第16話 うろつく存在
レッドカース 靴屋
……おはよう二日目。
目が覚めたら今までの事は全て夢だったというオチを期待していたのだが、そんな事はどこにもなかった。
俺は相変わらず巫女で、世界中の人々の期待を背負って旅をしている最中だった。
だが、今俺が無言になっているのは、そんな酷な現実に打ちのめされているからではない。
俺のネガティブ・マインドはそんな事でも無言になってしまう自信はあるが、今は別。
「……」
眼の前にあるのは、靴屋だ。
他の何やでもない靴の店だ。
あの履いて、足を守る靴の店。
旅の初日が過ぎ去っての次の日。
宿を出て俺達が一直線に向かったのは、何故か街道……ではなく靴屋だった。
「モカ様は、足が小さいですね」
「ナナキの足はモカより大きそうだね」
靴屋の店内に入るなり、モカを適当な場所に置いてある椅子に座らせたナナキは、見繕った靴を彼女の前に持ってきて順番に履かせている。
とっかえひっかえで、結構忙しそうだった。
モカの靴擦れを防止する為だ。
昨日の事をちゃんと考えれば、予想できたのだが。
生憎と旅慣れていないのと、少々の落ち込み成分が入っていたのもで、店に入って少し思考停止してしまっていた。
「モカ様の靴のサイズは少し大きかったみたいですね。それに靴底がすこし固くて長時間歩くのには向いてませんでした。こちらの物なら、サイズがぴったりで履き心地もいいと思いますよ」
「わ、ホントだ。すごい。ナナキのお家って靴屋さんだったの?」
「いいえ、普通の小さな宿屋でしたよ。でも、巫女付きになるんでしたらこれぐらい分かっておくべきかと思いまして」
「努力家なんだねー」
眼の前では、モカとナナキが楽しそうに話をしている。
会話にまざる勇気はなかったので、俺は二人を横目にしながら、何となく店内を歩いて眺めていく。
あの一件から、ナナキに対する苦手意識が少しなくなって、挨拶くらいはできるようになったのが、まだ少し気まずいのだ。
隙を見ては何度か話かけようとしたのだがうまくいかず、ずるずると今の今まで仲直りが出来ず引きずっていた。
……早く言うべきってのは分かってるんだけどなぁ。
「ねぇねぇ、ナナキ。あの靴履いてみたいな」
「これですか。この靴は、ちょっと装飾品が過剰かと、見た目は可愛らしくてモカ様のお洋服にも合いそうですが、足に負担がかかりますよ。後、この横についている飾り紐が何かに引っかからないとも限りませんし」
「ナナキって、本当は靴屋さんの息子さんとかじゃないよね?」
複雑な心中で、棚を見たり二人の事を離れたところから見つめたりしているとふいに横から声がかかった。
「お嬢さん、お嬢さんは何か靴を買わないんですかい?」
この靴屋の店主の男だった。
エプロンをつけて、店内で働いているのにひげとサングラスと帽子をつけた、何だかちょっと怪しみたくなるような見た目の人間。
距離を置きつつも、無視するのもなんだと思い、答えていく。
「……いや、俺は別にいらないよ。今の靴で十分だしな」
「そんな事言わずに、何か買っていきなよ。可愛い顔が沈んでるぜ?」
「な、可愛い……?」
耳を疑った。
今、俺は未知の言語を耳にしたのだろうか。
この人は本当は不審者なのでは、と一瞬思ってしまった。
子供の頃はともかく、最近はまるで聞かなくなった言葉だというのに。
「女の子だったら、もっと可愛い靴を履いていくべきですぜ」
「お、女……?」
……また言った!
