秋葉原 その2

 ギャアアアアア!悲鳴のように煩いタイヤの摩擦音と共に、身体が左右に激しく揺れ、思わず俺はドアと肘立てを強く掴んだ。

目の前のフロントガラスを通じて見ている景色がすさまじく横にぶれている。

「おうおうおうおう」

 大丈夫か?

と横を見ると、何語か分からない声を発しながらも、斉藤さんは両手でしっかりとハンドルを握っていた。

少しして、車は真っ直ぐに走るように戻った。

すこしホッとする。

「真っ直ぐに行ける。ってことは、割れたのはタイヤじゃない。よし。じゃ、運転できそうだ。そうだ、ナベ、後ろ見回してもらえるかな?」

 少し暗い顔で俺に聞くなり、斉藤さんは右手をバックミラーに伸ばし、後ろを見るために色んな角度へ調整した。

俺も身体をひねって、後ろを見た。

たぶん俺の想像通りだが、やっぱり起きていた。

「斉藤さん」

 俺は努めてえ冷静に言った。

「斉藤さん側の後部座席の窓側割れているんですが」

「まじか!?ち、ちょっと待って。もうすぐ、下道に下りるから。そうしたら、知り合いのカーショップがあるから、そこに行こう」

「は、はい」

 再度バックミラーを元の位置に戻し、斉藤さんはやばいやばいと呟いて運転を続けた。


五分後、神田橋インターから降りてすぐの、カーショップの指定駐車場に車を停めた斉藤さんは、顔色が普通に戻っていたようだ。

二人で車から出ると、声がかかってきた。


「あれ、晃ちゃん。先月オイル交換したばかりと思ったけど、車どうしたの?」

 カーショップから来た黒のタンクトップを来た青年男からだった。野球帽を逆に被って人の好さそうな顔であったが、むき出しになった腕や顔には何本ものの黒い筋がついていて、少し白めの肌と合わさってシマウマっぽく見えてしまう。

「タカさん、いきなり来てすみません。なんか高速走っていたら、いきなり窓ガラスが割れてしまって。でも、変なんですよね」

「変って?」

「後部座席を荷室にしてたんですが、途中でそこから熱気が発生したのかと思いきや、急に窓ガラスが割れたんです」

「ん、暑くなって急に割れた?後部座席の?お、これか」

 タカさんと呼ばれた男はしげしげとそこを眺めると、首をかしげて斉藤さんに聞いた。

「なんだこれ。だれか叩いたわけじゃないんだよな」

 なんか手のひらっぽいマークがあると、窓ガラスの下らへんを指さしているタカさんに対し、両手の平を上にして分からないジェスチャーをする斉藤さん。

「うん、僕たち二人は前に座っていたし」

「おかしいな、どうやったら後部ガラスが割れるんだ?何かが当たったとしてもヒビ程度だと思うだが」

「ナベ、なんかわかるか?あ、こっちはうちの会社の後輩で渡辺。ナベって呼んでます。ナベ、こっちが高橋さん。タカさんって呼んでいいと思う。うちの義兄」

 男の視線が俺に向いていたので、斉藤さんはお互いを紹介した。

「タカさん、初めまして」

「おう。よろしくな」

 そう俺の方を向いて、にっこりと片手をあげた後、タカさんは斉藤さんに視線を移した。

「てか、詩織ちゃんの車だよな、この色」

「う、そうなんです。直せますか?」

「そりゃ直せるけど、ちょっと待ってな」

 タカさんは指を折って数えてから、「二時間ぐらいかかるかな」と斉藤さんに伝えた。

「えー」とへこむ顔を斉藤さんがしたのをみて、タカさんは苦笑した。

「まぁ、詩織ちゃんにばれたくないんだろう、すべての窓磨きもしないとだから、それぐらいは待たないとな。これでも、親戚特急コースがサービスされているんだぞ」

「……もう、そうですね。それじゃ、お願いします」

「了解。それじゃ、申し訳ないけど、秋葉原は歩きかタクシーで行ってね」

「はーい。ナベ、行こうっか」

 タカさんが店の中に入ったのを見て、斉藤さんは俺を連れ去って、秋葉原の方向へ歩き始めた。


「でも、僕が秋葉原に通って数十回超えているけど、初めてなんだよな。窓ガラスにヒビ、ってか割れちゃったけど」

 独り言のように言いながら前を歩く斉藤さんに、俺は心にある疑問を話すことにした。

「斉藤さん、ひょっとしたらですね。俺らがVR18禁彼女のことを話したからってことはないですかね?」

「何々?面白いことを言うね。ナベ」

「いや、実はですね。台湾旅行から戻ってきたその日に乗ったバスに変なことが起きたんですよ」

 そういって、俺は、羽田空港から乗った高速バスが羽田インターからホテルメトロポリタンに着くまでの間に、周りの車が何かしらの被害を受けていることを話した。

「うーん、その一例で紐づくのは早すぎる気がするが。ってか、エッチな話をして、だれが罰を当てるんだ?」

「いや、でも、台湾でもそういったことが有ってですね」

「え?台湾から?ちょっと最初から話してもらえないかな?」

 俺の声をしっかりと聞こえるように歩く速度を落とした斉藤さんに、俺は横に並びながら、台湾旅行の三日目のことから話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る