ホテル その1

結果としては何もなかった。

あれから腹いっぱい食べ終えて、男とシエイに礼を言って、示された通路で出口に向かった。


 その天上聖母の像はすぐに見えた。

生簀が壁代わりになってが、小さい鳥居がついており、その奥に座していた。

場所が狭いためか、一回に一人しか入れず、何人か並んでいる最後に俺は立った。

その前は台湾人カップルで、中国語か何かを話していたが、俺には理解できなくなった。

おかしい。

さっきの海坊主ではオーナーの男とその娘のシエイと台湾語で会話できたのだが。

そもそも台湾語ができる自体が不思議なことなので、これは元に戻ったと思った方がいいのかな。

そうこうしているうちに俺の番になった。

慈明僧がいる廟に入った時には赤いベレー帽の女を探していたので、参拝作法を忘れていたが、今度は大丈夫だ。

こう見えて、俺は、初もうでは有名な神社を回ったり、七福神めぐりなどを毎年欠かさず行っているんだ。

鳥居の前で軽く会釈をしてから入った。

本当は参道の真ん中は通ってはならないのだが、こうも狭いと避けようがない。

天上聖母の像の前に来て、横に小さなお賽銭箱があることに気づく。

海坊主では結局二千元を使うことができなかったので、それをお賽銭として納めた。

台湾の礼拝はどうするのかはわからないため、日本式の二礼二拍手一礼でご挨拶してみる。

こういうのは気持ちだ。


 鳥居を通って通路まで戻る。

実は、赤いベレー帽の女を見かけることができるかなと思っていたが、そこから出口まで見ることはなかった。

ひょっとして、あの海坊主と何か縁があったために見えたのかなと。

そう考えてぼろい階段を上ると、途中でスマホが震えた。

呉からだった。もうすぐ鈴木と合流するということで、俺はどうするのかを聞いてきた。

どうやら、佐野と呉がナンパした女の子とクラブに行かないかと誘われていたようで、俺たちも誘ってきたのだが、俺は断ることにした。


 今回の四人の中で、彼女持ちは鈴木のみ。

百五十五センチという背丈が低く猿顔のくせに、彼女は百七十センチでアイドル顔負けの美人なおかつモデルという凹凸カップルである。

元々、会社の展示会でモデルとしてバイトしていた子に、鈴木が惚れ込んで猛アタック。

一年してようやくOKをもらったため、間違えても彼女が誤解される場所には行けないし性格的にも行かないだろう。


 俺はというと、ただいま女性不信中だ。

さっきのシエイの様に、レストランの店員とか、同僚とかであれば普通に話せる。

ただし、プライベートに頭を突っ込んで欲しくない。


というのは、俺はいわゆる隠れゲームオタクであった。

週末は自宅でゲームをするのが趣味なのだ。

誰も相手がいなくても、シムシティーとか、三国志のシミュレーションゲームをやりこむのが好きだった。

新しいゲームタイトルやゲーム機が出ると、必ず買っているので、それが万年貧乏である最大の原因であるがしょうがない。

会社ではオタクであることは秘密にしていたが、ふと何かの合コンに同僚の代打で出席したところ、女方の一人に気に入られた。

曰く、黙っているとジャニーズの誰かに似ているってことだった。

確かに、合コンでは聞き役に徹していた。

そうしたかったというよりは、皆が話している話題についていけず、黙っていただけだが、なぜかそれが好意的に取られていた。

同僚がすごく乗り気になっていて、断りにくい状況だったので、デートをする羽目になった。


一回目はお台場など、いわゆるデートコースをなぞった。

話題も頑張って雑誌を拾い読みして準備していったが、向こうは単なるジャニオタで、外見がよければ他は気にしないとのことだった。

そのせいもあって、デート中の話題がまったく盛り上がらない。

俺はゲームのことを話せなく、頑張ってジャニーズとか、そういったアイドル系の話題をずっと提供して、ストレスが溜まっていた。

にも拘わらず、向こうはジャニーズの話題しか乗っかってこなかった。

しまいには、他のアイドルはジャニーズよりも劣るからもう話題にスンナと言われた。


おかしい。

これはデートでもなんでもないよな。

一方的なコミュニケーションだと俺もどうしようもないので、夕食前に分かれた。

それが、悪評だったと後日聞かされた。

それが周りに回って、俺のとこまでその評価が届いたんだ。

それならさよならでいいじゃんと決意していたが、向こうはどうやら、もう一度会いたいという希望を、同僚経由で伝えてきた。


意味が分からない。

冗談抜きで意味が分からなかった。