「さてはお前、使徒だな!」
衝撃を受けた俺は、あまりのありえなさに、そういう結論に至るしかない。
俺は目の前のそいつに「さあ、正体を現せ」と指を突き付けてやるのだが。
「ははは、何言ってるんだよ。馬っ鹿だなー」
実は……、みたいな流れになる事なく、その男に思いっきり笑われた。的外れな推理だったのか。
何か滅茶苦茶恥ずかしい。
腹を抱えて笑う店長の声が、最近どこかで聞いたような気がするのだが、思い出せなった。
「おい、客に対する口調じゃないだろそれ。いや、こっちも疑って悪かったけどさ」
むっとするが、先に疑ったのは事実なので強く言えない。
そんな風にしていると、店長が誤りながら何かをこちらに差し出してきた。
「悪かった。ほら、これやるよ。そんなに自分を卑下する事はないと思うぜ」
「……え、……は、……んん?」
店主の男に手近にあったそれを、ぽいと軽く手渡され、一瞬何が起きたか分からずフリーズした。
それは何と、髪飾りだった。青の括り紐を通した小さな金属の装飾品。巫女の印である星の模様が可愛らしく彫りこまれている。
「いや、俺は」
「サービスサービス、ほら連れが呼んでるぜ」
言われて男が視線で指し示す方を見れば、モカが選び終わったらしく新しい靴を履いてこちらに向かってくるところだった。
「ルオンちゃん、見て見て、可愛いでしょ!」
「ん、ああ。よく似合ってるな」
モカの足元を見て感想を正直に言う。
確かにそれはよく似合っていた。
小さな花の模様が控えめにちょこんと足先についている。淡い色合が当人の服の色と合っていて、モカように用意された靴といわれても不思議に思わない似合いっぷりだ。
そんな可憐な靴が、あんな怪しい人間のいる店に置いて会った事に驚愕だ。
「よくこんなもんあったな」
「ここはまだ、セントレイシアの近くですから色々な地方の人物がやってくるので、品ぞろえが豊富なのでしょう。さて、そろそろ出発しましょうか。ルートを変更したので、道を間違えないようにしないといけませんし」
会計を済ませたナナキに促されて店を出ていく。
町を出たら、今日は本来とは別のルートで行く事になっていたから、昨日の事も踏まえて早めに向かわなければならないといけないのは納得だった。
「迷子にならないように気をつけないとねっ。あれ、ルオンちゃんそれ、どうしたの?」
ナナキは気づかなかったというのに、女の子だからかなのか、モカは俺の手の中にある髪飾りに気が付いたようだった。
「ん、ああこれか? 何か貰っちゃってさ。お金出してないのに、俺には似合わないから、良いのかなぁって思うけど……」
「くれるって言ったのなら貰っておけばいいんじゃないかな。きっと売れ残りとか、いわくつきの呪いの品なんだよっ」
「なんだよっ……じゃねーよ! 怖ぇーよ、それ! ナナキの短剣じゃあるまいし」
そこはウキウキしながら発言するような内容じゃないだろ、と俺は当然突っ込んだ。
突っ込みを入れられた当人は、俺とナナキの方を交互に見て、何やら納得気味に頷いている。
「あれ? ルオンちゃん……そっかー、なるほど。良かったね!」
「何が良かったね! 何だよ、まったく意味わかんねー」
つっけんどんに答えつつも、何に対してモカが良かったと思っているのか、割と察しの悪いほうである俺にだって分かった。心配させてたんだろうなと思う。
二人の間の距離が少しだけど、縮まっていることに気付いてモカは嬉しかったのだろう。
言動はちょっと正直すぎてアレだが、優しい奴なのだ。
「よーしっ、こんな感じで頑張って旅しようねっ」
「だーかーらっ、こんなってどんなだよっ!」
気付かない振りをしつつも楽しげなモカの言葉に振り回されてやる。
その二人の後ろで、靴屋を振り返ったナナキはルオンたちの会話を聞きつつも、どこか呆れた様子で靴屋に向かって呟いたのは聞こえなかったが。
「こんなとこまで来て巫女様にあんな物を渡して、あいつは一体何やってるんだ……?」
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