秋葉原 その6

幽霊じゃないと本人は言っているが、俺から見て幽霊にしか見えないリンエイが俺にお願いをした後、VRの世界から消えてしまってから何分経ったのだろうか。

何をするか分からなくなった俺はVRヘッドセットを外した。

 目の前が棚だった。危ない。もう一歩前に進んでいたら、ぶつかっていただろう。

それにしても、このパソコンショップは相変わらず静かだった。

本当に誰も来ないだろうか。

いや、来なくてよかったかも。

でないと、VRヘッドセットを付けている男が変な動きをしているのを目撃することになる。それはお互い恥ずかしい。

コトッとヘッドセットをモニターの前に置く。

モニターのスイッチをオンにすると、モニターはずっと俺が見ていた高層ビルの映像を表示していた。

 そういえば、VRでリンエイを見えたってことは、このモニターでも見えるんじゃ?

次、試してみるか。そう思って、近くの椅子を引っ張ってきて座る。

 ふう。深い息を吐いた。


 なんだかよく分からない。

なぜなぜが多すぎる。

なぜリンエイは生きていると言っているのか?

幽霊じゃなきゃ、なぜ俺が日本にいるのに、リンエイとVRで会えるのか?

ってか、どうやってあの中に?

あれ、二年前の技術なんだっけ?

いやいや、最初に戻るか。

なぜ、俺が拾ったあの赤い小包がリンエイからの贈り物なのか?

陽明山のあの場所を思い出してみる。混浴温泉宿から歩いて五分にあるバス停の近くの道端に置いてあったのだが、なぜ他の人は拾わなかったのか?

あんなにお金が入っているのに。風習だからか?

でも、百万元って結構大金じゃないのか?


 考えるごとに分からないことが生じてきて、俺はそろそろ面倒になってきた。

これはあれだ。誰か賢い人に考えてもらわなきゃいけないね。

誰にしようか、斉藤さんか?

でも、斉藤さんに聞くと八十%の割合で彼女にまでばれそう。

いやー、俺二十六歳なんだけど。

二十六歳の男が大学生に女のことで意見を求めるって終わってるじゃん。

駄目だ。斉藤さんには秘密にしないと。

それじゃ、呉か?

でも、呉は、今晩台湾にいて、明日新しい彼女と戻ってくるんだっけ?

あ、いや、呉もダメだ。

幽霊超怖がるから絶対に協力してくれそうにないや。

あれ、待て待て、リンエイは「私とのやり取りに関しては何も言わないで」って言っていたな。それって、誰にも言わずに、俺一人が解決しなくちゃいけないってことだよな。

いや、こんな複雑なこと俺一人じゃ無理じゃね?

あの子大丈夫か?

お願いしている相手間違えていないか?

もっと親しい人に……って俺が夫だから俺になるのか?

でも、本当に結婚することになるんだろうか?

どうやって?

ってか、リンエイって絶対にどこかで聞いた名前なんだけど、どこだっけ?

 考えが迷走する感じがして、俺は一度ギブアップをすることにした。


 その時だった。店のドアからノック音が聞こえた。

「ナベ?入ってもいい?」

「晃ちゃん、聞いて返事なかったらどうすんの?こういう時にはそーっと開いて中を確認すればいいんだよ」

 俺の返事を待たずに、ドアが少し開き、そこから目が二つが俺を見た。

そのうちの一つ、頭が少し光っている方と視線が合う。

「ああ、なんだ、終わってるじゃん」

 そういって、ドアが開かれた。

王さんだった。店の外がピンク一色だったので、丸坊主の頭が何やら赤い何かが反射していた。

後ろの斉藤さんはスマホをいじっていた。

王さんはささっと俺の近く近寄ると、口を開いた。

「ああ、えっと、ナベだっけ?いいニュースと悪いニュースがあるんだけど、どっちから聞きたい?」

「……」

 入ってそうそう、ハイテンションらしい王さん。

顔がにっこりとしている。

が、俺は脳がまだ回っていないらしく、なんと答えたらいいのかが分からない。

しばらく王さんと見詰め合ったようで、先に音を上げたのは王さんだった。

「すごいな。晃ちゃんなんて速攻で目をそらすのに、ナベは俺とにらめっこでも動じないんだね。それじゃ、悪いニュースから言おう。実は、連れて来ようとした台湾出身の僧侶、今日は来れなくなったんだ」

「あ、はい」

 その僧侶って、何をする人だっけ?

「あれ、あんまりショック受けてないね。それじゃ、良いニュースの方ね。その僧侶、来れないのには理由があってね。その理由がね、すでに回答へのヒントをナベがもらっているから、だってさ。だから、わざわざ来る必要がないんだって」

「え?俺がヒントをもらったって?」

 思わず声が出た。

なぜ、さっきのVR内で、リンエイとのやり取りができたことを知ってる?

