ナイトマーケット その1
タクシーから降りると、まだナイトマーケットの入り口なのに、その人波に圧倒されそうになる。
日本でのお正月の初詣ほどではないが、いつも出社時に使うターミナル駅と同じぐらいの混雑さだった。
「これで、俺たちは歩きながら食べれるのか?」
おもわず呉に聞いてみた。
「さすがにラーメンみたいに、どんぶりを持たないといけないものは無理だけど、バブルティーとか串ものとかなら大丈夫だよ。お互い様で避けてくれるから。ほら、あそこのカップル」
その呉が指している方向に皆で向いたら、そこにある焼き鳥の店で買ったであろう焼き鳥を、うまく体の中から飛び出さないように収めながら食べているカップルがいた。
その男と腕を組んでいる女は肉まんっぽいものと何かの飲みものを持っていた。二人とも店頭にいたためか、その周りに人の流れがうまく避けるようになっていた。
「器用だな」
感心するように俺が言った。
「まぁ、流石にこぼしちゃう人はいるのでそれは気をつけてね。はい、これがウェットティッシュ」
呉から渡されたのは、長財布ぐらいの大きさのウェットティッシュだった。
「ちょっと呉さん、これ、大きすぎない?」
それを掲げながら、鈴木はそう言った。
「大丈夫。小さいのは安くないから」
何が大丈夫なのかは、日本語的には意味が分らなかったが、親切心に用意してくれたということは分った。
ついでにゴミ捨て用のビニール袋とマップも受け取った。用意周到なもんだ。
「え?これ呉さんが作ったの?」
早速目玉はどこだとマップを開いたら日本語版だった。
「そんな訳ないよ。ホテルで貰ったんだよ。なんか日本人客が多いから、それ用に作ったんだって」
「そうなんだ。助かるよ」
「マップは上が北になっているよ。僕らがいるのは入り口あたりなので、南東のここだね。北にまっすぐ行くと、若者をターゲットにしたフュージョン屋台セクション、たぶんというか、ナベが確実に行きそうな海鮮屋台セクションは西の方となる。有名な麺線店は真ん中あたりだった気がする」
呉は簡単に説明してくれた。俺はさっとマップに目を通し、海鮮料理のエリアを見つけ、方向を定めようと視線を上げた。
赤色のベレー帽を被った女とまた目が合った。
ナイトマーケットの入り口から海鮮料理方面三十メートルほど入った、雑貨店先に立ってこっちを向いていた。
今日、パトカーに乗った時に見た女だった。
熱気が漂うこのナイトマーケットの中にもかかわらず、顔色はまだ真っ白だった。
女はじっと俺と目を合わせていたが、すーっと後ろへ振り向き、奥の方へと歩き始めた。
その途端、俺の肩に何かが触れた。
「おおおお」
「おっおお、って、ナベ、なんで変な声出してんだ?こっちがびっくりするじゃないか」
肩を掴んだのは佐野だった。
「あ、いや、ちょっとぼーっとしてた。ごめんごめん、それで?」
「ちょっと呉さんの前で申し訳ないが、いくら親日国家とはいえ、台湾で物を盗まれる観光客も多いんだから気をつけないと」
「いやいや、事実だよそれ。僕も残念だけどね」
苦笑しながら呉は頷く。
「まぁ、いいや。それで、さっき鈴木と呉さんとも話したんだけど、九十分ほど自由行動にしようかなと思ってね。ほら、ナベと鈴木は臭い豆腐みたいな匂いが強いものきついっしょ。でも、俺はまた食べたいんだよね。それに、ナベ、海鮮好きだけど、鈴木はそういうのが苦手だし。だから、別行動の方がいいかなって」
しゃべっている佐野の横で鈴木はいいよというジェスチャーをした。
確かにこの四人の好みは結構バラバラだ。
レストランでも四人そろって同じものを頼んだことがなかった。
この二千五百元使い切るに、お互い食べる食べないがあると、かなりの待ち時間がかかるので、俺としても異議はなかった。
「さらに言うと、せっかくの台湾ラストナイト、ちょっと、呉さんとナンパでもしたくてね」
「あはは、そっちがメインかい」
思わず呉を見ると、いい年した男のくせに、恥ずかしがっているのか、違う方向いていた。
だからか・・・・・・。
「道理で呉さんの表情が明るかったわけか」
俺の考えていること読んだように鈴木が言った。
それに頷いて同意する俺。
そもそも今回の旅行の目的に、呉が台湾人の女をナンパする、と入っていたためだ。
今の今までにナンパの機会はなかった。
だが、ここでこの四人のうち、毎週のごとく合コンに行き、五十パーセントの確立で女の子を持って帰っている佐野が一緒であれば、呉も安心だろう。
それに、俺はというと、あの女のことが気になる。
ちょうど海鮮料理の方に向かって歩いていったので、また途中で見かけられるかも。
「俺もいいよ」
「じゃ、決まりだね。それじゃ、楽しいナイトマーケット、行ってみようか」
「「おおー!」」
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