第7話 巫女としての日々



 七星暦セブンテ1682年 冬節ウィンター

 

――それは夢の中の、ほんの少しだけ今より過去の出来事だった。


 父親に読んでもらった絵本をきっかけにして、夢を抱いてから十年後、その少女は、現実を突きつけられていた。


「何で……」


 巫女に随伴し護衛する役目を持つ星衛士ライツ

 その試験に少女、ルオン・ランタノイレはたった今落ちた所だった。


 手入れのされていないぼさぼさの髪に、ぱっとみただけでは女性とは分からない体格をした少女は、

愕然とした表情を浮かべて不合格を伝えた教官を見つめている。


「聞こえなかったか? もう一度言う。試験は不合格だ。お前には、星衛士ライツになる為に必要なものが決定的に欠けている」

「そんな……」


 ルオンは理かい出来ないと言った風に、その場に硬直し続ける。

 まるで分からないとでもいった風に。


 先程行われた試験でルオンは、他の者より圧倒的に良い成績を出した。

 それは誰が考えても、落ちる事など疑いようもないくらいのものだった。


 なら普段の素行が悪かった事が影響しているのかと言うと、そうではない。 


 ルオンは訓練の成績はいつも真面目に受けていたし、結果だって悪い方ではなかった。

 だが、周囲を見れば明らかにルオンより下の成績の者達が、態度もそこそこだった者達は、合格の伝えに喜んで湧いている。


 そんな喧噪を耳で聞きいていたルオンは、憮然とした表情を己の教官へと向けずにはいられなかった。


「何でだよ……っ!」


 ひょっとして、とルオンは抱いたある懸念を口にする。

 ルオン以外の訓練生は全員男だ。

 合格した者も。


「何で、俺が女だからか……っ!」


 だからルオンは、女性が星衛士ライツになった事例が無いのが関係しているのかと、早口で尋ねるのだが相手は冷静にそれを否定する。


「違う、男である女である以前にお前には根本的なものが足りてない。これはそう判断しての結果だ、受け入れろ」


 それは、合格するとばかり思っていたルオンにとってはすぐには受け入れられない事実だった。


 淡々と告げられた宣告は、思い込みや贔屓などによって影響された結果ではないという事を如実に示していた。


「うそ……だ」


 背を向けて離れていく教官からは、失望の感情が読み取れる。

 ルオンはそれ以上その背を見ていられないとばかりに、顔を俯ける。


 足元が崩れていくような感覚を覚えたルオンは。それ以上何も言えずに、その場に立ち尽くす事しかできなかった。





「夢かよ。最悪な目覚めどうも……って、言う気にもなれねーな」


 眠っていたベッドから身を起こして、寝ぼけ頭を抱えながら俺はここ最近の事を思い起こす。


 選定の使徒によって起こされた事件はもちろん無事に解決。

 人質のモカは助かった。その後の事はとくに何もない。

 事件が解決した後は特にトラブルに見舞われたりせず、。俺達は馬車に再度詰め込まれて出発。

 無事に守の聖樹フォレスト・ヒースに到着したのだった。


 事件の渦中にいた重要人物であるからもちろん事情聴取はされたが、早々に解放。

 慣れない事をした疲労が積み重なっていたので、他にするべき事が無くてたすかった。

 それで、華やかで雅で豪華な感じの部屋に通された後は、疲労もあってかさすがに一時間もせずに泥の様に眠りこけてしまったが、次の日からはみっちり勉強。旅に必要な知識を詰め込まれる毎日となった。


 ふりかえればあれから一週間が経過している。


「では、御用の際はまたお呼びください」


 女性の声で物思いから引き起こされる。

 

 モカが朝早く起きて、部屋の中で勉強していたらしい。


 ……嫌だって言ってたのに、すげぇ。立派だな。


 息抜き用に頼んでおいたらしいお茶と菓子を持ってきた女性が、一礼をして部屋から出て行く。

 ここに来た当初はそういうのにも慣れずにあたふたしたものだが、一週間もすれば慣れてしまった。反対に、俺のにそういう仕草をされる時は、頭を下げる相手を間違えているんじゃないかと思わず考えてしまうのだが。


 巫女専用にあてがわれた部屋は、豪華だった。馬車と同じように。壁床、天井から、ドアノブの鍵穴にいたるまで……ありとあらゆる所にお金がかけられている。そんな事が、詳しくない俺でも分かるような内装だった。


 それでも過剰な派手派手しさとかを感じさせず、何か雅な感じの雰囲気でまとめられているから、職人のなせる業というか、驚くばかりだ。


 だがそんな、そういう方面にはうとい一般人目からしてもすばらしいと思えるような部屋に、俺の心はちっとも癒されてくれなかった。


 着替えて、並べて置かれた机に向かえば良い匂いが鼻孔をくすぐってくる。


 勉強は嫌だが仕方がなかった。

 モカに倣って予習復習をする。

 数か月前の星衛士ライツを目指していた自分、良い年にもなってまた子供の頃の様に机に向かう事になろうとは夢にも思わなかっただろう。


 運ばれてきた茶菓子の甘い匂いをかぎながら、机に座った俺は手足を伸ばす。


「あー、今日もやる事いっぱいあるんだよな。来る日も来る日も勉強ばっかで、つまんねーよホント」

「でも、それも午後の分が終われば、明日で終わりだよ」

「そーだけどさあ」


「これ書き物に使っていいのかよ?」と思うぐらいのお洒落な勉強机を前にして、座り心地抜群のイスに腰かけながらモカへと愚痴を言うのだが、一度出してしまったそれは勢いがついたらしく止まらない。


「じっとしてると、石像にでもなった気分だ。あーやだやだ」

 

 専用の教師によって教え込まれてる時間ほどストレスを感じるわけではないが、自由勉強もそれなりに疲れるのだ。

 覚えなければと思えば思うほど、気疲れしてくるという悪循環を繰り返しばかりで、そうやって何度も愚痴をこぼすしてしまう。


 ……はぁ、訓練生の時でちょっとは慣れたと思ったけど、全然そんな事なかったな。

 ……やっぱり俺には、体動かしてる方が性に合ってるよ。

 ……俺は偽巫女、モカは本物、それでよくないか?


 やってもやっても進みそうにない勉強を前に書く隙もなく肩を落としていると、一息ついたらしいモカが勉強を再開。ノートに滑らせる手を止めることなく、話をし始める。器用だ。


「明日は式典だね。緊張しないで出来るといいな」


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