第6話 最悪のファーストコンタクト



「凄いよルオンちゃん! あの男の人ぺしゃーんって、やっつけちゃったっ! 星衛士ライツさんみたいで格好良かったよ!!」

「いや、ぺしゃーんっていうのはちょっと違うような……。いや、まあな、あんな奴大した事なかったし……」


 つい一年前まで、まさその星衛士ライツになろうと必死になっていた身としては、複雑な心中だが。モカからかけられて素直な称賛はやはり嬉しかった。


 だが、それより気にしなくてはいけないのはモカ方だ。

 

「俺の事はいいよ、モカは大丈夫だったか? 怪我とかしてないか? 乱暴な事されなかったか? 体に傷とかつけられてないか? 女の子を人質にとるなんてサイテーだよな!」

「あはは、大丈夫だよ。ルオンちゃんこそ」

「俺は良いんだよ」


 ケンカや訓練などで、殴る、蹴る、突き飛ばされる、しごかれる等の扱いを受けてきたルオンはともかく、モカはか弱い少女だ。お嫁に行けなくなくなるような怪我でもしてたら大変だ。


「本当に大丈夫。ルオンちゃんのおかげだね。それに、モカ思うんだけど……そんな事で「モカなんて貰いたくありません」って、言うような人のお嫁には行きたくないから。平気だよ」

「そ、そうか…」


 案じていれば、そのモカから以外にも逞しい言葉が返って来て、今度はこっちの口が開いた。


 それはまあ、そうなのだろうが。

 女の子って普通そういうの気にするものではないだろうか。


 ルオンが住んでいた村にいる娘達はそうだったのだが。


「ねぇねぇ。ルオンちゃん、あの男の人でぺしゃーんってやって見せて。モカもう一回見てみたいな」


 何て考えていると、モカからとんでもない発言が返って来た。


「えええぇぇぇ……?」


 いや、さすがに……気絶してる男に、それはいくらなんでも可哀そうだ。


 ……モカってもしかして……。あれか?

 ……ちょっとどころじゃなくて、だいぶ変な子、なのか……?


 そこでようやく、巫女の一人が使徒の男を蹴り飛ばすという、前代未聞の展開に呆然となっていた他の星衛士ライツ達の硬直が解けて、こちらへと走り寄って来た。


 口々に人質になったモカにかける言葉は、やっぱり俺と同じような言葉ばかりだ。


 ……けど、これが残念巫女の俺だったら、こうはいくかなぁ……。


 モカが無事だったのは嬉しいが、見ていると何となくもやもやしてきそうな景色だった。何とはなしにその場をちょっと離れる。


 そんな風に、星衛士ライツ達に心配されているモカだが、彼等に向けて気になる事を言っているのが聞こえてきた。


「それでね……馬車が止まったばかりの時、周りにいいる人達の言葉で、モカ、変な事聞いたんだけど……。こう言ってたの。「やっぱり、さっあの男が言っていた通り馬車が通った」……って」


 え?


「巫女様、それは聞き間違えでは……?」

「ううん、絶対そう言ってたよ」


 モカは自信満々に答えている。

 馬車の外の音や声は俺も聞いていたが、誰が何をどんな風に行ってたかなどは、正確には聞き取れなかったのに。


 気にはなるがそう言う犯人捜しは、ちゃんとした星衛士ライト達が何とかしてくれるだろう。モカが無事だった事が何よりだ。


「このくそアマっ!!」


 しかし誰もが安堵していたその瞬間を狙ったかのように、離れた所から倒れていたはずの男の絶叫が上がった。

 俺に蹴飛ばされた使徒サイドの男だった。


 起き上がった男は、捕縛しようとしていた星衛士ライト達の隙をついて、男がこちらにまっすぐに向かってくる。


「お、女だと、巫女だと思って…優しくしてりゃ、良い気になりやがってっ!」


 標的は俺だ。まっすぐに視線を向けられている。

 どうやらそうとう恨まれてしまったみたいだ。

 その瞳には、憎悪の色に染まり切っていて、人質にして連れ去るなどというまだ理性的な方である行動は、期待できそうになかった。


「くたばりやがれ!」


 男は恨みの言葉を吐きながら、わき目もふらずに一直線に俺だけ見て突っ込んでくる。


 よく見れば男は、蹴り飛ばされても離さなかったらしいナイフしっかりと構えていた。

 その武器が構えられる。

 鈍く光る凶器に怯みそうになるが、


「ルオンちゃん!」

「大丈夫だ、そこから動くなよ」


 近くにはモカがいる。

 もういちど危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 そう言い含めて気合を入れ、俺は再び男を迎え撃とうとするのだが……。


「こんな奴、俺一人でじゅうぶ……」


 だが言い終わる前にこちらに目がけて何かが飛んできたようだった。


「っ……!」


 背中に衝撃が来て気づく。地面にカツンと何かが落下する音。

 思わず視線を向けてしまう、そこに落ちていたのは石だった。


 ……どこかから誰かが投げたのか?

 ……こんな時に?


 しかし一瞬の疑問に捕らわれている場合ではなかった。

 男が迫って来ていた!


「まず……」


 一瞬後の未来が脳裏によぎる。

 無防備な自分が切り裂かれる光景が。

 迎撃は間に合わないだろう。回避も。


 そして俺は、なすすべなく男のナイフに身を引き裂かれる……。

 はずだった。


「え?」


 瞬間、その場に風が吹いた。


「ぐあっ」


 危機に瀕した俺の視界に、目の前に割り込んできたのは一人の男性だった。

 黒の髪がなびく。


 気づいた時にはもう終わっていた。こちらを害そうとしていた男はうめき声を上げながら地面に倒れ伏していたのだ。

 何が起こったのかさっぱり分からない。


 俺はその、突然やってきた男の背中を見つめる。

 この男が何かをしたのだという事は分かるのだが、行動が速すぎて目でとらえきれなかったらしい。


 ……今何やったんだ、こいつ。

 ……動きが全然言えなかった。


 この場にかけつけた星衛士ライツなのだろうか? でも馬車の連中にこんな印象に残る様な人間はいなかった。

 混乱していると、助けてくれた少年がこちらに降り向いた。


 黒い瞳と目が合う。

 吸い込まれそうな、世闇の様な黒い瞳と。


「あ、ありがとな、助かった」


 正体は分からないが、命の恩人なのだ。まず礼を述べるべきだと思い、俺は口を開いた。


「それで、あんたは一体……」


 しかし、俺が相手に「何者なんだ?」と、正体を尋ねる前に、


 パンッ。


 乾いた音が鳴った。


「へ……?」


 訳がわからず、思わず間抜けな声が出てしまった。

 だって、混乱するだろう。何が起こったのかと普通は思う。どういう事だよ、と。


 遅れて俺は理解する。

 ひっぱたかれたのだ。目の前の男に、俺が。


 野次馬のざわめきと他の星衛士ライツ達の咎める声、モカがこちらを案じる様に何事か言っているようだった。だが、俺の意識にそれらの音は入ってこなかった。


 ……何で、何でだ。


 俺の疑問が怒りに変わる前に、その男に怒鳴られた。


「お前はっ、自分を何だと思ってるんだっ!!」


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