池袋 その2

とぼとぼと、池袋北口に向かって歩く俺。

その胸もとには三十九万円の大金が有るのだが、今は困っていた。


 本当は高級風俗店で使いたかったのだが、何故かそこへの道に様々な障害が有って通れないのだ。

もう、気持ちが落ち着いちゃったので、この段階から、次の風俗店を探す気にはならず、歩きながら、お金の使い道を考えていた。

ゲームも選択肢の一つである。

が、ちょうど先月、最新機種とそれ専用のゲームタイトルを五本買ったばかりで、まだ欲しい物がないのだ。


 いやー、これは初めてなのかも。お金が有るのに使いどころがないというのは。


 うーん、あんまりにも選択肢が沸いてこないので、取り合えずば池袋東口の方に足を運んだ。

あそこなら、レイクデンキやサンデンキの家電量販店があるので、何かしら発掘できるかもな。

が、俺自身がゲームオタクというのを忘れていた。

高校時代から、バイトしてはゲームに費やしてすでに九年。

すべてのゲーム機とメジャーなゲームタイトルは持っていた。

そのため、それこそ来年半ばまではどんなゲームタイトルを買い足すのかも、計画していた。

つまり、家電量販店のゲームコーナーに行っても、触手を伸ばしたいものがないと言うことになる。

 ふと、既存の趣味で見つからないのであれば、新しい趣味を作っちゃうのも有りかなと思った。

パソコンゲームだ。

既存のゲーム機と異なり、パソコンゲームはお金の掛け具合によって快適さが異なってくると、パソコンオタクの斉藤さんが言っていたのを思い出した。

例えば、PS4のゲームタイトル一つをプレイするのに、ゲーム機は三万円のPS4があれば事足りる。

が、パソコンだと、十万円以上必要となる。こだわる人は二十万円も掛けるのがザラだと。

その代わりに、画質が超よくなったり、ディスプレイを二画面使えたりと、快適さがかなり異なると。

当時の俺は、そんな金が有ったらPS4が七台も買えるじゃんと考え、特に手を伸ばさなかった分野だ。


 さて、そのパソコンゲームを取り扱っているフロアにやってきた。


 来て、分かったことがある。

 これは俺には分からない世界だ。

ゲームパッケージの後ろに、最低スペック、推奨スペックがあって、それぞれ、GeForceやらRadeonやら書いてあるが、まったく何のことかは分からない。

しょうがないので近くの店員に聞いてみた。

が、帰ってきたのは宇宙語と間違うばかりの言葉だった。

曰く、GeForceなら六百六十、Radeonなら三百九十は欲しいですねと、俺の目を見て言うのは分かるが、そもそもそれが何かは分からない。

無理だ。とりあえず、店員に大丈夫だと伝え、知り合いにヘルプを頼むことにした。


 斎藤さんだ。。


メッセを送ると、三十分後なら電話できるとの回答が。

 三十分後、電話がかかってきた。

「パソコンゲームをやるなんて、PS4じゃダメなんだっけ?」

 開口一番に斉藤さんは聞いてきた。

以前断ったし、普通はそういう反応だよな。

詳しい話は今度することにして、今は臨時ボーナスが入ったってことにした。

「斉藤さん、実はですね、ちょっと臨時ボーナスが入ってですね。パソコンゲームに手を出そうかと。それで池袋でレイクデンキのパソコンゲームフロアに来たんですが、ちょっと俺一人じゃ意味が分からなさすぎて」

「うーん、僕はアドバイスするのはいいけど、まず、ナベがどういう系のゲームをプレイしたいかによって、変わってくるよ」

「どういう系ってなんですか?」

「そうだね、ナベって、PS4でAA十五やってるじゃん、あういうのは要求スペックがおおよそ中級の上あれば足りるんだ。十五万円ぐらい?で、三国志とかシュミレーション系やアダルト系なら、もっと低いよ。たぶん、八万円でも行けると思う。でも、例えば、アサシンクエストの最新版みたいなゲームだと、快適さを求めるのならば、上位クラスは必要になる。二十五万円コースかな」

