第4話 ナナキ・リトランテ
央都セントレイシアの中央に位置するその場所に
その中、巫女にまつわる建物とは別に、敷地内の奥……目立たない一画には、組織で働く
それは表に立つ堂々とした威厳のある組織建造物とは違い、武骨な造りの建物だった。
巫女の教育や式典などを取り行う、見目の煌びやかなや組織の建物……
組織の顔にかけるの金はあるが裏にかける金はない、を体現したかのような落差だった。
それが外見だけに出ている差違ならまだしも、中身にまで影響を及ぼしているのが、最近その宿舎を利用している
「縮小縮小縮小って、まーったく、どうしてうまくいってる上の連中ほど楽をしたがるんだろうなぁ。お偉いさんは俺達一人一人の事なんでどうでもいいってか。不満が爆発したらどうしてくれるんだか、まったくなぁ?」
そんな武骨な宿舎の前にいる少年の一人、フラト・クレッシュライザーはのんびりとした口調で話しかける。
声をかける相手は、特訓中の一人の少年、ナナキ・リトランテだ。
だが、建物を背にして立っているナナキは、己の利用する宿舎を省みることなく、一心不乱に剣を振るのみだった。
フラトの言葉には一切反応せず、黙々と剣の鍛錬に打ち込んでいる。
「やれやれ、熱心なこって」
呆れるフラトの視線にもまったく注意を払わずに。
そこにあるのは、プロの
足を踏み来み、上から下へ剣を一閃。そして、返しで下から上へ。風を斬る音が二度鳴り響き、振りぬかれた軌跡から発生した剣圧はまっすぐ進み地面に線を刻んでいく。
それが、今もっとも
降りぬいた剣を下げ、結果を見てそう呟く少年はまだ若い。
「もう少し、鍛錬が必要か……?」
歳は十代の後半。顔立ちは線が細く、女とも見てとれる中性的だ。飾り気も模様もない簡素な私服に身を包んだその体格は、筋肉がついているとは思えない程の細身。夜色の髪に黒の瞳は、男性のものでありながらも一定の手入れがされており、傷みもなく雲一つない夜空のように艶めいている。
そのナナキは地を浅くえぐる程の剣圧を放った武器を、至極真剣に見つめていた。
「おいおいナナキ。あの実力で鍛錬が必要とか、化物かよ」
そんな少年に声をかけるのは、もちろん先ほどまで
鳶色の髪に、赤い瞳。服装はナナキと同じ私服だが少々華美。体格は一般男性より一回り大きいぐらい。
一見してはっきり男子と分かる体格をしたフラトは、その身に軽薄な雰囲気を見に纏っていた。
「お前は異常なんだっての。ほれ」
フラトはナナキへとタオルを投げる。
二人は訓練生ではなく正式な
「すまない。だが、本当にまだまだだぞ。俺の実力なんて」
タオルを受け取り、うっすらと額に滲んだ汗をぬぐうナナキは、自らの力量に満足してないようだった。
謙虚さがその身から滲み出るような態度で、先ほど振っていた獲物を思案げに見つめていた。
「やれやれ、これだよ。謙虚さもそこまで行くと、むしろ嫌みだぞ?」
「嫌味のつもりはない。エアリ士団長なら今の一撃で地面が割れている。俺の力がまだまだ不足しているのは事実だ」
「護衛士のトップと比べんなよ。それ恐ろしい事だからな。追いつこうとか思うとか無理だし考えられねえって」
こうして、鍛錬に付きあったり気軽に軽口を叩くのに、慣れるほどの付き合いが二人にはあった。
暇があれば訓練しようとする生真面目なナナキに呆れつつも、気が向いたら気が向いた分だけ付きあってやるという適当な性格のフラト。
そんな彼等の間には子供の頃からの付き合いがあった。
一見して正反対に思えなくもない二人が、なぜ一緒にいるのか。
その謎は、周囲からも大いに不思議がられている事柄であったが、実は当人達もよく分かっていないところがあった。
彼等二人は、いつの間にか今の様な関係に落ち着いていたのだ。
