エピローグ その2
あれ?
シエイはさっきおやじの後ろに回ってなかったか?
手を掴まれながら、俺が周りを見回すと、俺達二人を親父をはじめに、シエイ、その他の人が囲んでいた。
え?シエイがそっちにいる。
それじゃ、この子は?
視線を赤いベレー帽の女に移した。
その女もまっすぐに俺を見ていた。
シエイよりはずっと卵型で少しやつれた真っ白な顔、小さな鼻に薄いピンクの唇。
そして、夢でみたあの瞳。この瞳は!
俺が声をあげるよりも早く、その女が抱きついてきた。
耳元に透明な鈴のような声がした。
「ナベ、わたしだよ」
まだ頭が状況に追いついてなく、俺はリンエイに抱きしめられるのに身を任せていた。
被っている赤いベレー帽の縁が俺の頬に当たり、少しくすぐったいのを我慢できずに声を出すと、リンエイは何事かと顔をあげた。
俺の声の元が赤いベレー帽だと分かると、口を尖らせて文句を言った。
「ちょっと、男なら我慢しなさいよね」
ああ、その口調。
VRで会った時のリンエイだ。
今度は逆に俺が抱きしめてあげた。
抵抗しようとバタバタしたリンエイだったが、俺が首にキスをしたら抵抗をするのを止めた。
ふと気づくと、リンエイと俺を囲っている輪が解け、二人が近づいて来るのが視線に入った。
顔をあげると、媽祖様と慈明僧であることに気づいた。
俺の動きに気づいたリンエイが顔を向けると、二人は微笑んだ。
「媽祖様が復活してくださったのよ」
そうリンエイが俺の首もと小さく言うと、媽祖様はそれに頷いた。
「え?でも、俺、媽祖様に方法は無いと言われたんだけど」
「うん、ナベが出来ることはなかったよ」
「それじゃ、どうやって?」
少し混乱している俺に、リンエイの代わりに媽祖様が答えた。
「もともと三十日間で戻す予定だったわ」
「・・・・・・はい?」
「だから、私はもともとリンエイの魂を三十日間内に身体に戻す予定だったの」
「えっと?それじゃ、俺が居ても居なくても一緒ってこと?」
リンエイが言われた、夫が復活してくれる、ってことはなんだったんだ。
俺要らない?
「くくく、そう拗ねないで。リンエイがあなたに取り憑かれなければ、生気が足らず、戻ることは出来なかったわ」
「そうよ。だから私の選択は正解だったってことね」
力強い声でリンエイは言った。
俺から離れるかと思いや、まだ身体全体を俺に預けていた。
「で、でも、俺が先週水曜日に慈明僧がいる廟に行ったときには、入れてくれなかったですし」
「それはだな、ナベが廟に着く少し前にちょうどリンエイが息を吹き返し、療養の温泉に入っていた時だったのだ。いくら夫になる男とはいえ、それに入れる訳には行かないじゃろう」
「エッチね。私に取っての久しぶりのお風呂だから、さすがに見せたくはないわ」
「い、いや、その後俺が警察に捕まった後、リンエイのことを聞いたら慈明僧は首を横に振りましたし」
「それは、ナベがリンエイに会えないのか?と聞くからまだ駄目だと言ったまでじゃ」
「え?」
そう言われると、その時の慈明僧は微笑み顔で言っていた気がする。
あの時の俺は余裕がなさ過ぎて気づかなかった。
「ねぁ、まだ話を聞かないと駄目?私そろそろつらいんだけど」
そうリンエイは少し苦しそうに息を吐いた。
リンエイが俺の両手から落ちそうだったので、力を入れて抱きしめた。
「ああ、リンエイはまだ体力が回復していないんだ。早く部屋に連れてって休ませなさい。私たちはまた明日来ることにするよ」
「私は北港朝天宮に戻るけどね」
慈明僧と媽祖様はそう言った出て行った。
海坊主のおやじとシエイもやってきて、中国語で何かを言い、車いすを一台、俺の横に置くと、一緒にやってきた人達と一緒にロビーから出て行った。
多分、車いすはリンエイ用だと思ったので、ゆっくりとその身体が座れるように力を落とす。
ふと気づいた。全員出て行ったってことは、リンエイは俺の部屋に泊まるってことか?
そうリンエイを見ると、すこし頬が桃色に変わっている気がした。
「えっと」
「表に送り出したら怒るわよ」
俺の言おうとしている台詞がわかるらしく、リンエイはジロリと俺の方を見上げながら言った。
苦笑しながら、俺は車いすを押した。
「それじゃ、部屋に戻ろうか?」
俺の妻は幽霊だ 高峰輝雄 @teruotakamine
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