ナイトマーケット その2

 雰囲気を変に盛り上げた佐野は呉と共に右方面に向かい、鈴木はまずは飲み物をというので、俺はそのまま左の海鮮料理方面に歩くことにした。


 道に沿って西方面に歩く。

ここ士林夜市は台北で一番大きなナイトマーケットであるためか、道の両側に店が無造作だがびっしりと詰め、そのネオンライトが反射しあって夜空を明るく照らしていた。

日本の歌舞伎町とは違ったかたちの夜景だが、あんまり外国にいるんだという気持ちにならないのは、多分、所々見かける日本語の看板のせいだと思う。

そう思いながら歩いていく。

ナイトマーケットの入り口からすでに二百メートルは入ったが、赤いベレー帽をかぶった女がいなさそうだ。

俺は百七十五センチと背は高い方だが、つま先だちで先方を見ても、ほとんど黒髪とか茶髪とかしか頭が見えない。

まぁ、その帽子自体が流行っているかもだが、あの顔は印象に残っているんだけどな。

おかしい。


 それにしても、台湾はいろんな占いがあるんだな。

一人でやっているところと数人で店を構えてやっているところと様々あるようだ。

面白いのは、ここ士林夜市ではそういった占いは道路の上に椅子を置くだけのとこもあることだ。

周りに歩行者がいるにもかかわらず、仕切りがないのに、普通に占い師に占ってもらっているってことか?

見ると、客も半分は埋まっていて、少なくなさそうだ。

個人情報漏えいもいいところだろう。

しかも、占い師も暇になったら客引きすごいし。

人ごみの中でも平気で声かけてくる。

今もそこの人がいっぱいいるところで、赤いベレー帽を被った女が占い師に連れて行かれたし。


 あれ?赤いベレー帽?


 俺は駆け足でその女が消えたとこまで行った。

行くにつれて、人口密度が高くなり、線香のにおいも強くなった。

台湾の廟(びょう)か?

そう思っていると、果たしてそこは廟だった。


 そこの門外で境内の方を向くと、本殿に続く参道にはたくさんの人が並んでおり、本殿内に設置される白衣観音のような像に向かってお祈りをしていた。

一瞬入るのをためらってしまう。

俺を含め、一般的な日本人は無宗教主義者であり、教会も、神社もお寺にも気軽に行く。

が、俺の目からは、ここにいる人々はみなすごく真剣に祈っているように見えた。

その中に、のほほんと俺が入っていいのだろうか?

台湾の廟は昔から信仰される神祇を祀っていることが多いと、呉から聞いた。

だから、今回の台湾旅行では廟に立ち寄るのは計画になかったんだよな。

観光目的で行くような場所じゃないし。

そんなおれが迷っていると、赤い何かが視線の右端っこを横切ったのに気付いた。

そっちに視線を向けると、小さな細長い副殿のようで、何人かの僧侶がそこから出たところだった。

見回しても、他に何か赤いものが見当たらない。

再度その副殿を見ると、いた。


ちょうどその副殿に入るところだった。

俺が見つけたと同時に、向こうも俺の方を見た。

まただ。また視線が合った。

向こうは薄暗いお寺の中にいるのに、俺には顔色や、顔の輪郭まではっきりと見えていた。

相変わらず赤いベレー帽と赤い唇に挟まれて、真っ白な顔が印象的すぎる。

そのまま、女はスーッと消えていったように見えた。


「すみません。通してください」

 日本語が通じないのも無視して、人ごみをかき分けるように廟の境内に入ると、参道を通り越して本殿の右にある副殿に向かった。

おかしい、仕事で変な現象はなぁなぁで済ますことが多いのだが、これは気になってしょうがない。


 副殿の入り口に着くと、そこは鉄格子が設置されていた。

その向こうは真っ暗であった。

あれ。さっき僧侶が出てきたし、女も入っていった気がしたが……。

鍵がかかっていたので、念のためその格子をがたがた揺らしてみたが、やはり開かない。

あの女はどこいった。

不思議に思っていると、俺の後ろから声がかかった。

振り向くと、この廟の人らしい若い僧侶と高年齢の僧侶だった。

若い方が何やら話しかけてきているが、残念ながら中国語をほとんど話せない俺は、中国語でのごめんなさいであるドゥイブーチーを連発しながら、本殿方向に向かってそこを離れようとした。


「ああ、日本の方でしたか」

 突然のがらがら声での日本語に俺は立ち止まり、振り向いた。


 高年齢の僧侶だった。

「え?日本語話せるんですか?」

 年配でなおかつ丁寧語で話しかけられて、俺も丁寧語で話すことにした。

「私が小さいころは皆日本の教育を受けているのですよ。なので、少しなら日本語を話せますよ」

 そう白いあごひげを動かしてにっこりと笑う僧侶。

そういえば、呉もおじいさんから日本語を学んだって言ってたな。

戦前、日本が台湾と統治していたので、その時に小さい子たちはみな日本教育を受けていたんだっけ。

「それにしても、日本人の方がここまで奥に入ってくるのは珍しいのですが、どうしたのですか?」

「いや、ちょっと」

 さすがにこの格の高そうな僧侶に対して、実は女を見かけたから来たとは言いづらく、俺は言い淀んでしまう。


「そうですか。ふむ」

 それっきり、じっと俺を見る僧侶。

視線を合わせていると、心の中まで読まれそうな気がした。

特にやましいことはないはずだが、なんだか気まずく、帰ろうかと考えた矢先に僧侶は声を発した。


「もしかして」

「はい」

 俺の回答を待ってから、僧侶は優しい微笑みを浮かべて続けた。

「もしかして、今日は何か特別なものを拾ってませんか?」

「え?」

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