VR その3
「待って!」
まるで蜃気楼のように消えてしまったリンエイの跡に手を差し出したが、何かにぶつかったり、俺は前のめりに転んだ。
その拍子ですべてが真っ暗になった。
一瞬ビビるが、柔らかい何かに当たり、そういえば、これVRだったんだと思い出した。
ヘッドセットを取り外すと、俺はベッドの上にうつ伏せに倒れていた。
コードがノートパソコンから外れていたために、ヘッドセットの景色が消えてしまったようだ。
急いで再接続し、VRヘッドセットを被ってリンエイを探すが、俺に呼び掛けに応答してくれたのは、VR内で飛んでいる鳥の声だった。
しばらくそこにいたが、リンエイが出てくる気配がないため、「また来るよ」と言い残して、俺はVR接続を切った。
さて、考えをまとめないと。俺は起き上がって、鞄からノートを取り出し、そこに書いた。
慈明僧: 『天上聖母』様から、「この子の身体を三十日間きれいに保管しなさい。さもすれば、夢の中で運命の人が訪れるだろう」、と言われた
リンエイ: 媽祖様から、「三十日我慢すれば、夫が復活してくれる」、「今から夫となる人がやってくるから、その人に取り憑きなさい」、と言われた
この、『天上聖母』様と、媽祖様は同じ神様と思っていいだろう。
そうすると、慈明僧が三十日間リンエイの身体を保管していれば、リンエイは復活できるという認識で良さそうだ。
でも、どうやってだ?
そこが分からない。
『夫が復活してくれる』とはどういうことだ?
うーん、なんかこういう謎解きは苦手なんだ。
そもそも、俺は一般人だぞ。
自分の身体を見回してみても、何か天使とか、悪魔とかという特徴があったりするのでもないし、いたって、街の中で歩いている人と同じだ。
最初は胡散臭いと思っていたが、慈明僧の方がよほど格が高いというかなんというか、特別な人物に見えるよ。
まぁ、いきなり夢とVRで出てきたリンエイに、『あなた夫ね』と言われて、テンパらないだけ、俺は他の人よりも何かの耐性があるのかも。
なんなんだろ。
ゲームオタクだから、ゲームのシナリオでこういう非日常的イベントに慣れているから?分からない。
参った。考えがまとまらない。
ふと、俺はベッドに備え付けられている時計に目が行くと、短い針が五を指していた。
すでに時間は十七時を越えていた。
後七時間しかない。
こういう時は他人の力を借りるに限る。
俺はスマホに手を伸ばし、斉藤さんに電話した。
「ナベ?どんな感じ?」
「それがですね……」
俺は先ほど起きたことを簡単に説明した。
「結局、どうすれば、リンエイを復活させられるのかが分からないってことか」
「そうなんです、二人がその神様からもらったヒントは以上なんです」
「了解。ちょっと待ってね」
「え?」
そう斉藤さんは言うと、後ろにいる誰かに説明し始めた。
と言っても、たぶん、雨宮なんだろうな。
素敵~」という声が聞こえてくる。
「あ、ミュート」という斉藤さんの声と共に、音が聞こえなくなった。
えっと?
今のはミュートされた?
なぜ?
と思ったら、すぐにミュートが解除された。
「あ、ナベ、今、呉にも聞いたのだけど、その二人の神様は同じ神様で合ってるよ。でも、今分かっていることだけだと、僕らも何もアドバイスをあげれないと思う。あ、待って。一度その神様に直接祈りを捧げて声を聴いてみたらって、イーファンが言ってる」
後ろでごにゅごにょ声がするが、俺には正確に何を言っているのかが分からなかった。
「斎藤さん、直接ってどうやってですか?」
「ナベ、なんとかっていう僧侶に会った廟って、その媽祖様を祀っているんだよね。まずはそこに行ってみたらどうだろう。それと、後一か所あるんだよね。近くに」
「はい、海鮮料理セクションの近くに小さな像が有りました」
「じゃ、その二か所を回ってみて。なんか、霊感が良い人は聴ける可能性が多いってさ」
「分かりました」
俺はその電話を切ると、もう一度VRに入り、リンエイがいない空間に大きな声で行き先を叫んだ。
明るかった空は俺の心情を表しているのか、どんより曇り空になっていた。
本当はここでリンエイ出てくるまで待ちたかったが、時間がないので、出かけることにした。
飛び出すようにホテルを出ると、タクシーを捕まえて再度、士林ナイトマーケットに向かった。
慈明僧に再度会った俺は、台湾における、神の声を聴く手続きを教わった。
まずは入り口付近の売店で太くて長い線香を三本買い、その横のろうそく台で火をもらうと、本殿に入った。
線香を右手で持ち、左手を添えて軽く額に付けながら、三回お辞儀をする。
終わるまでに自分の住所・氏名・生年月日に続けて、お願い事を具体的に言わなければならない。
本殿まで同行してくれている慈明僧からそう言われ、俺はその通りに動き、はっきりと言った。
「俺がリンエイを復活出来る方法を教えてほしい」
その後、香炉に一本線香を指す。これを本殿だけではなく、左手側に位置している副殿、さらに本殿の後ろにある後殿の二カ所でもお参りしながら祈った。
が、何も聴こえてこなかった。
腕時計は十八時半を越えていた。
どんどん時間がなくなる。
もしかしたら、リンエイの父親が経営している店の近くにある像かも、と、そっちにも急いで立ち寄るが結果は同じだった。
声が聴こえてこない。
むう、これはまずい、結果がなければ、わざわざホテルから来た意味がなくなる。
ひょっとしてホテルで、VRに入りっぱなしでリンエイを待っていた方が良かったのか?
困った。
時は十九時を越えていた。
途方にくれた俺は一度その場所から立ち去ろうとしたその時、視線の端っこに何かが赤いものが見えた。
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