成田空港 その1

 そこからは早かった。

時計が十七時半ちょっと前を指していたので、残り四時間半、いや、チェックインが必要なので、残り三時間半弱で秋葉原、川越を通って、成田空港に到着しなくてはいけなかった。

 十七時三十分。

王さんは俺に一つの封筒を渡すと、入り口まで見送ってくれた。

そこからは斉藤さんと俺がタクシーに乗り、タカさんのカーショップまで来ると、斉藤さんのフィットがすでに路上でスタンバっていた。

 十七時五十分。

斉藤さんがフィットを発動し、猛スピードで高速に入った。

俺はその間、助手席で、台北市内で今日の宿を探す役目だ。

飛行機は二十二時に成田を出発し、翌日現地時間のゼロ時三十分に桃園空港に到着となる。

その桃園空港とは、昨日台湾で使った台北市内にある空港からは、一時間ほど車まで離れているほど郊外にあった。

翌日のために、宿泊は可能ならば、台北市内で取った方がよい。

そう王さんがアドバイスをしてくれたこともあり、俺はポチポチとスマホで宿を探していた。


しばらくして、俺はこの車の速度が落ちていないに気付いた。

窓の外の景色がすごい勢いで後ろに流れる。

横を見ると、斉藤さんは秋葉原に行く時よりも真剣な顔でハンドルを握っていた。

何かやばいとか?

俺の視線に気づいた斉藤さんは苦笑しながら言った。

「あ、ごめんごめん、ちょっといつもよりも速く運転しているから集中していたんだ。車で行こうって言っといて、遅刻して乗れなかったら困るっしょ。だからさ。実際、秋葉原から川越は本当は電車の方が早いことが多いんだけど。でも、こういう風に時速百二十キロを維持できれば、車の方が早い。後は、空いていることを祈っているだけかな」

 そう笑いながら斉藤さんはアクセルを踏み続け、首都高速を走った。

会社の出張でも、二回ほどぎりぎりまで寝坊してしまって、車で空港まで行ったことが有るので、慣れているとのこと。

が、やはり平均百二十キロを走るのは神経を使うので、どうしても黙ってしまうと、斉藤さんは詫びた。

俺としては逆にそっちの方が良かった。

もし、またもや何かエッチな話題、例えば、VR18禁彼女の話にでもなったら、どこかにいるリンエイによって、またもや窓ガラスが割られる可能性があったからだ。

このまま斉藤さんが静かにいるのであれば、それに越したことはない。

そう考え、俺は宿探しに戻った。

 十八時四十五分、斉藤さんは俺のマンションに到着した。

二十分後に迎えに来ると言われたので、俺は急いで自分の部屋に戻り、国内出張用のトランクにスーツと着替えを詰め込み、ショルダーバッグにパスポートと財布を入れる。

会社のパソコンも入れて、そのまま部屋を出ようとした。

「ちょっと、赤い小包忘れないでよ」

 どこからか透明感のある声が聞こえ、俺は一番大事な赤い小包を危うく忘れることに気付いた。

その中に、お金と、リンエイのお守りが入っている。

それがないと復活できないってことだっけ?

あんまりよく覚えていないが、とにかく持っていくことにし、部屋に戻って、それをショルダーバッグに詰めた。


 十九時五分。

ちょうど一階に降りた俺は、道路に停まったブルーのフィットからクラッションを鳴らされた。

早いな。斉藤さん。

車の後ろに回ってバックドアを開けてトランクを入れようとする俺は、そこに、青とピンクのトランクが入っているのを見た。

トランクが二つ?

斎藤さんそんなに荷物持っていくのか?

そもそもピンク使うんだっけ?

そう考えながら、俺自分のトランクを置き、ふと視線をフロントに向けると、こっちを見ている斉藤さんと、その左の助手席に座っている女と目があった。

え?

女?


「あ、ナベさん、こんばんは~」

「あ、あ、こんばんは」

 女は斉藤さんの彼女さんである雨宮碧(みどり)だった。

髪をおさげのように左肩の方に下げて、俺にぺこりとお辞儀をしていた。

えっと、彼女さんも来るの?思わず動きを止め、俺がそう斉藤さんに聞こうとしたら、発破をかけられた。

「ナベ、早くして、後九〇分しかない」

「ああ。はい」

 とりあえず、急いで斉藤さんの後ろ座席に座った。

それを待って、斉藤さんはアクセルを静かに踏むと、フィットはスーッと前に走り始めた。

「お久しぶりです」

「お久しぶりです、雨宮さん」

 妙な挨拶をする雨宮と俺。

まだ大学生であるが、斉藤さんの彼女である雨宮に、俺は下手にため口をきけず、いつも丁寧語になってします。

が、今日はそれよりも、別件で気まずかった。

夕方、王さんのパソコンショップにおいて、VR内でリンエイに会えたのは、斉藤さんが雨宮のアドバイスを聞いて、席を外してくれたからだ。

が、そのアドバイスを聞くために、斉藤さんが作った理由が、俺が恋愛ゲームで詰まってしまったから斉藤さんにアドバイスを求めた、となっていたからだ。

つまり、俺は恋愛ゲームで進め方が分からなくなり、二十二歳かそれ以下の年齢の女にアドバイスを求めたことになる。

いや、これはどう考えても男として終わっているだろう。

それなのに、それから二時間もしないのに、こんな狭い車の中で会うとは思わず、俺は穴が有ったら入りたい気分になっていた。


「えっとですね」

「あ、ナベ、挨拶は後でいいから、とりあえず、チケット予約しといて。ナベが一人分、僕たちが二人分ね。碧から、僕たちのパスポートと僕のクレカを渡すから、ナベが予約完了したら教えて」

 とりあえず、お礼でも言おうと口を開いた俺に、斉藤さんは指示を出した。

そういえば、まだ航空チケットを用意していなかったんだ。

LCCはぎりぎりまでチケット発行をしてくれるが、パスポート番号がないと進められないので、このタイミングまで待っていた。

斉藤さんの指示に沿って、俺はスマホでLCC会社のサイトにアクセスし、予約をし始めた。

途中、雨宮から二つのパスポートとクレカを預かり、斉藤さんたちの分も予約しておく。

全部終わったのが、十九時半だった。車はすでに高速道路の上にあった。


「全部終わりました」

 そう言って、斉藤さんたち分のパスポートとクレカを雨宮に渡し、俺はフロントを見た。

速度計は百二十五を指していた。時速百二十五キロか、すごい速いはずだが、周りは真っ暗だった。

どういうことだ、成田空港に向かうんじゃないのか?

この寂れた周りは田舎方面っぽいのだが。まぁ、運転をしているのは斉藤さんだから、お任せしよう。

少し落ち着くように息を吐き、俺は後部座席に深く腰掛けた。

ふと、雨宮と視線が合った。謎の微笑を唇の漂わしながら俺に言った。

「んふふふ、聞いちゃいましたよ、ナベさん」

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