秋葉原 その1

午後十四時半少し前、詩人の珈琲屋というカフェのに向かう俺。

川越駅の西口から歩いて五分にある住宅地の一角、百年ぐらいの歴史を感じる重厚そうな黒色の古民家が目的地である。

コーヒー好きが生じて、斉藤さんのお姉さんがOLをやめた後、ここをカフェに改造してオーナー兼マスターを務めている。

客の好みによって、使うコーヒー豆を変えてくれる良い店であった。

俺が苦みが嫌いでコーヒーを避けていたのが、飲めるようになったのも、このカフェのおかげである。

二年前に斉藤さんにここに連れてこられて依頼、月に一度はここでコーヒーをたしなむ程度には好きにはなっている。


 さて、お店には着いたが、このカフェの左側にある駐車場には自転車ばかりで、車は一台も止まっていなかった。

と思ったら、軽くクラッションが鳴らされた。

道路の方に振り向くと、青いフィットが道脇に停まった。

窓からはジャッキーチェーンに似た大きな鼻がのぞく。

斉藤さんだ。


「やぁ、ちょうどいいタイミングだね」

 そう開けてある窓から左手をだし、時間を確かめるかのように腕を曲げて、斉藤さんは言った。

「いやいや、さすがにお願いしている自分が遅れるのはまずいじゃないですか」

「日曜日だし、別にいいんだけどね、多少遅れても」

「そうもいかないですよ。あ、そういえば、コーヒーを買ってきましょうか?斉藤さん、苦めのが好きだったんですよね?」

「いいよ。すでに姉貴に用意してもらってるから大丈夫だよ」

 そう言って、斉藤さんは右手で紙袋を掲げた。

詩人の珈琲屋と印字されているので、きっと先にテイクアウトで買ったものだ。

「それよりも、早く行こう。僕も待ち遠しんだよね。実は」


 そう言われると、待たすわけにはいかず、俺は素早く車の助手席に乗った。

後ろを振り向き、鞄を置こうと思ったが、二列目はすでにたたまれ、広い荷室になっていた。

フィットはもともと室内空間が広いことで有名な車だった。

それなのに、あえて二列目の座席をたたんで荷室にしているってことは、それだけ今日のパソコンセットは荷物がかなりあるってことだ。

「あとで、見るとわかるよ。僕が車で行こうって言った訳を」


 発車しながら、斉藤さんは説明した。

本当は今日は、パソコンを組み立てた時の空き箱を郵送にして、モニター二台、パソコン本体とVRヘッドセットだけを電車で持って帰ろうとした。

が、モニターを二十七インチで注文してしまったのを忘れていた。

というのは、二十七インチのモニターなのでサイズ的に両手で持つしかなく、そうすると、パソコンとVRヘッドセットが持てないことに、今日気づいたとのことだ。

そのため、急きょ車に行き、全部積んで帰ろうということになった。

俺としてはそこまで気を使ってもらって申し訳ないと思ったが、斉藤さんは俺がパソコンゲームにハマってくれるのを期待しているので、気にスンナと言われた。

 途中で、今日買うパソコンセットのために、俺の部屋のレイアウト変更のアドバイスをもらったり、おすすめのパソコンデスクとゲーマー専用の椅子を紹介してもらったりした。

この二つは俺がその場で注文を入れたぐらい恰好よかった。

届くのは二週間後とちょっと待つが、楽しみであった。


 問題は話題が、VR18禁彼女に移った時だ。

「僕もプレイしたことがないんだよな。VR18禁彼女自体を」

「ええ、パソコンオタクの斉藤さんがですか?」

「ないない。だって、あれをプレイできる環境って、今回のように予算三十万近くかけなきゃいけないから、結構高くつくんだ。僕はそこまで予算を組めてないからね」

「え?でも、アダルトゲームはやったことがあるって」

「そりゃ、僕の年齢ならあるよ。アダルトゲームぐらいは。例えば、昔流行った同級生とかはね。でも、VR自体が二年前から出てきた新技術であり……」

 どれぐらい経ったのだろうか、俺は座っている席から左と後ろからすごい熱がこもっている感じて、ふと正気に返った。

時計を見るとさっきから十分以上経っていた。

あれからずっと斉藤さんはしゃべり続けていた。

車を運転しながら、如何にこのVR18禁彼女がすごい技術を使っているのか、如何に、中のキャラクターが本物に見えるのか、顔とか、胸とか、太ももとか、を力説していた。

専門用語を多様に使って……。

どうやら、俺はパソコンオタクを軽く見ていたらしい。

あんまりの理解不可能すぎる説明に、俺は意識をどこかに飛ばしていたことを今気づいた。

その斉藤さんが熱い。

額に目をやると、案の定少し汗をかいていた。

そこまで興奮してでも説明したい。

その熱意がやはりオタクと言われる所以なのかも。

でも、なぜ後ろが熱いのだろうか?視線をやっても、広い荷室があるだけだ。

が、俺の第六感がそろそろこの話題をやめないとやばいとアラートを出していた。


「さ、斉藤さん?」

「あ、ごめんごめん、僕ばかりがしゃべって。どうしたの?」

「いやいや、すごく勉強になりましたが、もうそろそろ秋葉原ですよね?」

「ん、そうだね、後数分で着くかな?」

 窓のビル群を見て、斉藤さんはそう言った。

よし話題を変えれた。後ろの熱気が少し和らげる感じがした。

「でも、よくわかりましたね、今が秋葉原の近くって」

「いつも来ているしね。それに、ほら、秋葉原でないと見れないものがあるからね」

 そう車の右前を指す斉藤さん。

その指先が指している方向を向く俺。

「あ、VR18禁彼女の看板じゃないですか」

「でしょ。あんなほぼ18禁の広告なんて、秋葉原じゃなきゃ見れないよ」

 俺が買ったゲームパッケージの表紙には、3D女子高生が服を着て、こちら側に手を伸ばしているものだったのだが、裏表紙はもっとあられもない姿だった。

その裏表紙並みの際どさに近い裸姿が今大きくビルの上に広告として出ていた。

「おおお」

「でしょう!」

 思わず感嘆してしまう俺に、同意する斉藤さん。

瞬時に後ろがまた熱くなってきた。

またもや危険信号を察知した俺は、話題を変えるために、斉藤さんを見ようと身体を動かした。

それに気づいたかのか、斉藤さんはにっこりと笑って言った。

「あ、ごめんごめん。気を使わせちゃったね」

 何故分かったのか分からないが、俺は少し安心できるとほっとした瞬間だった。

斉藤さんは右手を差し出すと、エアコンのスイッチを強にした。

 ブオーンという音と共に、車のフロントの中央、ドア側の三か所から冷たい強風が吹いてきた。

「なんか後ろが熱かったんだよね。気づかなくてごめんね」

「あ」


 ミシッと音がしたと思ったら、次にボンッという音とともにどこかの窓が割れた。

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