第5話 散策
闘技大会会場周辺
「へっくしょい! うぅっ、寒気が……」
「大丈夫? ルオンちゃん」
「冷えてきまたからね、早めに宿に戻りましょうか」
闘技大会で稼いだお金でいつもより豪華な夕食をした後、大会会場周辺に出ていた露店を巡り歩いていたあたしは、突如得体のしれない悪寒に襲われてくしゃみをした。
「いやこれは寒いとかじゃなくて、誰かがあたしの悪口を言ってる線だな」
「噂じゃなくて……?」
くしゃみをするなら噂話だろうと横に並んでいるモカが小首をかしげて見せる。
「多分あいつだと思うんだよな、この町に来る前あんまりしつこいもんだから、色々言って煙に巻いてやったろ? その隙に逃げて来たはいいけどさ」
「あいつ……? ああ、あの人。根に持ちそうなタイプだもんね」
「後が怖いんだよなあ……」
脳裏に
路地裏から現れた人間に気付かずに衝突してしまったのだ。
「にゃっ!!」
「おうわっ!!」
ルオンはナナキが支えてくれたからいいものの、相手の人間は尻餅をついてしまった。
「大丈夫か!? ごめん、考え事しててさ……」
「にゃ、大丈夫にゃ。びっくりはしたけどにゃ」
それはつい半日前に分かれたばかりの少女フレアだった。
「何やってるんだ、ひょっとしてまだ見つかっってないのか?」
「実はそうにゃ、腕のいいお医者さんの情報を聞きだしたはいいけどにゃ、場所が分からなくて困っていたのにゃ」
「だったら手伝うよ、いいだろ?」
ルオンはは三人をぐるっと見回して尋ねる。
「モカもいいよー、このまま帰ってもフレアちゃんの事が心配できっと眠れないもん」
「反対したいところですが、仕方ありませんね。そういう所が貴方の良い所でありますし」
という事で方針は決まった。
なんだか二人そろってそういうような事を言われると、ルオンの意見を中心にして動いているような気がして、変な感じだが。
フレアは遠慮がちに聞いてくる。
「本当に良いのかにゃ、もう夜も遅いにゃ」
「まあ、構わないよ。お前をほっといて大人しく寝ろってのもなんか無理だしな」
「袖すりあうも多少の縁っていうしね。モカ、フレアちゃんと色々お話ししたくなっちゃった」
もっとも、これ以上断られたり迷惑だっていわれたら、さすがに引き下がるが。
フレアはあたし達の言葉を聞いて、嬉しそうに笑った。
どうやら余計なお世話という事にはならなさそうだ。
「助かるにゃ、ありがとにゃ」
ガラゴロゴロ……。
夜の暗闇の中を、一台の馬車が走っていた。
その馬車は、あえて人通りのない道を選んで通って行く。
まるで、極力人目に触れないようにしているかのように。
ガラゴロゴロ……。
馬車は音を立てて進んでいく。
「フレア? どうした?」
「にゃ、なんでもないにゃ、さっそくお医者さん探しをするにゃ!」
しかし、
「見つからねーなー」
「見つからないねー」
あてもなく町をさ迷い歩いて小一時間、一向に目的地にたどり着ける気配がなかった。
そもそも表通りは割とすっきりしているのだが裏通りの方はごみごみし過ぎていて、方向が掴みにくいというのが原因であった。
こんな砂漠にペットを連れてくる変わり者が案外いるのか、それとも医者の方が変わってるのか、動物を見てくれるという医者はいるらしいのだが、肝心の目的地にたどり着けないのでは意味がない。
「だあぁっ、どこにいんだよっその医者はぁ!」
「この辺あらかた探し終えちゃったね」
「情報も情報だろ、大雑把過ぎんだろ!」
そもそものヒントとなるはずのそれが、住所不定、町の南部近辺とかいう非常に大雑把な内容だったのだ。
作業が難航している半分の理由はまさにそれだろう。
まさか、情報自体が、嘘や偽の情報ってわけじゃないだろうな……。
ルオンは頭を抱えたくなった。
快く引き受けた手前、そんな事はしないけど。
「どうしますルオン様。他の情報屋もあたってみますか」
「うーん、そうした方が良いかもな」
ナナキの提案通りにしようかと、そう思いかけたルオンだが、もう一人の巫女の少女へと視線を向ける。
何やら考え込んでいるようだ。
「モカ様、どうなさったんですか」
「私達さっき、お医者さんについて人に聞いて回ったよね、モカ、最後に聞いた人が嘘言ってるとは思えないんだ……」
人差し指を頬に当てて考え込んでいるモカが、そう考えを述べる。
確証はないけど、という表情だ。
普段は危機的なくらい緊張感がなくて危なっかしいが、こういうときのモカの勘は意外と当たるし頼りになる。
「よく思い出して、背が小さくて、頼りにならなさそうだけどって言ってたよね。嘘を言うんだったらマイナスの印象を与える事は言わないと思う」
……確かにそうだよな。
「そうですね。それに俺達は別にお金を払って情報を飼ったわけではなく、その人は一般人だった。メリットがないという点でも頷けます」
「うん、だからもうちょっとその特徴で探してみようよ」
「モカがそう言うんなら……、どうしたんだフレア」
こうなったら最後までつきあってやるか、と気合を入れるルオンだが今度はフレアの様子が変だった。
ナナキの様子をじいーっと見つめていたようなので、声をかける。
……まさかこいつナナキに恋を!?
