池袋 その1
空港の両替所で両替した三十九万円のお金を鞄に入れ、俺は池袋行きのリムジンバスに乗り込んだ。
土曜日の十七時発のこのバスは、出張帰りであろうサラリーマンばかりが乗り込んでいた。
一様に疲れた顔をしている中年男性群の中で、一番最後の座席にいる俺だけが顔がにやけるのをこらえることができなかった。
台湾で拾った小包の中に百万台湾元が入っていて、警察に届けたにもかかわらず、その場で俺の物となった。
百万元。日本円にして約四百万円である。
俺の貯金が二十万円しかないことを考えると、かなりの大金であった。
まぁ、俺は給料のほとんどをゲームに費やしているので、しょうがないかもだが。
さぁ、三十九万円の臨時ボーナスだ。
行き先は決まっていた。池袋の風俗店だ。
しかも、一回二万円とかの激安店ではなく、一回八万円もする高級店に行くのだ。
今までも同僚とかの話題で出てきた、サービスが極上という超豪華コースを試せるチャンスなのだ。
行かない手はない。そう考え、バスが動くのを待って、スマホでどの店が良いのかを調べ始めた。
バスは一路高速を通って、池袋へ向かう。
途中、ガッシャン、バリンッという音がバスの外から聞こえてきたり、たまに視線の端っこで赤い何かが動いてたり、はたまた周りが暑くなったりしてきたりするが、俺はすべての神経をスマホに集中していた。
気づいたら一時間経っていて、バスがホテルメトロポリタンに着いていた。
俺は最後にバスから降りると、トランクを持ってスキップでもするように池袋駅に向かう。
まずはこのトランクをロッカーにしまわないとね。
東上線池袋駅入り口近くにちょうどトランクが入るサイズのロッカーがあったので、そこにさっと入れて、スマホでピッと閉じる。
今からが楽しい時間だ。
もう、期待が胸を飛び出そうなほどだった。
目指す店は北口の方にある。近づくにつれ、空気が一変し、路上に如何にもな人たちが増えた。
そういえば、池袋北口はちょっと大人すぎる場所だったかなと、少し引きながらも、俺の歩行速度は変わらなかった。
途中、入れ墨が目立つ怪しいお兄さんが道路をふさぎ、客引きをしてきた。
愛想よく断ってもしつこかったので、今から行く店の名前を出した。
途端、お兄さんが礼儀正しく一礼をして、通してくれた。
やはり高級店、かなり違うもんだ。
さぁ、後2ブロックと言うところで、目の前にカラスが数羽、道路の真ん中にたむろっているのが見えた。
夜なのにカラス?
近づくと、威嚇するように俺に向かってけたたましく鳴いてきた。
その数羽の真ん中あたりに一回り大きなカラスがいて、その爪下には小さな動物が掴まれていた。
どうやら彼らの食事タイムに俺が出現してきたので、ご馳走を奪われるのではと危惧しているのかも。
俺としてはそんなものに興味があるわけでもなく、通りたいだけなのだが、何故か彼らは道路に広がって俺を威嚇するようになってきた。
おいおい、通れないじゃん。
俺が迷っていると、カラスが数羽空から降りて援軍になっていた。
むむ、鈴木みたいに空手をやっているのならともかく、普通に自宅でゲームしかしない俺がカラスと喧嘩しても勝てっこない。
そう判断すると、俺は違う道を行くことにした。
横のブロックに移ると、最初は何事もなかったのに、突然四匹の猫が俺の後ろから現れ、道路脇で昼寝していた犬に噛みついた。
悲鳴なのか怒りなのか分からないが、犬が大きな音量で吠え反撃が始まった。
道路上で喧嘩が始まった。
あんまりの珍しさに、思わず独り言が漏れる。
「これは行けそうにないな」
「おう、喧嘩まっただなかに突っ込むのは止した方がいいな」
横でタバコを吸っていたヤがつく職業っぽいボウズのお兄さんがなぜか返事してきた。
目を合わせてしまったぐらいだ。
そのまま動きが止まったのを見ると、そのお兄さんは手の平を差し出した。
「兄ちゃん、スマホ持って道探しってことはあれに行きたいんだろう。貸しな、俺が違う道を見てやるよ」
「あ、いや、大丈夫です。そのブロックなので、このまま行けばすぐなので」
「そうか。でもよう、この道は止めた方がいいぜ。ほら、どんどん増えていってるよ」
そう言われて、道路の真ん中に目をやると、四匹しかいなかった猫は十匹以上に増えており、犬も一匹が数匹に増えていた。
確かにこのまま歩き進めると危険そうだ。せっかくの楽しい店なのに、怪我で入りたくない。
「それじゃ、違う道で行きます」
「おう、楽しんでな」
お兄さんに俺はそういって、そこを離れた。
念のためにスマホで場所を再確認する。
このブロックの向こう側だ。
なんだか急に暑くなった気がして、思わずYシャツで扇いだ。
九月末なのになんでこんなに暑いんだ。
先ほどとは違う道を通っていこうとするが、そこには黒いスーツを着た短髪のおっさんが四人ほど、懐中電灯を持って、道路で何かを探していた。
ここを通り過ぎればすぐに店なので、そのまま進もうとすると、横からがしっとYシャツを捕まれた。
「おい、どこ行こうとしてんだ」
腹の底からでているような低い声で短髪の目が鋭いおっさんだった。
怖いので、お店の名前を言うと、一転して人の良さそうなおっさんに変わった。
が、通してくれなかった。
どうやら姉さんらしき人がハードコンタクトレンズを落としちゃったらしく、それを皆さんで探していたとのことだ。
お、おう、それはごゆっくりどうぞ。
俺は違うとこから行くよ。
そう、回れ右した。
が、その店に行く最後の道は今度はパトカーが道を塞いでいた。
近づくにも、どうやら事件だったらしく、警察官が通してくれなかった。
それに、さすがにグレーゾーンである、そのお店の名前を出すわけにはいかず、引き返す羽目になった。
おかしい、あの店に行く三百六十度、四つの道すべてに何かしらの障害があるんだけど……。
何故なんだ。
再度チャレンジするのも有りだが、内部が燃え上がるような気持ちは今は穏やかな湖のようになっているのを感じ、諦めることにした。
「これは、違う日にしたほうがいいかな」
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