第三章 再び台湾にて
台北 その2
高速バスで桃園空港から台北市内まで一時間かけてやってくると、深夜二時前にもかかわらず、バスターミナルにはまだ人がたくさんいた。
そのため、ホテルに向かうためにタクシー乗り場に行くと、二十人ほどの列があった。
まぁ、タクシーの方が数が多いので、数分ぐらいで俺達の番になったが。
三人で後部座席に乗ると、運転手からホテルまで二十分ぐらいと言われた。
タクシーの中で、妙に斉藤さんカップルが静かだ。
何故だかは分らないが、ホテルの部屋割りと、翌日の予定の話を確認したい俺は口を開いた。
「そういえば、ホテルは二部屋しか取っていないんですが、斉藤さん達、一緒の部屋で大丈夫ですよね?運良く片方がキングサイズベッドなので、そちらを使ってくださいね」
「え?え?ナベ、部屋って二つだけしか取ってないの?」
「「え?」」
後部座敷真ん中に座った斉藤さんの質問に、両側に座っていた雨宮と俺は驚愕の音を発した。
「は、はい。だって、俺、秋葉原から川越に戻る車の中で予約したのですが、まさか、雨宮さんも一緒に来るとは思わず、斉藤さんと僕との二部屋しか押さえてなかったです」
「で、でも、碧が途中から乗ってきた時に、予約追加すればいいじゃん」
「い、いや。でも、斉藤さんが何も言わなかったから……」
何故か逆ギレしている斉藤さんの向こう側に、驚いて斉藤さんを見ていた雨宮と俺は視線が合った。
多分、この瞬間、雨宮と俺の心は思っていることは一緒だと思う。
「何をこのパソコンオタクは言っているんだ」と。
というか、斉藤さんカップル、三十歳と二十二歳の八歳差カップルとはいえ、二人とも成人しているし、付き合って一年近いと言っていたので、まさかまだとは思うわけないじゃん。
ってか、彼女の雨宮が平然とした顔しているのに、彼氏の斉藤さんがテンパったあげくに、逆ギレしているのは、後輩の俺としては恥ずかしいよ。
引き続き何か言おうとしている斉藤さんを遮って、雨宮は左手を俺の方に差し出した。
「キングサイズって、結構大きいのですよね。どういう部屋ですか?」
「あ、はい、これです。多分カップル向けの部屋だと思うのですよね。ほら、ここに見えるソファなんてカップル仕様だし」
「あら、可愛いですね。ほら、晃さん、これ良くないですか?」
ワザとなのか、雨宮は斉藤さんの太ももに上半身を乗り出して、俺が渡したスマホで部屋の写真を見始めた。
傍目いちゃいちゃしているっぽいが、楽しんでいるような雨宮に対し、苦々しい顔付きの斉藤さんが対照すぎて面白い。
意地悪したくなる。
「でも、斉藤さんがどうしてもっていうのなら、斉藤さんと僕がそのキングサイズの部屋で、雨宮さんがもう一つの部屋ということにしましょうか」
「うん、僕もそれが良いと思う」
「「え?」」
これには俺が唖然と口を開いてしまった。
ちらっと雨宮に目を向けると、顔が笑っているけど、斉藤さんを見ている目がジトッとしていた。
やばい、ちょっと失敗したかも。
「うん、それが良いよ。碧、ど……」
俺がフォローしようと口を開くよりも、斉藤さんが声を出したが、それを被さって雨宮が動いた。
「晃さん、私、初めての海外なのに、いきなり一人で寝なきゃいけないってことですか?」
「あ、いや」
「まさかと思いますが、彼氏と一緒に海外に来ているのに、私は一人で寝るってどういうことだか分りますよね?」
「え、えっと」
私怒ってます、という感情を百%全面に出して、雨宮は斉藤さんの顔に近づけてそう言った。「で、でも」
しきりに、俺に視線を送る斉藤さんだったが、流石にフォローは出来ないし、したくないよ。
そう俺は考え、あえて視線を前に向けた。
その間に、雨宮は攻め続ける。
「晃さん?どうなんですか?」
「あ、え、でも、良いんですか?」
「何がですか?」
「あ、その、僕と同じ部屋で……、あ、いえ、大丈夫です。僕と一緒で」
何が起きたかは分らないが、斉藤さんは降参したようだ。
ってか、この三人の内で一番年上なんだけど、八歳も年下の彼女に気を遣わせすぎてないか?
大丈夫なんだろうか。
「それじゃ、ナベさん、私たちはキングサイズの部屋にさせて頂きますね」
「はーい」
俺というよりも、斉藤さんに確認するように言って、雨宮は自分の席に座り直した。
笑うのを我慢し、俺は次の話題に移ることにした。
「あ、それじゃ、次に確認なのですが、斉藤さん、明日って、どう手分けして仕事進めましょうか?」
「はいはい、仕事ね」
仕事モードに入ったのか、斉藤さんは先ほどの情けない姿ではなく、シャキッと背筋を伸ばして考えてかのように言った。
「僕はすでに宿題終えているので、ナベとは別行動にするよ。で、ナベにお願いしたいのは、三時間だけ良いので、台北一〇一近辺の家電量販店で、電話機端末の価格調査をして欲しい」
「価格調査というと、現地通貨でですか?」
「そうだね、現地通貨でだけど、明後日の商談は米ドルになるから、それに変換してもらった方が良いかも」
「了解です」
「あ、そうそう、はい、これ」
そう言って、斉藤さんは鞄の中から封筒を一つ出した。
「これ、明日の朝食時にでも見ておいて。今回の案件、ナベに期待しているのは、営業としての視点だから、途中で何か価格に関しての意見をもらうと思う」
「分りました」
「その三時間さえしっかりと働いてくれれば、残りの時間はフリータームだよ。あ、明日の夜、寝る前に、その資料を見ながら、出張日報を忘れずに送っておくようにね。スマホからでいいから」
「良いんですか?」
出張しに来たにもかかわらず、初日の勤怠時間が三時間のみ。それはまずいのでは?
と言外に聞いてみた。
「良いよ。必要な調査はほとんど終わっているからね」
「ありがとうございます」
「でも、ナベ。明日しか自由時間は無いよ。明後日は終日仕事で、その夜は接待が入っているからね。その翌日には帰国しちゃうし。頑張って」
「ナベさん、頑張ってください」
「はい。頑張ります」
そう斉藤さんカップルに応援されながら、タクシーはホテルに到着した。
深夜二時半にもかかわらず、フロントのお兄さんはてきぱきとチェックイン処理を終わらせてくれた。
明日夜に一度メッセで連絡することを再確認し、俺は斉藤さんカップルと別れた。
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