全世界規模でのパンデミックは避けられない事態となっていた。
最早手遅れ。この段階に至ってしまえば何をしても意味など無く、世界がヒュブリダに包まれることは決定付けられていたのだが。
火急の事態において、人間の精神というものは攻撃的に変貌するらしく。
核保有国の国民の間で『ヒュブリダ病の蔓延した地域への核浄化を行うべき』という世論が肥大化した。
核浄化という造語の中に込められたエゴと罪は計り知れない。
これは攻撃ではない、ヒュブリダに汚染された地域の浄化なのだ、と。
そして、ある種の自己正当化が込められたこの罪深い世論に圧される形で、核保有国は一発、一発とヒュブリダ感染地域への核攻撃を敢行していき。
そして、世界は終焉へと墜ちていく。
◇
ヒュブリダは学習能力を備えたウィルスだ。
ジャーヴィスでの実験によって様々な特性を得たように、被った経験は必ず自己の機能へと還元される。――――たとえそれが、核攻撃であっても。
そう、ジャーヴィスへの核攻撃から逃れたヒュブリダは、熱核攻撃や放射線への耐性を獲得していた。
そうとは知らず人類は、ヒュブリダ感染地域に向けて何度も核を放った。それが、ヒュブリダを広域に拡散させるという結果しかもたらさないということに気付きもせず。
そしてさらにマイナスの連鎖は続く。
核攻撃によって荒廃した地域において、ヒュブリダに感染した生物が放射線を帯びた無機物や機器を同化し、繁殖していった。
本来ならば生物など住めるはずもない放射能汚染地域であるが、ヒュブリダ感染生物は自己の保存のために敢えて放射性物質と同化し、放射線に対する耐性を得ることに成功したのだ。
結果として、生きている限り死の光を放ち続けるヒュブリダ感染生物が、被爆地域を中心にその分布図を拡大していくことになる。
ヒュブリダ病の蔓延に加え、放射能を有するヒュブリダ感染生物の増加。
この二つの要因により、人類を含む純粋な有機生命体はその数を急速に減らしていった。
あるものはヒュブリダ病に侵されて半機械の体となり果て、あるものは放射線をまき散らすヒュブリダ感染生物によって命を落とし。
抗おうと武器を取れども、ヒュブリダ感染生物はその武器を同化し己のものとすることで更なる力を得、有機生命体へより多くの害を為すようになり。
そこから先の歴史は、酷く断片的だ。
空気中の微生物がヒュブリダ病に感染し、空気清浄用のナノマシンと同化・暴走した結果、死の霧の漂う街が出来たという記録。
集団で隔離されていたヒュブリダ病患者が一斉に精神異常を起こし、周辺地域の人間を襲撃し殺し尽くしたという記録。
ヒュブリダ感染生物が核弾頭を積んだ潜水艦と同化し、無差別核攻撃を敢行したという記録。
その断片的な記録の数々は、年月を経るごとにデータの件数が減少している。
これは、発生数自体の減少を意味しているわけではない。単に記録を残す存在がいなくなっていっただけの話だ。
そして、ヒュブリダウィルスを原因とした被害に関するデータは、ある時期を境に全く存在しなくなる。
――――西暦4000年代前後。これが、人類絶滅の大まかな時期と目されている。
◇
「純粋な有機生命体の絶滅も同時期に起きたとされている。その後の地球にはヒュブリダ感染生物――――つまりはイキモノしか残らなかった」
「……だから、何なの?」
意味が分からない。なぜ僕はこんな話を聞かされているのか。
人類の、有機生命体の終焉の歴史。確かに知らないことは多かったけれど、それがどうしたというのか。今この時、この瞬間において何か関係があるのか。
エンプティの殲滅戦稼働。脈動する赤い光。スミスのシ。それらと何が関係しているのか。分からない、分からない。……苛立ちが、止まらない。
「そんなこと僕の知ったことじゃない! 人類は死んだ、イキモノに殺されてみんな死んだ! だから何だって言うの!? 今はそんな話なんて聞きたくないんだよ!
なんで? なんでエンプティはああなったの!? あの赤い光はいったい何だって言うの!?
なんで、なんで――――なんでスミスはシななきゃならなかったの!?」
「シェラ」
泣き叫ぶ僕の名前を、ドクターは静かに呼んだ。それはとても冷たくて、厳しい声色で。そして。
「気付いているんじゃないのか、もう」
その言葉に、僕は息を呑む。呼吸と発声を忘れる。一筋の汗が、額から顎に伝った。どくん、どくんと自分の心臓が早鐘を叩く音が聞こえる。
「君は聡い。そうなるべくして生まれたからとはいえ、君の頭脳はとても優秀だ。だからもう、おおよそについて予測は出来ているのだろう?」
「ぼ、くは」
違うとも、そうだとも言えない。口が動かない。声帯が震えない。
昂っていた感情が、強制的に止められる。心の奥を強引に鷲掴みされたかのように、ぴたりと情動が凍らされてしまう。
分からない、分からない。何が起こっているのか、何をしてしまったのか、何を知ろうとしているのか。
――――本当に? 本当に僕は、分かっていないのか?
「さて」とドクターはゆっくりと間を置いて、次の言葉を発する。
「先ほどまでの人類滅亡の話は前段であり、ここからが本題となる。
――――人類反抗の話、そして私たちのルーツの話だ」
◇
斯くして人類は西暦4000年頃に姿を消したわけだが、ヒュブリダウィルスの発見からの五百年弱の間、彼らが何の反抗もしなかったのかと言えば決してそうではない。
核行使や軍隊動員以外にも、人類はヒュブリダウィルスに対してあらゆる対抗手段を講じていた。無情な事に、その対抗手段の九分九厘は無為ではあったのだが。
ただ、唯一。人類がその知能と技能と技術の粋を結集して考え創り上げた計画だけが、たったひとつ。目に見える形で実を結ぶことになる。
それこそが、メトシェラ計画。
人智の結晶たる半機械存在による、人類復活・再興計画である。
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