第6話 犯罪現場だから殴り込む
コロセアムの町の一画。
そこには、棘屋敷などと、常識から考えれば不名誉極まりない呼び名をつけられた屋敷があった。
だがそこの主人は変わり者で、そんな言われように不満を持つなり悪態をつくなりするどころか、どこか喜んでいる節があった。
屋敷はそんな主人の変わり者具合を示す通りの見た目をしている。
棘のある蔦で覆われ、たとえ時刻が昼間だとしても室内まで光が入ってこないようになってしまっていた。
「ふぉっふぉっふおっ。ああ、楽しみだわあ。今宵はどんな……可哀想で可愛い生贄ちゃんが連れて来られるのかしらねぇ……」
その屋敷の一室、どうやったらこんな毒々しいインテリアになるのかと突っ込みたくなるような内装の部屋で、女主人はファーのついた紫の扇をばっさばっさと仰ぎ、そんな笑い声をもらしている。
「失礼ですが、あまり目立つような振る舞いは控えられた方がいいのではないかと……」
浅く眉をたてた女主人は、つかつかと部屋の中央に置かれた家具へと歩みよる。
原色の赤色を派手にぶちまけたようなけばけばしい模様のテーブル。女主人はその上に置かれた、これほど毒キノコっぽい見た目は他にないと、皆に聞いたら誰もが思うであろうキノコの絵柄の書かれたティーカップを手に取る。
「セバス、人生とは何?」
本名ではないのだが、何故だか執事にちなんだ呼び名で呼ばれているお付きの執事は、質問の意図が分かりかねるといった様子であいまいに返事をにごす。
「それは……、ええ。それを知る為の人生だとか、そういったものでございましょうか……?」
「まともすぎるうぅっ!」
女主人はいきなりキレた。
手にしたティーカップを窓に投げつけた。
「人生というのはもっと刺激に溢れたものでなければならないのよおぉっ! 少なくともこんな辺鄙な田舎の屋敷にじっと住んでるような人生なんて、刺激に満ちたものとは言えないわっ。ああっ、あの人は仕事が忙しくてめったに家に帰って来てくれないし……最近では、秘書の女と不倫してるんじゃないかって……きいぃっ、あの女狐めっ! ああ、貴方。たとえ火の中、水の中でも君の手を離さないよなんて、甘い笑顔で言ってくれたあの言葉は嘘だったのっ! ねえっ! ねえぇっっ!!」
息継ぎのない長ゼリフの間、セバスは余計な言葉を挟む事無く、投げられたティーカップを回収して、ぶつけられた窓とともに損傷が無いか確認していた。
お言葉ですがそのセリフは、そんな状況に陥っても……という意味で、自ら勇んでそんな危険な状況に共に飛び込んでいこうという意味ではないでしょう……。と言ったところでかわざわざ回収してきたティーカップをもぎ取られて殴られるに決まっているので、彼は口にだしたりはしない。
「セーバースー……。うふふ、私……良い事思いついちゃったわあ」
つい先ほどまで、ハンカチが手元にあったならば噛み千切らんばかりの表情だったのに、なぜか女主人は満面の笑みをたたえて彼の名を呼んだ。
「新しく連れて来た、可哀想で可愛い子供ちゃんを、たあぁっぷり遊んであげたいのよ」
「かしこまりました、では、あの部屋をご使用になられるのですね」
「ええ」
内心はどうあれ、見た目上は恭しく礼をする執事に満足げな笑みを浮かべた後、部屋を出て例のあの部屋とやらに向かう彼に女主人はついていく。
中庭 例のあの部屋こと茨かごの間
その部屋は鳥かごならぬ茨かごだった。
鳥を閉じ込める為のかごではなく、茨で人間を閉じ込めるためのかご。
女主人は必要な時に必要な分だけ茨を育成していたが、手塩にかけて育てすぎたのかたまたまここの土壌が生育条件に適していたのか、茨はかごの周囲にまで及び、あっという間に庭中を埋め尽くすまでになってしまっていた。
庭には他にも女主人の気に入った食人花や悪臭花などが多数植えられている。このままでは他の花の生育に支障をきたしてしまうという事で、庭のど真ん中に生えている茨の上に建物を建てて、生育量を調整しているのだ。
「うふふ、良い子にしてたかしらあ……」
セバスがドアを開けると、中には一人の子供が怯えた目でこちらを見ていた。
部屋の茨は、子供が来る前に適度に切って取り除いてあるので、立って、数歩移動する分には困らない広さは確保されていた。
ただ、夜の暗闇の中で、(たとえ昼間だとしても茨が邪魔して日光は少量しか入ってこないのだが)触れれば分かるような場所に怪我のする茨が生えている密室に放り込まれる状況に陥れば、誰だってそんな利点が気にならなくなるぐらい不安を抱くものだろう。
事実、女主人を見る子供は、最大限距離をとろうと後ずさり始めた。
「んふふ……、そんなに怯えなくてもいいのよ」
