第11話 使徒の男
「キース様ぁ、キース様ぁー!」
一見すると、ただの豪商の邸宅にしか見えないであろうその建物。その邸宅の中には、
内部の一画、豪華絢爛な調度品が立ち並ぶ廊下の中、一つだけ不似合いな場所が存在する。それは、
周囲の扉の様子から、元は上質であっただろう事が見て取れるその扉は、色がくすんだり痛んでいたり、穴が開いていたり、ヒビが入っていたりとしていて、散々な状態になっていた。
そのドアを、強張った表情で一心不乱に叩き続ける男が一人。
「キース様ぁーっ、キース様ーっ! お願いですから出てきてくださいよっ!!」
室内からの応答はなく、いつまでたってもドアが開く気配はない。
「貴方が来てくれないと困ります。主に私がっ! 具体的に言うと私がクビで! だから困るんですっ!!」
部屋の主が出てくる様子はまったくない。
どれだけ待っても己の努力が実る事がない年ったその男は、目に涙を浮かべながら肩を落とす。
「できればやりたくなかったけど、仕方ない。壊してでもキース様を引きずりださないと」
そして、次の瞬間から、打ち破らんばかりの勢いで扉を叩き出した。
「故郷で負った借金がまだ半分以上も残ってるんですぅ……! お願いですから出てきてください、キースさ―――」
「うるさいですねぇ。人のドアを乱暴に叩くものじゃありませんよ。研究に集中できないじゃないですか」
「うわぁっ」
渾身の力をこめて殴ろうとした瞬間、扉が開いて部屋の主……キースが顔を出す。
己よりも何倍も立場が上である人間を殴るわけにもいかず、拳のやり場を失ったレクトルは慌てて避けようとして、部屋の中に前のめりに転がり込んだ。
うんざりしたような様子のキースは、床で尻もちをついている男を見ながら「やれやれ」と肩をすくめる。
レクトルの前に立つその男を色で現すなら、それは金だった。
全身を金ぴかの服で身を包んでおり髪も金髪。男の見た目は目に眩しいにも程がある金づくしだった。唯一のアクセントとして、胸元に赤いネクタがあったりするがそれすらも(一体どういう素材を使っているのか分からないが)メタリックカラーで、室内等の光を受け眩しく輝いていた。
キースは痛みに呻きつつも立ち上がろうとする男を忌々しそうに見つめながら、部屋の外ではなく中へと歩いて行こうとした。
「一体、何ですかレクトル。騒々しい。まったく、ただでさえこのドアは貴方に叩かれ続けてボロボロなのに、外れでもしたらどうするんですか」
「それは、キース様がやっている研究のせいが九割じゃないですか! いいえ、そんな事よりキース様!」
やっと現れた獲物を逃がさないとばかりに、幹部それぞれにつけられる世話役の役目を担うで男……レクトルは再び部屋の奥へと消えようとするキースの腕を、ひっしと掴んだ。
「任務です。巫女様がもうすぐ
だから、行きましょう。さあ、行きましょう。今すぐ行きましょう。とそう言いながらレクトルはキースを、ズルズル引っ張っていこうとするが、それは敵わない。
強引な姿勢のレクトルの腕を、金づくめの男キースはどこからか取りだした愛用の鞭でぴしゃりと叩いた。
「い、いったぁ!」
「研究の途中です。そんな事は後にしなさい」
「えっ、ちょ、そんな」
叩かれた場所をさすりながら慌てるレクトルを残して、先ほど言われた言葉などもう忘れたかのようにキースは研究室へと再び入っていこうとする。
その足取りに迷いはなく、何の未練もないと感じさせる後姿だった。
激しく不安になったレクトルは、己の将来の不安定さを嘆きながら慌てて言葉を紡いでいく。
「ま、待ってください! 会議、会議はどうなるんですか。もう始まっちゃってますよ」
レクトルはキースを呼びだすのに、かなり時間を食ってしまっている。
時間を考えれば、会議はもう始まっているのは間違いがなかった。
レクトルは「ここまで出てきたので何とか出席してほしい」とそんな事を言いながら、必死に引き止め続ける。
腕ではなく、キースの腰回りにがっちりすがりついて、人間重りになるくらいの事をしてまでだ。絶対離さないという意思の表れだった。
「離れなさい。まったく暑苦しいですねぇ。私はそういう協調行動には興味がないのですよ。何が楽しくて、私の足を引っ張る様な低能な連中と仲良くお喋りしなくちゃならないんですかね」
「そんな事言わずにっ、出るだけっ! 出ているだけでいいじゃないですかっ! いくら研究が大事と言っても、その資金提供者の機嫌を悪くして良いんですか! 本当に良いんですか!?」
ずるずると引きづられながらも、重要らしい事を二回言ったレクトル。その言葉は届いたようで、キースの表情がピクリと反応した。
「……はぁ、仕方ありませんね…」
キースはその言葉を聞いて部屋に戻るのを諦め、扉を閉めて廊下に留まった。
しかし、レクトルはそこで油断しなかった。
レクトルは逃げ出した前任者のかわりに、キースの世話役として役目について数ヶ月こなしている。
その短くない期間の間に、キースが「普通の人」の枠の中に収まってくれる様な人物ではない事は分かり過ぎるくらい分かっていた。
なので、男は腰から腕へと再度、しがみ付き直した。
「今更逃げませんよ。いい加減離しなさい」
「いやです。目を離したら逃げるじゃないですか」
「まったく人の事を何だと思ってるんですか」
「研究大好きキース様です」
「…………」
反論の言葉をなくしたキースは無言で鞭を取り出す。
「叩きますよ」
「ひっ」
しがみついたレクトルは悲鳴を上げ乍ら慌てて離れる。
自由になったキースは歩き出すのだが、その方向は予想していた方角へではなかた。
あのれの主が向かう場所ん意見当がつかないでいるレクトルは、怪訝な表情になった。
「あのー、会議室は向こうですよ?」
「何を言っているのですか。決まっているではないですか。まったく頭の作りが悪いですね。巫女を捕まえに行くんですよ。それなら文句ないでしょう?」
「へ? えぇぇっ!! あの、ちょ、本気ですか」
「それぐらい理解したらどうなのですか」
「そんな一人で……あ、待ってくださいよ。キース様。本当にお一人で……」
喋るレクトルを後ろに従えたまま、キースはさっさと外へ出るために歩いて行く。
その途中で、ふいに立ち止まったキースは、背中にぶつかって来たレクトルの抗議を無視して、廊下の窓を開ける。
そこから一羽の伝書鳩が飛び込んできて、キースの下に手紙を一つ落として去っていった。
「いたた、何ですかそれ」
鼻を抑えながら、キースの手元を覗き込むレクトルは、その手紙に書かれた文字を見てさっと顔色を変えた。
それは、レクトルが今初めて知った事実であり、おそらく他の者達も全く知らない事だ。
「うわ、これ
「保険です。いつまでも無遠慮な視線を向けてないで、どきなさい。いざとなった時、巻き添えでクビになりたくなければ……」
「ひぃっ」
クビの一言にレクトルは慄いて、瞬時に三メートルくらい離れる。そんな男を、気にもせずにキースは手紙を懐へとしまった。
「……向こうは失敗したようですね」
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