親しいわけでも、遠いわけでもないような、そんな今の様な距離感に。
「今頃、特士の連中が町に着いた頃じゃねえか? 予定じゃもう、それくらいの時間だ。近くに行ったら、ひょっとしたらあの巫女様の顔が見れるかもしれないぜ」
特士というのは一般の任務とは別に特別な任務を言い渡された
今回のものは新たに誕生した巫女の護送だった。
その内容を聞いたナナキは首を傾げる。
「今更だけど、いつもどこからそんなマイナーな情報持ってくるんだ?」
「企業秘密だ」
「まあ、教えてくれたのがありがたいが、俺は行かない……。邪魔になるだけだしな。護衛士がそんな所に行ったら、そこに何かあると言っているようなものだろう?」
「違いねぇ。いやー、巫女様を困らせたくないとか、ナナキくんってーいじらしいねぇ」
もたらされた情報に表情を変えずに返答するナナキに向けて、フラトは軽薄そうな笑いを返す。
「小さい頃から見てきた夢だもんな。馬鹿みたいに頑張っちゃって。その一途さ、正に恋する乙女だ」
ナナキの肩に手を置き、全て分かってるとでも言いたげな態度と笑顔で大仰に頷くラフト。
だが、その手はすぐさまナナキににぴしゃりと払いのけられる。
「茶化すな」
「これはもう、問答無用で巫女付きになっちまうレベルだ、問題だな」
「何が問題なんだ」
「いーや、こっちの話」
巫女の旅に同行する
巫女付きになるためには特別な試験に合格しなければならない。護衛対象の警護方法や巫女付きとしての行儀作法や、旅で通りうる可能性のある町や村の事情を頭に叩き込まなければならなかった。その勉強もかかりきりというわけにもいかず、通常の護衛士の任務と並行して行うことが求められる。巫女付きの試験合格は狭き門だった。
だが、今ここにいるナナキはそれこそ血の滲むような努力をして、その門を突破してきていた。
「こんな力量で、俺は足りるのか……」
「いーや、なれるだろ。何となく護衛士やってる俺から見ても、お前は正気の沙汰とは思えないぐらい努力を積んできたって分かるんだ。これでなれなかったら世の中おかしいって」
不安を口にするナナキだが、そのの友人であるフラトはそう述べた。
正直には発言されなかったが、そこには確かに思いやりと励ましの感情がこめられていた。
「そうか、その言葉は素直に受け取っておく。おりがとうな」
その感情を感じ取ったナナキは、その時ばかりはやわらかな笑みを浮かべ、そう言葉を返すのだった。
フラトは「やれやれ真面目な友人を持つと、世話が焼けるよな」と、肩をすくめて見せた。
そんな二人に新たな人物から声がかかった。
「おいっ、お前ら聞いたか? 大変な事になったぞ」
それはナナキ達の同僚の少年だった。非番で外に出かけていたらしいその男性が走ってくる。声に隠しきれない焦りの色が滲んでいた。
「何だよ。穏やかじゃない様子だな。何か事件でも起こったのか? 巫女様がらみで?」
フラトがおどけた様子でそう尋ねたのだが、その内容は的中していたようで男の顔色が変わる。色は青。真っ青だった。
「そう、そうなんだよ! 巫女様が人質にされちまったんだ。特士の
それを聞いたナナキはフラトにタオルを投げ返し、冷静に尋ねる。
「怪我は、場所は」
「お、おう。怪我はしてねぇみたいだ。場所は東門の近くだったかな……。って、おいナナキ! どこに行くつもりだっ!」
男がそう答えると、最後まで聞かずにナナキは走り去っていった。
ナナキが冷静なのは、見た目だけであった。
「あーあ、行っちまった。……あいつ、巫女が絡むとほんと性格変わるよな」
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