後ろに控えている執事が、明かりのともった燭台を持つのとは逆の手に鞄を取っていたが、それを勢いよく女主人にひったくられる。
いい予感がしない。
しかし誰でも同じ事だっただろう。そんな時間にそんな場所で行われる事に、良い予想など立てられるはずがない。
子供は背中に触れたちくりとした痛みを感じて、背後に下がるのをやめた。
馬車で連れて来られる途中で落とした紙切れは、誰の目にも止まらなかったのかと、子供は思う。
いくら闘技大会で盛り上がった日の夜とはいえ、常識のある人間ならとっくにそれぞれの寝床に戻っている頃であり、歩いている人間などお酒の飲みすぎで酔っぱらっているおじさん連中しかいない。
助けが来るのは絶望的だった。
子供は心の中で不幸を嘆く。
そもそも、ザ・遊び人の両親に連れて来られて引っ越して来さえしなければ誰がこんな危険な町に来るものか、と思っていた。
町にいるのは血の気ばしった筋骨隆々の猛者然とした男達か、素行と品のよろしくないあぶれものの男達ばかり。はっきりいって、子供がいて良い場所とは思えない。ついでに両親を呪っていた。
「さあて、どうやって遊びましょうかねー」
暗闇の中で、背後から少ない明かりに照らされた女主人の、そんな不気味な猫なで声に、子供は現実に引き戻される。
当人は精一杯笑顔を浮かべているつもりなのかどうなのか。
子供には関係ないが、陰影の目立つ表情はキング・オブ・ホラーだった。恐怖の王様だった。
「……っ!」
女主人が鞄に片手を突っ込みながら子供にに向かいゆく。
いったい何をするつもりなのか、何をされてしまうつもりなのか。
どちらにせよこのままでは子供は、あまり歓迎出来ない目にあってしまうだろう。
そんな危機感を胸に抱いた子供は、足に力を込めて、一か八か目の前の不気味顔(つい今しがた命名)に体当たりをくらわして正面突破をはかろうと思った。
だが、その必要は無かった。
「奥様ーっ! 賊がっ! 賊が屋敷に侵入しましたー!」
屋敷の建物の方から、使用人らしき女性の叫び声がする。
「なんですって、この私の棘屋敷に無礼にも無許可で泥をつけるような真似をするなんてえ!」
そんな主人の言葉にかぶせるように、破砕音が連続して聞こえてきた。
小物とか家具とかが壊れた音ではなく、明らかに屋敷全体が何らかの力によって破壊されている、そんな音だった。
「どおおおおりゃあああ……!」
その破壊の主が叫び声をあげながら中庭に向かって走り寄ってくる。
「ルオンちゃん、ルオンちゃーん。やりすぎだよー」
「待ってくださいよルオン様ー。貴方一人で先に行って何かあったらどうするんですかー!!」
そして他にも、女の声と男の声が一人ずつ上がった。
それだけだった。
三人だ。
驚くことにたった三人だけだった。
他には誰の声もしない。というか屋敷の人らしき人間の声も聞こえない。
「ななな、何なのぉっ、お前達は!」
すぐ傍までやって来たのだろう。
夜闇の中、女主人と執事に相対している人物の声がはっきり宣言した。
「ここに誰かいるんだろ。あたし等はそいつを助けるためにここに来た」
声は中性的で、性別は男か女か分からない。けれど、そんな事は危機に瀕してた子供にとっては些細な疑問だっただろう。
それは助けの手だった。
「そこどけよ。あんたらが誰かを攫ってそこに閉じ込めてるってことは分かってるんだ」
「なっ、言いがかりだわ、証拠はっ? 証拠はどこにあるのっ!? 証拠もないのに人の家をずかずか壊しまわるなんて、分かってるんでしょうねぇ!」
「ああ、だから、さっさとそこどけっって言ってるだろ、おばさん」
「おっ、……おおおおおおおば……」
女主人の声が震えている。
肩が小刻みに上下しているが、その揺れが激しくなるばかり。
今の一言が、何かの地雷を踏んでしまったのだろう。
その場にいた、人生経験の少ない子供でも分かった。
もうすぐこの人、キレる……と。
「きいいいぃぃぃーーーっ、小娘えええぇぇぇ。やあぁっておしまいなさいセバスぅ!!」
「……承知」
あんまり気乗りしない、という声が奇声に続いて、次の瞬間女主人の横にいた執事の姿がかき消えた。
瞬間移動かと錯覚するような早業移動の末、先ほど爆弾発言を投下した男の人の前に現れる。そして、残像しか見えないような動きで何かを振りかぶった。
そして、キンッ……と金属のぶつかり合うような音が発生。
子供にとっては何が何やら、だ。
少し場所が離れているせいでもあるし、ここからでは後ろ姿しか見えないせいでもあるのだが。
しかし結果的には、誰かが血を流すような事態にはならなかった。
「ルオン様、俺が間に合わなかったらどうするつもりだったんですか……」
