VR その2

「えっと……」

 それは同じ神様なんじゃ?

俺がどう反応すればいいのかを迷っていると、リンエイは興奮したのか、早口になった。


「そうよ。私思い出したわ。どこか暗いところで寝ていると、突然目の前に媽祖様が現れたの。それで、そう言ってくださったの。だから、私、三十日間我慢したわ。で、この前、急に目の前のが明るくなったかと思ったら、媽祖様が、『今から夫となる人がやってくるから、その人に取り憑きなさい』と言って、私を赤い小包にしてくれたの。それをあなたが掴んだってわけ」

「え?赤い小包?」

「そう。陽明山でバス停の近くに落ちていたでしょう」

 リンエイにそう言われて、俺は温泉帰りにバスを待っていたところに近くで、赤い小包を拾ったことを思い出し、頷いた。

「でも、なんであそこに?ってか、なんで俺なの?」

「さぁ、それは私も分らないわ。媽祖様のなさることだし」

「うーん、俺、なんか君と接点があったかな」

「分らないわ。私だってびっくりよ。夫があなただなんて」

「なんで君がびっくりするんだよ」

「だって、あなた、日本人でしょう。私の妹から聞いたでしょう。私が騙されたってことを。だから、私もまさかまた、日本人に嫁ぐことになるとは思わなかったわ」

「う、それはごめんって言った方がいいのかな?」

「いいわよ。別に決めたのはあなたじゃないから。でも、やはり日本人はエッチな人が多いのね。取り憑いたらいつもエッチなことを考えている人だったりするし、散々だったわ」

「そうかそうか、ごめんごめん……!!」

 俺は髪をいじりながら、男なら多少エッチな方がいいじゃんと思っていたが、ふと、さっきリンエイが言った言葉の一部を聞き流したのに気づいた。


「待て待て、リンエイさ、さっき、俺に取り憑いたって言った?」

「ん?言ったよ」

「え?取り憑くって、幽霊みたいに?」

「そうだよ。気づいてなかったの?」

「気づくわけないだろう!?いつから?」

「うんとね、あなたが赤い小包を取ったところから」

「え?ひょっとして、その後ずっと?」

「当たり前でしょう。どこの世界に取り憑いたり、取り憑かなかったりする人がいるの?」

「いや、そもそも人は他人になんか取り憑かないよ。でも、どうやって?」

「さぁ。気づいたら、あなたの右となりに立つことが出来たの。あなたは鈍感なのかもね。だって、私、どこかのおじいちゃん警官に見られ、アドバイスをもらったのよ。あなたもその場にいたわ。ほら、辛抱強く頑張るようにって」

 そういえば、最初、赤い小包を警察署に落とし物として届けたときに、そこにいた、高年齢の李警官が俺の右の空間に対して、その台詞を言ったっけ。

あれはてっきり目の焦点が合わない人かと思ったのだが、本当に横にリンエイが立っていたからなんだな。

「だから、私、結構我慢したのよ。でも、あなたはひどい男だわ。電話口で彼女を紹介してもらおうとするし、流石に私でも怒ったわよ。その後でも、夢で私の胸を触ろうとするし。日本に戻ったら戻ったでエッチな店に行こうとするし、もう信じられなかったわ。」

「え゛。怒ったって、何をしたの?」

 回答は思いつくが、念のために俺は聞いた。

「ひょっとして、缶を蹴ったり……したんだ」

 リンエイのにやりという顔が回答を言っていた。

「そうしたら、日本に戻ってきたときって、ガラスを割ったのも君か?」

「そうよ。でも、あなたも悪いんだわ。妻を放置してエッチな店に行くなんて」

「いや、その時は分らなかったって」

「だって……」


 さらに何か言おうとするリンエイを口を遮って、俺は話を戻した。会話はいつでも出来るが、俺は未だにリンエイを復活するすべを知らない。

「一旦話を戻させてくれ。リンエイは媽祖様に俺に取り憑けと言われたのだけど、取り憑いたらその後どうするのか?どうすれば、リンエイが戻るか聞いてないってことだよね?」

「うん、媽祖様からはさっきの、三十日間我慢すればいいと、しか言われなかったわ」

「むう、それって待てばリンエイが勝手に眠りから目覚めるってことか・・・・・・なんて分からないよね」

 俺の仮説にリンエイは首を横に振ることで答えた。

「まぁ、ダメならしょうがないじゃないの?」

 あっけらかんとしてリンエイが言った。思わず、目が点になる。

「駄目だったらって、リンエイ、復活出来なかったらってこと?」

「そうよ。自殺をしてしまったのは、私の決断なのよ。こういう風に媽祖様からロスタイムを頂いて、少しあなたと幸せな夫婦を夢見ただけでも十分だと思わなくちゃ。毎月廟にお参りに行って良かったのかもね」

 リンエイはそう言って、何かの表情を作ろうとしているのか、頬がピクピクと動いた。

今までの情報を整理し、どうすべきかを考えようとした俺は、リンエイの赤い瞳から一筋の涙が流れているのに気づいた。

とたん、俺の胸が掴まれるように痛くなった。

 何か気の利いたセリフを言おうとする俺が口を開くよりも、リンエイはスーッと消えてしまった。

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