川越 その3

 ぶるぶるぶる。その定期的な振動に俺は目を覚ました。

 枕元に置いてある目覚まし時計を見ると、朝十時と表示してある。

少し目を擦りながら、今日の予定を思い出す。

十五時に斉藤さんと待ち合わせをしていて、それから秋葉原へパソコンを取り行く予定がある。

その後は自宅に戻り、パソコンを設置して、VR18禁彼女をプレイするのだ。

だが、十五時前には特に予定は入っていない。

つまり、この時間俺を呼び起こす用事はないはず。にも関わらずスマホは俺を呼び続けている。

何なんだ。

しょうがないので、ガバッと起き上がり、ダイニングテーブルまで行き、その上で揺れているスマホを手に取った。

 画面上には、鈴木と出ていた。

朝から珍しい。

俺が良く夜中にゲームをし、朝はお昼まで起きてこないことを知っている鈴木は、基本午前中には電話をしてきたことがなかった。


 受話ボタンを押すと、鈴木の緊張した声が流れてきた。

「ナベ!?やばいかも」

 背が低い男は軒並みに声が高いというが、それが非常時にはより高く聞こえるようだ。

鈴木のそれはキーンキーン声となり、寝起きの俺にとって、すごく脳に響いて聞くのはつらかった。

「ち、ちょっと待って。鈴木、もう少し落ち着いてくれ。声が裏返っているぞ」

「お、おう。ごめんごめん。あーあー。これで大丈夫?」

 律儀な性格な鈴木は声を低くするために、電話口にもかかわらず、発声練習をした。

思わず口角が上がる。

「くくく、十分だよ。で、朝からどうしたの?」

「いやー、ナベが寝ているのは知っているけどさ、こりゃ、緊急にお知らせしなきゃと思ってね」

「おいおい、そんなにやばいことがあるのか?」

「うん。ちょっと待ってね、今写真を送るね」

 そう、鈴木が言うと、俺のスマホのメッセアプリに、写真が届いたという通知が出る。

鈴木と話している電話アプリをスピーカーフォンモードにし、スマホを離しても通話が出来るようにすると、メガネを掛けてから、俺はその写真を読み込む様にスマホをクリックした。


 写真はどこか山の途中の舗装路で、左側が車道で、段を挟んだ歩道に俺が立っており、両手で赤い小包を手に持っていた。

その右側に呉が立っていて、苦笑いをしながらもピースしていた。

その二人の人物にピントを合わせているためか、周りの緑の景色と後ろの山がフワッとボカしたような写真となり、太陽の光の射し具合も手伝って、神秘的に見えている。

少し写真を見て、俺はこれがどこかを思い出した。


「鈴木、これ、めっちゃ格好いいじゃん。どっかの別世界な感じじゃん。この場所って、陽明山で俺があの小包を拾ったとこでしょ?あのとき、イヤに呉さんと俺にいろんな注文をするのかと思っていたけど、これを狙っていたんだ」

「いやー、俺も結構良いと思ったよ。でもな、ナベ、問題はそこじゃないんだ」

「問題?」

 神秘的な写真なのに、問題が発生するのか?

「そう、問題はな、ナベが持っているあれだよ」

「持っている」

 俺はそう言いながら、トランクの上に置いてある赤い小包に目をやった。

「ああ、あの赤い小包のこと?」

「そうそう、それ。ナベ、その写真を拡大できる?」

「赤い小包を?ちょっと待って」

 俺は人差し指と親指を使って、その場所を拡大した。

「拡大したよ」

「う、うん。あのさ、ナベさ、何というか?それ、何か見えないかな?」

「見える?ちょっと待って」

 スマホを顔に近づける。が、どこから見ても、赤い小包は赤い小包であった。

「ん、いや、赤い小包しか見えないけど」

「……」

「え?鈴木は何が見えたの?」

「俺にはさ、女の顔に見えたんだ。で、俺を睨んでた」

「顔?ち、ちょっと待って、もう一回見てみる」

 が、俺がスマホをいろんな角度にして見るが、そこは小包以外のものには見えなかった。

「うーん、無理だった。ひょっとして、鈴木、何かの錯覚を狙っているということ?」

「錯覚?」

「いや、ほら、以前、鈴木が大手カメラ会社の写真展に錯覚なんとかっていう写真を出して、それで佳賞を取ってたじゃん。それと同じような写真に仕上げようとしたのかなと」


 俺は二年前の一番仕事が忙しい年末の時に、急に鈴木に呼ばれて、呉、佐野と俺が集まった時のことを言った。

その時は鈴木がその大手カメラ会社が主催した写真コンテストで佳賞を取り、賞金十万円が入ったので、三人にご馳走しようと招集を掛けたのであった。

その時の写真が、ある海辺で岩がごろごろ転がっている景色であった。

ただ、単なる景色写真ではなかった。それを十秒ほど見ていると、その岩の景色が男と女がキスしているように見えることだった。

なんか、トリックアートと呼ばれるものらしく、それが佳賞に入ったのだ。

なので、今回、鈴木が俺が持っている赤い小包に女の顔が見えるというのも、その一環を狙っているのかなと思ったわけだ。


「でも、ほら、ズームアップしてもダウンしても、顔なんて見えないんだけど」

「あれ、おかしいな。俺も見えなくなった」

「おいおい、鈴木、大丈夫か?そっちが見えていないんじゃ、俺なんて分るわけもないでしょ」

「うーん、おかしいな。ちょっと待ってね」

 そう言って、鈴木は写真をいじっているらしく、あーでもない、こーでもないと電話口で呟いていた。

「ごめん、ナベ、俺にも見えなくなっちゃったよ。朝から電話しちゃってごめんね」

 少しして、鈴木が謝ってきた。

苦笑しながら俺は答える。

「いや、いいよ。でも、珍しいこともあるもんだ。今度、また女の顔が見えるようになったら、どうやって見たのかをメモってくれると、俺も試しやすく助かる」

「そうだね。いやー、どうもね、ナベから台湾で赤いベレー帽の女を何回か見かけたっていっていたから、俺がそう見えちゃったのかも。悪いな。それじゃまたね」

「気にすんな。それじゃね、鈴木」

 そう言って俺は電話を切ると、スマホをダイニングテーブルの上に置き、トイレに向かった。

用を足して、あの鈴木の慌てた様子を思い出し笑うと、ふと、最後に鈴木が言った台詞がよみがえてきた。

『ナベから台湾で赤いベレー帽の女を何回か見かけたっていっていたから、俺がそう見えちゃったのかも』

 おいおい、それじゃ、鈴木がその写真で見たという女は、赤いベレー帽を被った女ってこと?俺は急いで用を済ませると、キッチンに戻ってスマホで鈴木に電話した。

もっと女の詳細を聞いてこなくちゃ。が、さっきから二分も経っていないのに、鈴木の電話に繋がらない。

メッセを送ると、電車に乗ってしまったので、後で電話するとの返答があった。

しょうがない。待つとするか。

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