第5話 始まる前に旅が終了!?



 ……始まる前に旅が終了とか俺の人生斬新すぎてついてけねーよ!


「ったく、なんでこんな事になってんだよ。巫女の旅が始まる前にピンチになってんじゃねーか」


 途方に暮れながら呟くが、それに反応を返してくれる者はいない。

 馬車内にもう一人の巫女、モカの姿はなかった。


 彼女は今、馬車の外にいる。

 人質として星衛士ライツに扮した……偽男に脅されながら。


「そりゃ、俺が巫女っぽくないから人質として微妙ってのは分かるけど……。あーあ、俺だったら隙を見て逃げ出すなり倒すなりできたかも知んねーのに」


 イライラしてくる。

 馬車内に監禁状態だから、ため息零したり、愚痴言うばかりしかできない。

 他にやる事がないのだ。


 じっとしてろと言われたきりで、俺は放置状態のままだっ。

 気分が鬱屈してくる。


 今も馬車の外でモカは人質になって怖い思いをしているというのに、だ。

 何もできないのは嫌だった。


 だが、早く助けてやりたいものの、動くにはまだ早すぎる。


「テメェ等、集まってくるんじゃねぇっていっただろ。さっさとそこをどけ! くそ、馬なんてどうやって言う事聞かせりゃいいんだ」


 聞き耳を立てて外の様子を伺うのだが、犯人の男は相当警戒している様で、野次馬達に怒鳴り散らしていた。


 とにかく、動き出すまでにそいつの所属している組織の事について頭の中で軽くおさらいしておいたほうがいいだろう。


 今外にいるあの男は、こう名乗っていた。

 自分は、選定の使徒リバーサイドの人間であり、正義を成しにきたのだと。


 選定の使徒リバーサイド

 彼等は長い歴史の中で、これまでに何度も巫女の旅を妨害していた組織だ。

 星衛士ライトを傷つけ、状況によっては一般人も巻き込み、巫女を攫っていこうとする者達。聞こえだけは良い言葉を謳いながらも、やることはひどく自己中心的なものばかり……。


 彼等の言い分はこうだ。


 自由神にかなえてもらう願いを巫女一人に託すのはおかしい。我々の住む世界を変えるような重要な願いは、より多くの人々の意見を取り入れて反映させるべき。だから守りの聖樹フォレスト・ヒースは間違っている。ゆえに、巫女の身柄は我々が保護して、願いの友好な活用方が決まるまで丁重に扱わせてもらう。

 と、そんな具合だった。


 だが、そんなのただの建前だろう。


 きっとそれは俺だけでなく、誰もがそう思っているはずだ。

 本当に世界を良くしようと考えている奴が、一般市民を巻き込むような犯罪を起こしたり、護衛士を暴力で排除したり、巫女の意思を確認しないまま、強引に誘拐するなんて事はしないはずなのだ。


 奴らはただ、自分の願いを叶えたいだけだ。

 私欲におぼれた金持ち達が大勢集まって、周囲の事も世界の事も考えずに自分の欲の為だけにお金を出し、選定の使徒リバーサイドという組織を支援しているという、そんな勝手な我が儘にすぎない。


 ……星衛士ライツの訓練時代も歴代の話を色々聞いてきたけど、本当に碌でもない連中だよな。


 そんな連中の好きな様には絶対させたくなかった。

 このまま助けを待つのではなく、こうなったらいっそ自分で解決してしまえばいいのではないか、とそんな考えが頭をよぎる。


 喧嘩なら子供の頃から嫌というほどしてきたし、ほんの少し前までは体だって星衛士ライツになる為に鍛えてきた。

 

 隙を伺いさえすれば俺でも確実に倒せるはずなのだ。


 ……いや、俺ならできる。モカを助けてやらないとな。


 そう考えれば、じれったくなるような退屈な時間は終わりだった。

 行動に移すために何が必要か、どうすべきか考えていく。


「まずはどうするかな」


 とりあえず情報が必要だった。

 外の様子を知る為に、出入りの扉をそっと開ける

 そっと、気付かれないように、ゆっくり、と……。


「うーん、やっぱし膠着状態みたいだな」


 少し前から聞こえていた内容で分かっていた事ではあるが、外の状況は想像通りだった。


 馬車から少し離れた所で二組の人間が言いあっている。

 馬車の御者を務める星衛士ライツの男と、モカを人質にとった使徒サイドの男。

 その二人を取り囲むように立っているのは、他の星衛士ライツと遠巻きにして見つめている野次馬達。


 相対する二つの組織の人間達は「そこをどけ!」とか「いいや、ここは通さん」とか、後は「馬を操れる奴をつれてこい」「そんな奴はいない、断る」だとか。同じ様な事をずっと言い続けている。