合わなきゃいいじゃん。というか、俺も、せっかくのゲームをプレイできる週末をそんな女になんて費やしたくない。

だから断ると、俺が怒られた。

いつまでも二次元にハマっているんじゃないと。

だから、もう一度しっかりと計画を立ててデートしろと。

嫌でも、自分をさらけ出して見せて、断られるのならしょうがないと。

まったく俺にメリットがない提案をされてしまった。

ただ、確かに一回で止めるのは判断が端的だったかも。

そう思って、二回目のデートに合意した。


 そして、もう少し自分をさらけ出せるように考えるが、途中からいろいろと面倒すぎた。

とりあえず俺は、会社の先輩である斉藤晃樹(こうき)さんにアドバイスを求めてしまった。

その斉藤さんはかなりコアなパソコンおたくで、彼女いない歴二十九年だったのだが、姉貴がやっているカフェでかわいい女子大生をゲットしたと聞いた。

同じオタクならば何かしら参考になるかと、それが間違いでも有り、正解だった。

そもそも俺がその女を気に入らない点は、女はジャニーズの話題しか興味がないからであり、外見は全く問題なかった。

それに対する斉藤さんの案は、女でもプレイできるゲームを紹介して、それでゲームオタク化すればよい。

というものだった。

つまり、女のゲーマー化育成である。


面白い。

それで、斉藤さんの言うとおり、秋葉でのパソコン展示会観光コースを提案してみた。

そう、秋葉原だ。

ゲームオタクの聖地であった。

ちょうどデートした日に、新しいゲームが発売されていたんだ。

それは発売前から女性に人気が出ていた、若い男の学生を捕まえて育成するゲームであった。

キャラクターの顔つきがジャニーズに似ていてのも特徴だった。

これなら気に入るだろうと、ランチを食べた後に向かってみた。

列がすごかった。三時間待ちだった。

並び始めて買うまでにだ。


ただ、長く並ぶことよりも、女の機嫌が悪くなったのは、並んでいる人のファッションだった。

いわゆるダサい、と女は思っている服しか着ていない女性ばかりだったらしく、私もこいつらと同じレベルか?

とその場で怒られた。

そのまま、俺を置いて帰って行った。

並んでまだ十分経ってなかった。

俺は悔しいからそのまま並んだ。

おかげで、その夜にお別れのメールを受け取る羽目になった。

お別れだけじゃ足らないらしく、追いかけて謝らないのが男らしくないとまでダメ出しされていた。

しかも、そのメールは俺だけではなく、TOとCCにその合コンの参加者全員が入っていた。

さらにFacebookにも投稿されてしまった。

同僚を含む何人かには事情を説明したら笑われたが、あれはかなりのショックだよ。

それもあっての女性恐怖症だ。


 しかも、今回は外国なのだ。

いくら台湾とはいえ、日本語が通じないから英語での会話になるだろう。

会社でTOEICを八百点取っているが、だからと言って、スムーズにコミュニケーションできるかというと、自信は無い。

そうなると、今回の一番のメインである、呉に、気を使わせることになる。

それは申し訳ない、というのも手伝って、断った。


 メッセで、来ないと寂しいと書かれたが、

俺は男だ。

男に寂しいといわれても困る。

それに、呉と一緒にいるのは、佐野だ。

佐野はジャニーズ似のプレイボーイだから特定な彼女はおらず、毎週違う子と遊んでいるせいか、女子達とすぐに仲良くなれるため、こういう時は適していた。

カナダで留学もしていたので、英語も達者だ。

ただ、念のために、一つ提案しておいた。

行き先はクラブではなく、カラオケはどうかと。

呉は今でも合唱団に所属して、週末はどこかで練習をしていたんだ。

だから、踊れないクラブに行くよりは、アピールが出来るカラオケの方がよいという提案だ。

苦笑マークとともに、お礼がメッセを通じて届く。いいやつだ。


 もう今から女の子達と出発するというので、俺はメッセで、呉と佐野にばいばいを伝えると、鈴木と待ち合わせのナイトマーケット入り口に向かった。

結局お金をあんまり使っていない鈴木と少しお土産を買って、タクシーでホテルに戻った。

 時計を見ると、夜の十時であった。が、非常に眠くなってしまい、俺は部屋に戻ると、そのままベッドにジャンプした。


 どれくらいの時間が経ったか分からないが、ふと気づくと、明るいカフェのようなところにいて、ソファのカップル席の左側に腰掛けていた。

そして、目の前には、赤いベレー帽の女が立っていた。

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