「そう。その僧侶が言うには、ナベは台湾でナイトマーケットに行った時にどこかの廟で僧侶に会っているはずなので、その人がヒントとなるんだって」

「あ、ああ、そうですね。慈明僧という方です。名刺ももらいました」

「なら、台湾に戻って、その僧侶に聞いてみればいいと思うよ」

 そうか。これは先ほどVR内で、リンエイにも言われたことだ。

「明日すぐに台北に戻って慈明僧を探して」リンエイが残した言葉だ。

あ、でも、びっくりした。

てっきり、その僧侶が何もかも分かっているのかと思った。

が、うーん、明日は仕事が……。

しょうがない、週末に再度行くとするか。

「そうですね。来週金曜日に再度」

「いやいやいや、今日すぐに発った方がいいよ」

「え!?今日ですか?」

「そう、今日。というのはね、明日には台北に着いてすぐに探せる状態にした方がいいよ」

「でも、会社が」

「それはさすがに休もうよ、ナベ。ね、晃ちゃんもそう思うでしょ」

「あ、僕の方はもう少し待って。後五分雑談してくださいな」

 俺はそう言われると気になって斉藤さんを見ると、すごい速度でスマホ上で何かを叩いていた。

そういえば、ドアを入ってから斉藤さんは全く話さずにスマホで何かをしていた。

俺と話しているのはもっぱら王さんだった。

どうしたんだろう。後五分と言われたが、俺が斉藤さんを見たのにつられ、王さんも斉藤さんに視線を向けた。

ちらっと二人で視線を合わせると、同じ意見なのか、斉藤さんが終わるのを静かに待つことにした。


「よし、終わった」

 数分後、そういって、斉藤さんが顔を上げると、びくっとしたように後ろに下がった。

「どうしたの、二人とも僕をじっと見て」

「いやね、晃ちゃんが五分待ってって言ってたから」

「はい、何をしているのかなって思ったので、王さんと一緒に待ってました」

「あはは、そうかそうか。えっと、ナベ、悪いニュースと良いニュースがあるんだけど、まずは悪いニュースからね。今日、買ったパソコンセットは置きっぱにします。良いですよね?王さん」

「良いよ。奥の方にしまっとくよ」

「もちろんお金は払いますよ。はい、ナベ、三十一万円出して」

 そう言われて、俺はズボンのポケットから小さな封筒を出した。

中には三十一万円が入っている。

手でそれをもらい、頷く王さんに、斉藤さんは続けた。

「パソコンが家にないので、今日、ナベは戻っても、VR18禁彼女をプレイできないことになります」

「ってか、ナベもそういう気分じゃないでしょう、もう」

 王さんの相槌に俺も頷いた。

確かに、そんな気分じゃなくなっている。

そもそも、リンエイがVRにいるのに、それをプレイできるわけがない。

ゲームを起動した瞬間に激怒してきそうで怖い。

その代わりに、ここで疑問を発した。

「でも、なぜ急に予定変更するんですか?」

「それはね、いいニュースがあるからさ」

 満面の笑顔で斉藤さんはそう言うと、「じゃじゃん!」擬音を付けて、スマホの画面を俺に見せた。


 メッセアプリのある会話文の最後に、『了解です。そういうことであれば、是非とも本日、渡辺と台湾行きをお願いします。営業部長 関』と表示されていた。

関部長は俺が所属している営業部の部長だ。なぜやり取りをしているんだ?

今は日曜日の夜なのだが。疑問をそのまま斉藤さんに投げた。

「斉藤さん、これは?」

「ナベんとこの部長の承認メッセ。実はうちの部署で台湾の電話業者と交渉する案件があったんだ。僕がメイン担当だから、うちの部長を経由して、もともと関部長とは相談していたんだ。ナベのリソースを借りるってのをね。本当は今週、ナベに通知したかったのだけど、ナベが台湾旅行に行ってしまったから、翌週月曜日、つまり明日ね、の通知となったんだ」

「俺のリソース?」

「そう、来週火曜日のお昼に、先方の社長と商談があるのだけど、明日一日ナベに台湾のマーケットを先に見てもらった方がいい、というのを理由にして今日出発していいかというのをさっき打診して、ちょうど関部長から承諾をもらったとこ」

「でも、今からじゃ、間に合わないのでは?」

「大丈夫だよ、ナベ。僕らの会社はケチだから、こういう六時間以内の飛行時間の場合、LCCに乗ることが決まっているんだ。で」

 そう斉藤さんは横に王さんを見た。

王さんは自分のタブレットを俺に見せるように持った。

「今日の二十二時に成田発ならまだ席がある」

「どうする?」

 そう斉藤さんに聞かれたが、答えは一つしかなさそうだ。

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