「間に合ったから良いだろ。お前が来ないわけないんだから」
無防備に立つ中世的な顔立ちの男の人の前に、新たな人影が割り込んで剣を構え、執事の攻撃を防いでいた。
それは、取り立てて飾り気のない簡素な服を着ている人間で、剣を振り回すような人物には見えない優男だ。
「しっかし、こいつすごいな。闘技大会で最後にナナキと戦った奴より素早い動きしてるぞ。なんでこんなおばさんの所にいるんだ」
そして、その優男の背中にいる人物はのんきそうな表情で、もう少しで怪我をするところだったとは思えない人間のセリフを吐いていた。
「俺も少し驚きました、護衛士訓練時代の教官に次ぐ腕の持ち主ですね」
「はあ……はあ……、もーっ、ルオンちゃんもナナキも、すぐ先に行っちゃうんだからモカ走るの苦手なのにー」
最後に追い付いてきたらしい女が抗議すると、背中にかばわれた方の男は振り返って謝る。
「悪い、でもしょうがないだろ。急がないと何かやばそうだったし」
と、ちらりと声の主が子供の方を見る。
「闘技大会……ですって! そんなの聞いてないわ」
「ええ、襲撃があったとしか聞いていませんでしたね」
「―――っ、クビよっ、全員クビにしてやるわ職務怠慢よ何なの私一体もうどうすれば」
血走った目で夜空を見つめながら、髪をふりみだして叫ぶその光景は、ものすごく鬼気迫っている様子で、見た人をちょっとしたトラウマにさせかねない光景だった。
「奥様、ここは潔く身を引かれた方がよいかと……」
「いやよ、いやよおおぉお! 趣味も無くしたくないし、何といってもあの人にバレたくないのぉ! セバス、何とかしてセバスぅぅぅっ!!」
「残念ながら私では力になりません」
「そんなの嫌ああぁぁぁぁ……」
泣きわめいく女主人の脇を通り、男二人女一人が子供へと近づく。
「ふう、何はともあれ無事で良かったな。怪我とかないか?」
一番最初に駆けつけてきた男の人が様子を聞いた。
おっかなびっくりといっったようすで、尋ねられた子供は口を開いた。
「あ……、ありがとうございます。平気です」
「何だよ、子供のくせに丁寧語なんて使ってんなって。一応聞くけど、お前アイツらに捕まってたんだよな。実は親子とかで、何かやらかした罰にお仕置き食らってるとかじゃ……ないんだよな?」
「ああ、はあ。それはもちろん違います」
いくら親子と言えども、お仕置きにこんな真夜中に茨の不気味な温室に子供を閉じ込めたりはしないと、問われた方は思った。
「よし。ナナキ、モカ、さっさとここを出るぞ」
「うん」
「そうですね」
長居は無用とばかりに、棘屋敷を後にしようとする三人だったが。
「行かせないわよおおおおおっ。セバス、最終手段よ!」
「と、いいますと……?」
「こうなったら後に待つのは破滅しかない、腹をくくってこいつらを口封じするしかないわあぁっ!」
「はあ……、お言葉ですが正気……」
「でございますわよっ!!」
「とてもそのように見られなかったのでお尋ねしたのですが……」
嘆息しつつも執事は主の命令に従うつもりのようだ。
戦闘態勢に入った。
「やるのか、やるんならうちのナナキが相手になるぞ」
「ルオン様、そういうのは本人に聞いてから答えてくださいよ」
「いいじゃん。どうせ、やるしかないんだし」
「ですけど、それとこれとは話が違うというか」
助けに来た方も来た方で、臨戦態勢を取っている。どちらもやる気だった。
場を修める穏便な要素がまったくない。
「では、いざ尋常に」
執事の静かな声。
緊迫の瞬間だった。
次の瞬間には、双方の武器がひらめいて金属音がなったり、目にもとまらぬ速さで人影の残像が三つも四つも現れたりするはずだった。
だが、それは唐突に表れた乱入者によって阻まれた。
少女だ。少女が持っている何か……たらいで執事の頭を殴ったのだった。
「にゃー、とりあえずバチンってしてみたにゃ。余計なお世話だったかにゃ?」
「フレア!?」
「フレアちゃん」
「フレアさん……?」
助けに来た者達が、名前を呼ぶ。
深刻さを感じられない新たな人物は知り合いのようだった。
「いや、さんきゅーな。助かったよ。猫たちの情報網で場所を教えてくれただけでもありがたいのに。悪いな」
「そんなことにゃいにゃ。気が向いたら、助けただけにゃ」
「謙遜でもなく、本当にそんな事なかったな!」
そんな風にわいわいとやりとりをするその人たちの横で、
「あああああぁぁぁ……」
今度こそ抵抗するすべを全て失ってしまった女主人は、地面に力なくへたりこんだ。
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