海坊主 その4
「いや、無料は困る。お金はあるんだから出すよ」
なぜ、お金を出す側がお願いしなくてはならないのかは分からないが、とにかく、二千五百元を使い切りたいのだ。
「なんで無料なのに嫌なのよ。おかしい人ね。はい。これ」
そうシエイがテーブルの上に差し出したのは、さっき俺が渡した二千元だった。
「え?い、いや本当に払うから」
テーブルのお金をずーっとシエイの方面に押した。
そのまま無言で押し戻される。再度押すと、シエイの顔が苦々しく変わった。
片手をばんとテーブルの上に強くつけると、いいと前置きをして、言った。
「台湾人はね、メンツを重視するのよ。主人がお金はいらないって三回も言っているのに、それでも出そうとするのは、メンツを潰すことになるわよ。いいの?うちのパパがそのメンツを守るためにひどいことをするかもよ。あの腕で」
シエイが指したのは厨房から見え隠れしている男の腕だった。
俺のふとももよりも太い腕。
これはあれか、ひょっとしなくても、俺は脅かされているってことか?
お金を払うと俺は暴力を振られるってことか?
あんまりにもおかしくかわいい脅迫につい顔がにやりとしたらしい。
それを承諾のしるしと受け取ったのか、シエイはにっこり顔で厨房に入った。
それにしても、この二千五百元はどうしようかな。
そういえば他の皆はいくらまで使ったんだろうか。
気になって、俺はメッセを送った。
一分しないうちに、鈴木から返信が来た。
ステーキハウスに行って、肉肉コースにしたらしく、それでも五百五十元しか使ってなかった。
もうおなかがいっぱいでギブアップと書かれていた。
まぁ、鈴木はもともと小食だからしょうがないか。
次に、佐野と呉のコンビから返信が届いた。
先ほどナンパした子達と、鉄板焼きの店にいて、四人分で二千元かかったって書いてあった。
一人五百元ぐらいか。
これからパパイヤミルクのおいしい店に行くらしく、でも、それでも一杯五十元なので、合計で二千二百元ぐらい?こちらもおなか一杯と書かれていた。
俺の方はどうと聞かれたから、素直に答えた。
二千元コースがなぜか無料になったと。
爆笑の顔文字が届く。
呉からは、台湾は安すぎて申し訳ないというお詫びまで届いた。
もし、どうしても使い切らなかったら、お寺に寄付するのはどうか?
という提案が続いた。
そうだな、それでローカルで還元できるのであれば、十分かもなと、返信した。
ちょうど皇帝蝦の串焼きをシエイが持ってきたので、聞いてみた。さっきの慈明僧がいる廟もいいが、この近くにもお参りできる場所があるってなことを言っていたのを思い出したのだ。
「近くに廟ってなかったけ?」
「廟?廟じゃないが、媽祖(まそ)様の像なら、こっち側から入り口に向かうとこにあるわよ」
「媽祖?って何?」
「漁業の神様よ。いろんな名前があるけど、例えば、近くのお寺だと、天上聖母様と呼んでいるわ」
「ああ、あそこにいる慈明僧から名刺をもらったんだ。その裏側に、天上聖母って書いてあったな」
と、慈明僧がくれた名刺を旨ポケットから取り出すと、シエイに渡した。
「え?慈明僧が直々に名刺を?本当?」
信じられないような顔をして、シエイは名刺を受取った。
その間に俺は皇帝蝦にかぶりつく。これはぷりぷりしすぎるが、噛むごとに蝦の味が口の中に広がっていくのが感じられた。
思わず褒める。
「オイシイなこれ」
名刺を裏表と見ていたシエイはその声で俺の方に視線を向けると、自慢げに笑った。
はいと名刺が返される。
「当り前よ。うちのパパが作っているんだもの」
「こういうのは日本では食べれないな」
「でしょうね。というか、本当にあなた日本人?なんでこんなに台湾語がうまいの?」
「台湾語?さぁ、俺も分からない。でも、俺は日本語を話しているつもりなんだけどね」
「あんまり意味が分からないね。まぁ、いいわ。後四皿来るわよ。ゆっくりとたべてね」
両手の平を上に向けて、分からないジェスチャーをして、シエイは厨房に戻った。
慈明僧の名刺を胸ポケットにしまいながら、俺はどうしようかと考えた。
慈明僧のとこと同じ天上聖母を祭っているのならば、わざわざここでお参りをする必要があるのだろうか?
でも、慈明僧はそれを承知の上で、行ったら良いと提案するってことは、何かがあるのだろうか。
次に運ばれてきた、一匹の魚を丸ごと煮た料理に箸をつけながら、俺はとりあえず行ってみることにした。
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