台北 その1
月曜日、午前一時前。予定時刻よりも三十分ほど遅れて、飛行機が桃園空港に到着したらしい。
俺は客室乗務員に起こされると、荷物を持って、飛行機を降りた。
降機口の先で、斉藤さんカップルが待っていたので、合流する。
眠そうな雨宮に対し、斉藤さんは普段通りだった。
「なんか、ぐっすりと寝ていたようだね。今回も夢に出てきた?」
「はい、たぶん出てきた気がします。『加油』と言われました」
「ん?それって?」
「あ、すみません。日本語の意味は応援です」
「おおお、応援されているじゃん。それじゃ、頑張らないとね」
頷くように歩く俺。
このまま入国審査、税関を通り、無事に到着ロビーに出た。
さぁ、これから台北に行かなきゃいけない。
タクシー待ち場に行こうとしたら、斉藤さんに呼び止められた。
どうやら、桃園空港から台北駅までの直行バスが出ていて、そっちの方が安いらしい。
タクシーだと一台で千二百元かかるのに対し、そのバスは三人でも三百六十元で済むとのことだ。
到着は台北駅だが、そこからタクシーでも二百元ぐらいなので、総合的に半分で済むといわれた。
良く知ってますねと聞いたら、前回の出張は開発の部署から台湾人の社員を一人付けてもらったとのこと。
今回も急だったが、本人がちょうど休暇で台湾にいたので、明後日の商談にも一緒に来てもらう予定だと。
あれ、それってひょっとして?
「斉藤さん、その開発の呉って、名前が冠宏ですか?」
「お、ナベ、呉を知っているの?」
「はい、入社時からの同期で、実は俺達、有休使って、一昨日まで一緒に台湾観光旅行していたんです」
「そうだったんだ。会社も狭いもんだ。あれ、でも、ナベは土曜日に帰国してなかったか?彼は月曜日に帰国する予定って聞いたから、予定を変更してもらったのだけど。違う人じゃない?」
「たぶん、一緒の人物です。実は彼、台湾で新しい彼女が出てちゃって、俺達とは一緒に帰国せず、その彼女と一緒に帰国することになったんです」
「え?その呉さん、台湾で彼女ができたんですか?それっていつのことです?」
斉藤さんと俺の会話に差し込んできた雨宮は、先ほどの眠そうな顔から一転して、妙に興奮しているかのような顔になっていた。
「碧も知っている人?」
斉藤さんが不思議そうに言った。
それは俺も同じ気持ちだ。
呉は俺と同期ではあったが、同じ会社に勤めている斉藤さんが認識を持っていることは特に不思議ではない。
特に、斉藤さんは前回の台湾出張時に手伝ってもらった様だし。
だが、なぜ、まったく関連性のない雨宮が知っているのだろうか?
「私は知らないですわ。でも、たぶんだけど、イーファンの新しい彼氏だと思います。だって、イーファンが新しい彼氏を作ったのが、一昨日で、その彼氏は本当はその日に日本に戻ってくる予定を、イーファンに合わせて、月曜日に変えたって言われたんです。でも、結局その彼氏、急に台湾で仕事が入ったので、二人そろって日本に戻ってくる時期を来週末にずらしたのですが、チケット代が無駄になってもったいないってぼやいていたんです」
「あれ、夜の時に、イーファンは朝二時の飛行機って言ってなかった?」
「そうなんだけど、やっぱり変えたってメッセがあったのよ」
「へぇ、そうなんだ。でも、そうするとその彼氏に会うのが楽しみだね」
「そうだわ。会うのが楽しみね」
「あ、碧、でも、僕たちは仕事がメインなので、遊べるのは明日だけだよ。明後日は一日忙しいし、たぶん、夜は接待になるから難しいかも。水曜日は午後に帰国することになるし」
力説し、すごく楽しみにしていそうな雨宮に、斉藤さんはさりげなく釘を刺した。
へこむように顔の表情が変わるのが可愛らしく、思わず俺はそれを口に出したようだった。
斉藤さんも、「へへ、可愛いでしょう」と自慢げに頷いた。
とたん、俺の右側から熱気が感じられた。
それを感じたらしい斉藤さんがひきつった顔で俺に言う。
「ちょっと、ナベ、言葉に気を付けて。僕、嫌だよ。こんな外国でガラスを割ったという容疑で警察沙汰になるのは」
斉藤さんがリンエイのことを指していることを理解し、俺は気持ちを引き締めた。
VRと夢でしか会えないリンエイではあるが、なぜか俺の周りに滞在しているらしく、俺がエッチな言葉を言ったり、それに近い何かを行動をしていると、怒りとして、近くの何か割れる現象が起きていた。
そのたびに、俺は周りで熱気を感じていた。
だが、彼氏もいない女ならともかく、雨宮は彼氏の斉藤さんが真横にいるんだけど、なんでそれもダメなんだ?
女心は分からないものだ。
「とりあえず、台北に行きますか」
「そうだな、あ、バスチケット売り場はあそこだ」
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