 星衛士ライツの男はなんだかんだと理由を並べ立てて、腕を怪我したので自分では馬車を走らせられないと言い続けているらしい。

 使徒の男が俺達のいる馬車に近づくときに何かしてそうなったのかもしれない。嘘という可能性もあるが、見る限りはあきらかに腕に力が入っていないようなので本当の事の様に思える。おそらく使徒サイドの男もそう思ったのだろう。


「くそ、だったら馬車を寄越せ」

「それも、出来ん」


 となると当然、この状況で徒歩で逃げるという判断はなくなる。追手も警戒しなければならないし、人質が逃げ出さないか常に注意しつづけなければならない。

 安全に逃走するためには、足の速い馬車を活用するのが一番。だから御者か、あたらしい馬車を調達する為に、時間を使っているのだろう。


 それが分かってるから、あの偽男は星衛士ライツの話、つまりは時間稼ぎに突き合わされなければならないわけだ。だったら初めに御者の人間を寄越すなり、そいつを確保しとくなりしとけよと思う。そのおかげで足が止まっているのだから、幸いではあるのだが。


 今、使徒サイドの男の注意は、言い合いをしている星衛士ライツの男の方に向いている。


 良い状況だ。

 チャンスだと思った。これを逃す手はないだろうと。


 馬車の扉を開け、音を立てないようにゆっくりと外に出る。

 野次馬達がこちらに気付いた。「お」とか「……あ」とか声がもれる。

 俺は、慌てて口の前に人差し指を当ててみせた。


 ここで、気付かれるわけにはいかない。

 野次馬達はその意図を察してくれたようだ。下手に騒ぐことなく静かに見守っていてくれる。


 こんな見た目だから、まさか俺が巫女だとは思ってないだろう。

 星衛士ライツの一人か、巫女の世話係か何かだとそう思っているに違いない。

 だから、驚きつつも冷静に見守っていてくれるのだ。

 バレた時の事を考えると、少しだけ胸が痛んだが、考えている場合ではないと気持ちを切り替える。


 移動しながら犯人の方に注意深く目を向ける。


 犯人の近くにはモカがいて、その首筋にはナイフが突きつけられていた。

 使徒サイドの男は、星衛士ライツ達との言いあいに夢中で、俺が馬車から出て来た事には気づいてないようだった。が、同時にナイフの事もすっぱりと忘れているようで男が身動きするたびに、モカの細い首筋に刃先が当たりそうになっている。


 ……あの野郎。女の子の体に傷つけたりしたらただじゃおかねーからな。


 見てられなかった。俺の方からモカの表情は見えなかったが、早く何とかしてやりたかった。


 足音を殺しながら馬車から離れて移動していく。もっと近くへ行かなければと焦るが、深呼吸。気持ちを落ち着ける。失敗は許されない。モカの安全がかかっているのだから。


 ……待ってろよ、絶対に助けてやるからな。


 俺は強く、自分の心にそう誓う。

 そして次の瞬間、全力で駆けだした。


「らあああぁぁぁっ……!」


 勢いを殺さずに一気に距離を詰め、使徒サイドの男の体に向けて精一杯の飛び蹴り。


「なっ……ぐあっ!」


 不意をついた一撃は無事に決まった。

 男は抵抗する時間もなく、俺に蹴っ飛ばされる。


 ゴロゴロと地面を転がっていく犯人には目もくれず、俺はモカへと駆け寄る。

 つい先程まで人質にされていたモカは、目を丸くしてこちらを見つめ、大声を上げた。


「ルオンちゃん!?」

「モカ、大丈夫だったか!」


 なるほど、空いた口が塞がらないとはこの事か。良い見本だな……なんて、そんな呑気な事を考える余裕があった。


 何はともあれ無事で良かった。


 野次馬達が上げる歓声の中で、ほっと息を吐き、肩の力を抜いた。


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