成田空港 その3

二十二時二十分、飛行機は無事に成田空港の滑走路から離陸した。


 二十一時十分前にギリギリチェックインカウンターでチケットを受け取った斉藤さんカップルと俺は、そのまま出国審査を通り抜けることができた。

赤い小包の中にある、日本円して約三百六十万円の現金が心配だったが、何も言われずに済んだ。

秋葉原で行こうと決めたのが、十七時半。そこから五時間弱で、まさか飛行機の上にいるなんて、なかなかの体験ではあった。

今まで、会社の噂で、海外出張組はいつも急に出張が決まるから、出張費が高くつくとは聞いていた。

が、いざ、自分が体験すると、そうなる理由が理解ができるようになったかも。

というか、六時間未満の航空時間はLCCのみって……。

俺が北海道出張に行ったときには、普通に一般の航空会社に乗って行ったから、その点で言うと、海外出張者の方が大変な気がする。

 まぁ、いいや、「何かを頼もうかな」と俺はメニューを開いた。

お昼を食べた後、秋葉原に行く車の中でコーヒーをもらって以来、何も口にしていなかったのである。

すでに。お腹がすきすぎて、ぐうぐう鳴っていた。

が、これ、あれだね。

LCCの機内食、コンビニ並なんだね。

全く美味しく感じられなかった。

前の方の座席に座っている斉藤さんカップルに目をやると、客室乗務員に何かを頼んでいるのが見えた。

しょうがない、俺もサンドイッチとビールにするっか。


 一〇分後、無理やりサンドイッチを腹の中に納めた俺は、疲れも手伝って、ビールを飲み切る前に、座席の頭部に頭を預けた瞬間に意識が飛んだ。

 で、気づいたら、俺はソファに座っており、目の前に柵があった。

その奥に台北一〇一が見える。

どこかの建物のバルコニーだ。

リンエイの赤い小包を拾った後、寝るごとにここに意識が飛ばされてきた。

夢なのだが、俺はこれが夢として認識していることがなんだかおもしろい。

多分リンエイが何かを伝えようとしているのかも。


 あれ、そのリンエイは?

俺は右を向くと、赤い瞳にぶつかった。

その瞳はひときわ大きくなると、左右に動き、俺から離れるように小さくなり、消えてしまった。

 目の前の現象に少し頭がついて来てなかったので、一度目をつぶって頭を振る。

 再度開けると、視線いっぱいに耳?があった。

少し距離を開けるために後ろに座り見直すと、赤いベレー帽を被った顔がそこにあった。

俺とは逆の方を向いているために、俺からは耳とイヤリング、後は後ろ髪しか見えなかったが、きっとリンエイだろう。

 そう心の中で突っ込み入れたら、目の前のリンエイがこくりとうなずいた。

 やはり……。

それで、よくよく見ると、リンエイは俺から二十センチも離れていないところに座っていることに気付いた。

あれ、過去は俺の前に立って、まくしたてるように中国語を話してきていたのだが、今日はなぜ、俺の横に座っているのだろうか。

うーん、考えようとしたのが馬鹿だった。

俺じゃわからないや。

 じっと見るのも失礼なので、リンエイを見るために右に捻った腰を戻し、ゆっくりとソファに深く座り直す。視線は遠くに見えている台北一〇一に向かっていた。

リンエイからは何も話かけてこないが、なんとなく、この状況でも居心地が良かった。

音が聞こえないが、横のリンエイも同じ視線になったのが、風の動きで分かった。

ちらっと視線だけを飛ばすと、同じようにこっちを見ているリンエイとぶつかる。

なんかいいね。これ。

思わずにやけると、右腕がトントンとたたかれた。


 リンエイを見ると、俺の右手の手ひらを上にし、何か文字を書こうとした。

ひょっとして、中国語じゃ分からないから文字で会話をしようとしているのか?

そう強く思ったら、頷かれた。

そうかそうか。

それじゃ、もう少し書きやすいようにしないとね、そう思いながら、右手をリンエイの太ももの上に置いてみた。

これは柔らかい。

俺の下心丸出しの行動であったが、リンエイが拒否しないという第六感があった。

果たして、リンエイはぴくっとしたが、俺の手のひらに、右手で何かを書くように線を引いた。

すごく痒すぎて俺は思わず右手を引いてしまった。

とたん、じろりと赤い瞳でにらむと、リンエイは左手で俺の手を掴み、自分の太ももに押さえつけた。

その太ももの柔らかさが、さっきよりも強調され、俺は落ち着かなくなった。

その太ももの柔らかさを感じているのは、手の甲である。

でも、俺は手のひらで感じたくなり、右手を動かそうとするも、リンエイの力が強すぎて動かない。

再度リンエイの右指が近づく。

 かゆいのを我慢し、リンエイが書ききるまで待った。

二文字であった。

『加油』。

 日本語で頑張れという意味だった。

リンエイは俺の心の声に頷くと、スーッと消えた。

とたんに、右手がソファの上に落ちる。 

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