川越 その4
鈴木の電話を待っている間に、今度は佐野が連絡してきた。
「おう、ナベ?昨日確か羽田から川越に帰るときに、高速バス使ったんだよな」
開口一番に佐野はそう言った。
「うん。あ、いや、昨日は羽田からは池袋に行ったんだ」
「池袋?あぁ、ボーナスが出たから、例の高級風俗の店を試したんだろう。で、良かっただろう?」
「い、いや、それがいろいろあって、行けなくてさ……」
「あはは、しょうがない。今度一緒に付き合ってあげるよ。俺のお気に入りの子もまだそこにいるし」
そう佐野が言いながらウィンクしているのが目に浮かび、俺は苦笑した。
プレイボーイの佐野は、毎週合コンに繰り出しているだけではなく、月に数回は風俗店にも通っていた。
昨日、池袋で俺が行こうとした高級風俗店も佐野の紹介であった。
試して良かったからと、呉、鈴木と俺にその情報を共有してくれたわけだ。
「いや、いいよ。それは。でも、どうしたの、急にどこ経由で帰ったのかを聞いて」
「それがよう、俺は今自宅に帰ってきたばかりなんだけど、テレビを付けたらな、羽田から池袋間の高速でひどいことになっているらしいって出て、時間的に、ナベが自宅に戻るのと被るから、気になったんだ」
「え?ひどいことって?」
「いやな、なんでも、羽田インターから西池袋インターを通って、あ、そうか、ついでにホテルメトロポリタンまでの間にな、車のサイドミラーとか、窓ガラスとかが勝手に割れる現象が起きていたんだ。不思議なことに、誰もけがはしていないけど、割れる原因が分らなすぎて、警察が出動しちゃうという事件が起きていてね。だから、ひょっとしたら、ナベがそれに巻き添えになったりしないかと心配で電話しちゃった」
おおお、相変わらずの良いやつだ。
「ホテルメトロポリタン?確かに俺が高速バスを降りた場所だけど、うーん、俺はなんとも無かったよ。まぁ、ネットで例の風俗店を調べていたから、周りを無視していたってのもあるけどね」
「そうか、大丈夫ならいいが。ってか、暇なら今付き合おうか?」
「付き合うって、何を?」
「例の高級風俗店。昨日行けなかったんでしょう?」
「うーん、どうしようかな。でも、十五時に斉藤さんとこのカフェで待ち合わせしているからな、あんまり時間がないっちゃないや」
「今まだ十一時でしょう。着替えて池袋に十二時着、そこからその店で九十分楽しんで戻って十五時。十分でしょう。まぁ、あの匂いがしちゃうから、くくく、分る人は分っちゃうかも」
ちょっと急すぎるが、その提案に乗ろうかと思って、俺がにやけた瞬間、すこし床が揺れ、キッチンの方から何かが割れる音がした。
同時になにか怒っている声が聞こえた。キッチンの方を見るが、その声の発生元が分らない。
地震?
「んん?あれ、地震かな?」
「いや、俺ソファに座っているけど、何も感じなかったよ。ナベ大丈夫?」
「大丈夫。でも、うちはキッチンでなんかが割れたっぽい。おかしいな。まぁいいや。折角の提案だけど、今日は止めとくわ。もし、それで遅れちゃったら斉藤さんに申し訳ないしね」
「そうか、まぁ、確かにね。九十分じゃなくて二時間コースにしちゃうと大変かも。了解。それじゃ、次回行くときには言ってね」
「もちろんだよ。佐野。それじゃね」
そう佐野との電話を切ると、俺はソファから立ち上がり、キッチンに向かった。
近づくと、シンクの中にマグカップが割れているのが見えた。
流し台から落ちたらしい。
うーん、さっきの地震、そんなに大きかったっけ?
考えようとしたら、スマホが鳴った。
今度は鈴木だった。
受話ボタンを押し、鈴木に例の写真で見えた赤いベレー帽の女に関して詳しく聞いてみた。
が、鈴木としては、朝一で写真を見直したところ、ベレー帽かどうかは分らないが、赤い何かを被った女が見えたので、俺に電話をしただけだった。
でも、俺との電話の間に、再度その写真を確認したが、女の影が見当たらなく、ちょっとした勘違いかもと謝られた。
二人で笑いながら電話を終わらせると、俺はキッチンのマグカップを片付けた。
割れた原因を考えるのが面倒になったからだ。
が、何故か佐野の話が気になったので、テレビを付けてみた。
ちょうどそのニュースがやっていた。
ニュースキャスター曰く、昨日の十七時ちょっと過ぎに羽田インターに入った乗用車のサイドミラーが割れたのが最初で、その後、ミニバンやトラック、バイクなど、計十二台の様々な車のサイドミラーが割れる現象が起きた。
それぞれの車は羽田インターから西池袋インターまでの間を走っていただけだった。
サイドミラーだったので、怪我人は出ていないが、車のオーナー達としては、なぜ、走っている車で、フロントガラスではなく、後ろ向きに設置されているサイドミラーが割れるのかが分らず、困っているところだった。
さらに、その修理代が三千円程度であり、保険を使うほどでもないが、使わないと自費だし、嫌がらせとしても中途半端過ぎると言っていた。
なぜか、それを見ている俺の右側の空間から熱い波動が感じられたので、その方向を向くが、本棚以外にはなにもない。
でも、何か熱い。
うん、九月末とはいえ、東京はまだ、暑い日は三十度を超えているからかも。
ピッとエアコンを起動すると、俺は引き続きニュースを見た。
ニュースキャスターは今度は、ホテルメトロポリタンに止まっているタクシーのドライバーに、話を聞いていた。
曰く、いつも通りに高速バスがホテルに入ろうとしたので、譲ってあげたら、急に爆発するような大きな破裂音がした。
気がつくと、タクシーのフロントガラスにひびが入った。
たぶん、その高速バスが何かをはね飛ばしたからだ。
フロントガラスの交換に十万円かかるが、ちょうどドライブレコーダーに記録があるから、その高速バスを訴えて払ってもらうつもりだと、意気込んでいた。
そのレコードが放映されるが、俺は大変だなって思いながら見ていると、目を疑う人物を見つけた。
俺自身だった。
少しぼやけているが、あのYシャツでズボン、さらに、あのトランクは俺だろう。
しかも、トランクをがらがらと転がしながら、笑顔でバスからホテルの入り口に向かっていた。
いやー、あの笑顔は高級風俗店に行こうとしている笑顔だ。
自分が見ても、気持ち悪い、気持ち悪すぎるよ。
ってか、俺が乗ったバスかよ。
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