「え?アダルト?」

「そう、パソコンゲームはアダルトもあるよ。そこにはないが、サンデンキのパソコン館地下一階に行ってみ、売ってたりするよ」

「へぇえ、後で行ってみますね。でも、高くても二十五万円ぐらいなら、問題なさそうです」

「待て待て、ナベの予算っていくらなの?」

「へへ、実はですね、三十九万円なんです」

「おいおい、何でそんな臨時ボーナスもらったの?」

「それは秘密ですよ。斉藤さん」

「……、まぁ、違法なことやってなきゃいいや。それで、その予算は全額使いたいの?」

「そうなんですよね。できれば、新しい趣味ってことで」

「ふーん、それじゃ十分に足りるね」

「よかったです。ちなみに、斉藤さんに頼むのは有りですか?」

「頼むって何を?パーツの選択?」

「はい、俺、あんまりこういうの詳しくなくて」


 考え込んでいたためか、斉藤さんは少ししてから口を開いた。

俺に三点要求があった。一点目は俺のワンルームで、パソコンを置きたいデスクの写真を撮影することと。

どれぐらいのサイズのモニターとケースなら、俺のデスクに置けるかを見たいってことだった。

二点目はマウス、キーボード、とヘッドフォンを今日中に、サンデンキで実際に試すこと。

人によって使用感が異なるので、俺が買うしかないためだった。

三点目は実際にプレイしたいゲームを買っておくこと。

それで、そのゲームタイトルを斉藤さんに教えること。

それによって、多少はパーツの選択肢が変わるとのことだった。

今日中にそれらを終えることができたら、明日手配できるそうだ。

話しているうちに斉藤さんの方が興奮しているように感じた。

やはりパソコンオタクはオタクだ。

まぁ、俺もゲームの話になると興奮するから一緒か。


 まずは今いるフロアでゲームタイトルを選んでみた。

第二次世界大戦の傭兵となって世界中の帝国を倒すゲームをはじめ、いくつか選んで買った。

四万円なり。

その後、サンデンキのアクセサリやヘッドフォンが置いてあるフロアまで足を向けた。

そこで俺は驚いた。

あの小さなマウスがゲーム専用のものになると、高いものだと二万円もするのだ。

キーボードもそうだった。

この中で一番安いのって、ヘッドフォンだったりする。

それでも1万5千円なので、ここで合計5万5千万円を使ったことになる。

赤い小包がなければ、こんな買い物ができないや。

 斉藤さんにメッセを送って報告をすると、すでに暫定見積もりができていた。

二十七インチのモニターが二台ついて、合計で二十七万円だった。

十分ジャン。お願いしますと送信し、俺が帰ろうとすると、面白いものが目に付いた。


 何やらごっつい黒い機器を被った男性が四角い枠の中で両手を動かしていた。

少し見ると、なにかを掴もうとしているようだ。

数人が並んでいたので、俺も気になって列の最後に向かう。

その四角い枠の横に、『最新VRヘッドセット体験コーナー』と目立つ赤ののぼり旗が刺さっていた。

「ビーアール?」

「いえ、バーチャルリアリティですよ」

 俺の独り言を拾ったのは、その体験コーナーの担当者らしき女性だった。

着ているTシャツにその機器が描かれているが、どう見ても、その大きな胸を強調しているようにしか見えない。

小さくかわいいロリ顔が相まって何かそそる感じがして、俺はその差し出されたチラシを受け取った。

「お試しになられますか?」

「え?」


 チラシには『18禁VR彼女』と書かれていた。

なんと、このバーチャルリアリティはバーチャル彼女もできちゃうらしい。

おおおお!

声にならない驚きの声とともに、チラシを掴む手に力が入る。

なんということだ。家電量販店のくせに、こういうアダルトなゲームを体験させてくれるのか?

横で甘いバニラの香りの香水が漂っているちっこい店員はなにやらいろいろと特徴を説明していたが、俺は全く聞いてなかった。

とにかく早く。

早く体験させてくれ。

そう、俺の心の独り言を聞いてくれたように、俺の前に並んでいたカップルは体験を諦めて帰った。

すぐに店員を見ると、俺とちょうど視線が合った。

頷くと、その四角い枠の中に俺を連れ、静かに頭に機器を付けた。

 意外に重かった。まだ起動していないためか、両目を覆う機器の液晶画面からは何も表示されず、真っ黒だった。

店員から両手を広げてと言われたので、俺は言うとおりにすると、両腕と両方の指にも何やらが装備された。

「じゃ、始めますね」


 その声とともに、目の前の画面が白くなる。

今からバーチャル彼女に出会えるんだと、今日の高級風俗店に行く直前の興奮が戻った感じがして、鼻息も荒くなった。

 白い画面が終息すると、俺はどうやら高層ビルの屋上に立っていた。

見回すと、周りも高層ビルだった。

上を見上げると、建て並ぶ高層ビルを超えて、太陽と空に広がる雲が見える。

すぐ上に一羽の鳥が飛んでいるので、思わずつかもうと手を挙げた。

画面には俺の手が映っていた。正確には何かの手だが、親指と人差し指が動くのが見える。

なるほど、でも、VR彼女はどこだ?

俺の目的はこんな景色を見るのではなくう、VR彼女なのだが。


「あのー」

「どうしたんですか?」

 俺の問いかけに、いつの間にか後ろに立っていた店員が返信した。その方向を見るが、高層ビルのほかに何もなかった。

あ、そうか、今はまだこのVRの中だった。

さらに聞こうにも、相手は女だ。

アダルトのものを聞くには俺はそこまで勇気を持ってなかったので、あきらめた。

その代わりに、この機器を頭から脱ごうとした瞬間、俺は視線の端っこにあの女がいるのを見つけた。


 赤いベレー帽の女だった。

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