ホテル その3

目が覚めた。

と当時に、右の頬が痛いと訴え始めた。

右手を添えるとなんかひりひりしていた。なぜだ。

そういえばと、昨日の夢で、最後にぶたれたということを思い出した。

なんか珍しくリアルティのある夢だなと思いながらも、夢なら夢で、最後にあの女の胸を掴ませれる夢にすればいいのに、何が楽しくてぶたれなくちゃいけないのかと、独り言を言わずにいられなかった。

あのTシャツの膨らみは理想すぎた。

ちょっと頭を上げて、下を向く。うーん、息子がまだ反応していた。

これは確かに珍しい。

でも、こういう時に役に立つノートパソコンを家においてきちゃったのが痛いな。

今日はお昼の便で日本に帰るから、そのまま風俗に行こうかなと、十時間後の予定を決めると、起きることにした。

左手を左の方に伸ばす。テーブルに当たる感触。

そのままもっと伸ばし、テーブルの上からスマホを掴んだ。

ボタンを押しながら目の前に持ってくると、時間が七時少し前を示していた。

右に寝転がりながらベッドを降りる。


 今日は台湾旅行三泊四日の最終日。

お昼の飛行機で台北を出発しなくてはいけないので、佐野達と朝九時にホテルのロビーで待ち合わせとなっている。

ゆっくりと朝食をとっておけばいいかなと、軽く歯磨きをし、下が収まっているのを見て、適当に着替えて部屋を出た。


 朝食は地下一階のビュッフェでの提供である。

このホテルはビジネスホテルであるため、朝六時からそこは開いていた。

ただ、ビジネスホテルがゆえに、毎日の献立は一緒だった。

今日で三日目、本当は外で台湾の朝食を味わうべきだろうが、一人で外に行くのも面倒だし、わざわざ皆と一緒に行こうとするのも申し訳ないものがある。

そう思って、エレベータに乗って一階のロビーまで降りる。到着し、ドアが開くのを待つと、目の前に意外な人がエレベータを待っていた。


 呉である。その右横に長い髪の女がいた。

「え?呉さん?」

 俺が声をかけると、呉はギクッと即時に耳まで顔を赤くしながら、体を一歩後ろ下げた。

つられて女もおっとっとと一歩下がった。

よく見ると、二人は手を組んでいた。


「ああ、ナベ!なんでここに!?」

 少し裏返り気味の声で俺に向かって言いながら、右手で女を隠そうとしている。

が、いくら百七十センチの呉とはいえ、ほぼ同じ身長の女を隠せるわけもなく、逆に女がぴったりと呉の右後ろにひっついた形になった。

女は女で斜め下を見ながら呉のシャツの袖をもて遊んでいた。


「これは……。いわゆるお持ち帰りしちゃったってやつか?」

 思わずにやりとしながら言った俺に、呉は俺の目を直視せずに言い返した。

「いや、あんまりにも昨日夜が遅かったので、部屋を貸しただけだ」

「まぁまぁ、そういう意味が分からない言い訳は良いから」


 部屋を貸しただけで手をつなぐかい。

思わず突っ込みたくなる言い訳をしながらも、呉は女の手を繋いでいた。

よく見ると、昨日、呉がメッセで写真を送ってきてくれた子だった。

清楚な長い黒髪はストレートのようで、まっすくに胸のあたりまで伸びていた。

ピンクのガーディアンに白い長そでの服と、うす茶色のパンツがよく似合っていた。

顔にちらっと視線を向けると、化粧をしていない自然美人のようで、少しピンク色の唇がギュッと結んでいた。

こうまっすぐに実物を見ると、ますます呉の前の彼女よりも可愛いことが分かる。


「あ、えっと。僕たちは今から朝食行くけど、ほら、例の有名な朝食カフェってとこ。ナベも一緒に来る?」

 照れ隠しなのか、呉はまだ赤い顔で俺を誘った。

とたん、その女は右手でパチッと軽く呉を叩くと、呉はしまったという顔をした。

いや、今のは呉、お前が悪い。

いくらなんでも、男の部屋に泊まった翌日に、男の同僚と朝食なんて取りたい女がいるわけがないだろう。

そんなこと、ゲームオタクの俺でも知ってるわい。

という突っ込みを俺はしたい。

したいのだが、ふと疑問に思った。

あれ、この子、今の俺達の日本語での会話を理解している?

呉にその事実を聞きたくなる気持ちを抑える。

俺がこのままここにいても、いろいろとお邪魔しそうなので、無理やり大人的な微笑みを顔に浮かべた。


「いや、俺は今日はどうしても地下一階のビュッフェに行きたいんだ。なので二人で行ってきてよ」

 そういいながら、エレベータから出る俺。ついでに呉の肩を叩いておく。

「ほら、呉さん、何か取るものを忘れたんでしょ。早く行って来たら?」

「あ、ああ、分かった。それじゃ、またあとでね」

 そくそくとエレベータに乗る呉とその女。

あんまりにも見ていると失礼になるので、階段方面に身体を向けて、左手を肩の上でひらひらして、ばいばいの合図をする。

小さな女の声がすると、エレベーターのドアが閉じるのが聞こえた。


 そのまま地下一階のビュッフェに来ると、そこには佐野と鈴木が座っていた。

「おう。おはよう」

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