光華商場 その1

 結局、俺が慈明僧にVRとはどういうものを説明すると、こうアドバイスをもらった。

無駄遣いは良くないのだが、腹に背を変えれない時もある。

物がないなら買えば良い。

せっかく、リンエイの結婚納金が有るんだから使えば良いということだ。


 そのアドバイスに沿って、俺は今、台北市の光華商場の前にある広場に来ていた。

その商場は無骨な大きな六階建ての建物であった。

その壁に、十五時の日差しが傾斜を付け始めているのが見え、俺は心に緊張が走った。

後九時間しかない。

今日はリンエイの件で、本来一日中仕事すべきなのに、斉藤さんには午前中の三時間勤労で済ませてもらっていた。

その後は、いわゆる俺がリンエイを探す時間に当ててもらっている。

だから、今日、リンエイに会ってきちんと復活する方法を聞いておかないと、彼女が分かればだが、明日・明後日には俺は仕事で時間が持て無くなる。

慈明僧が『天上聖母』様から言われて、リンエイの遺体を保管する期限の水曜日までに何もできなければ、最悪リンエイがどうなるか分からない。

先週の金曜日に会って、今日でまだ四日目だが、少し情が入ってしまったようだ。

赤い小包を俺が拾ったから、俺とは夫婦とは言っているが、それとは別に助けることができるならそうしたい。


「お待たせ~」

 そう明るい声でやってきたのは斉藤さんだった。

少し後ろに呉もいた。


 士林ナイトマーケットからタクシーでここに向かう間、斉藤さんに相談したら、日本にいる王さんに相談したらしく、その王さんが台湾の知り合いに相談した。

その知り合いが知り合いの・・・というように、間に何人か挟んで手配をしてくれた。

やはりパソコンオタクネットワークパワー違うな。

俺が遅いランチを食べている間にこの手配が完了されていたよ。

道理で、斉藤さんが三十分ぐらいランチに行ってこいというわけだ。

そんな斉藤さんは手配されたものをしっかりと動くかを確認する役目で、呉は通訳兼翻訳だ。

台湾で買う商品なので、日本語ではなく、英語しかマニュアルがない可能性が高く、その時には呉に中国語マニュアルから読み取ってもらうことになる。

ちなみに、俺は財布だ。

と言っても、王さんの手配で、今回は購入ではなく、お店からの借用となったので、その預り金としての財布だ。

せっかく、日本でVRがプレイできるパソコンセットを用意したのに、わざわざ台湾でもう一セットを買う必要がないということだ。

王さんのその気配りが助かった。


「そういえば、彼女さんたちは?」

雨宮とイーファンの姿が見えなく、斉藤さんに聞いてみると、

「マンゴアイス」

と短い回答が返ってきた。

眼が少しキラキラしていた。

が、対する呉はひきつった顔をしていた。

ひょっとして…と呉にそれとなく聞くと、やはり、斉藤さんは斉藤さんだった。

俺からの相談を電話で受け取った後、マンゴアイスを食べに行く予定の雨宮とイーファンに待ったをかけて、速攻で、日本にいる王さんに電話した。

その、俺の手伝いをする気満々の斉藤さんを見て、深い溜息をつき、雨宮が横で待っていたイーファンを誘って自分たちでそのマンゴアイスの店に向かった。

女性たちのみでだ。

それで困ったのは呉だった。

本当は、呉はイーファンと一緒に行く予定であった。

そもそも。

斉藤さんも呉を呼ぶ気はなかった。

呉は会社の開発部所属ではあるが、パソコンに興味がない呉を連れてきても、斉藤さんがパソコンオタクとして楽しめないらしい。

なので、斉藤さんは一人で俺の手伝いをする予定であった。

それが、雨宮とイーファンは気づかず、呉も俺の手伝いをするのと勘違い、その場に残してしまったとのこと。

「しょうがないから連れてきた」

「しょぐがないからついてきました」

 なんだか可哀そうな雰囲気を醸し出している呉に、俺は黙って頭を下げた。

申し訳ない。

「さぁ、行こう」

 自分のものにはならないのに、わくわく感を顔にだし、斉藤さんは光華商場に入った。


 二人と一緒に、光華商場から出てきたのは十五時半だった。

俺の手元には日本で買ったものと同じVRヘッドセットと、ずっしりと重いノートパソコン箱だった。

VR対応と謳っているこのノートパソコンは重さ四キロもするものだった。

まだ市販はされておらず、無料モニターとして貸し出ししてくれるとのことだった。


 タクシーを拾い、ホテルまで戻ってくる。

 今から、俺の部屋で設置をする事になった。

と言っても、設定はほとんど店の方で終わっているので、部屋では、そのVRヘッドセットの設置をするにとどめるとのこと。

 それから、十分後、「それじゃね」という呉の声の後に、しまったドアの音で、俺は三度目のVR世界に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る