とかいう雰囲気ではなさそうだったが。
「なーんか、違和感があるにゃ、と」
「い、違和感ですか……?」
「全然違うことなんだけどにゃ。にゃうぅーん……。ルオンとモカの事と話をする時のナナキの態度がにゃ、のどに小魚が刺さったような感じがするにゃ」
ぎくり、と内心そう思ったのはルオンだけではないだろう。
……もしかして、バレたか? あたしもナナキも前と違って一人称は変えてるけど、ナナキの喋り方って丁寧すぎるんだよな。
「それは、小骨が挟まったじゃないかな。フレアちゃん」
「おお、そうだったにゃ。教えてくれてありがとにゃ。間違えて覚えてたみたいにゃ」
……いや間違えてるぞ。何であってたところをわざと間違えさせる。
にこにこと、やましい事なんて何も考えてないような笑顔でモカがフレアの言葉に訂正を入れるのを見てルオンが慌てる。
「いや、それ違……」
「こういうの、人前で間違えちゃうのはちょっと恥ずかしいよね。モカも小さいとき間違えてたことあるんだよ。あのね、……」
ふむふむと聞き入っている様子のフレア。モカがこちらへとひそかにウインクを飛ばす。
あ、そういう作戦だったのか。
ルオンは今のうちにひそひそ声でナナキに忠告する。
「おいナナキ、大丈夫かよこんなんで。怪しまれてるぞ」
「モカ様、わざとなのか本当に分からないのか、判断に困る時がありますよね」
「いや、そっちじゃなく、フレアの違和感の方だよ」
……天然はお前の方か。
「俺、そんなに変でしたか? しかしだからといって、巫女様にため口っていうのはちょっと……」
「あたしらは気にしねーって言ってんのに」
……怪しまれたら元も子もないだろ。
それに、もうちょっと距離を縮めてくれたていいんじゃないかと思ってたし。
ナナキの性格では難しい事は分かってるが、それでも距離を埋めたいと思うのはあたしの我がままになるのだろうか。
「あたしは、もっとナナキと仲良くなりたいと思ってんだけどな」
「ルオン様」
護衛と護衛対象みたいな感じじゃなくて、モカみたいに友達みたいに喋ってくれればいいのに、とそう思わずには言われないのだ。
……だから、フレアにも正体を知られたくないんだよな。
「できるだけ正体、知られたくねーんだけどなあ」
知られたら、フレアとも今みたいに気安くお喋りなんて出来なくなるかもしれないし。
なるべくそうならないようにしようと思ってるのだが、こんな簡単に見抜かれるようじゃ先が思いやられそうだ。
「なるほど、そんな事があったのかにゃ。モカも大変な思いをしたのにゃ」
「うん、すっごく大変だったよ」
どうやらあちらの話が一段落したようだ。
……それにしても、ちょっと気になるな。どんな話してたんだ?
ナナキと話してる間、向こうも向こうで盛り上がってるみたいだったし後でモカに聞いてみるとしよう。
「で、まあこれからだけど。もうちょっとこの辺で探してみようと思うんだ。それで良いかフレア。モカの勘って結構、馬鹿に出来ないみたいだからな」
「そうだよ、モカの女の勘はすっごく当たるんだから」
「女って、性別の問題か。でも、道案内とかは当てにしないからな」
「えぇーっ、なんでー」
「前それ頼ったとき、逆に迷子になっただろ。忘れたのかよ」
探すとか言っておきながら、捜索に歩き出さない二人の頭をナナキが順に小突いていく。
「とりあえず、喋るのなら歩きながらにしましょうか」
「う、悪かったよ」
「はーい」
「何だか、三人ともよそよそしいと思ったのが嘘みたいに、息がピッタリにゃね」
……ギクッ。
さっそくまた怪しまれてるし。
ガラゴロゴロ……。
ルオンがわざとらしいくらいの声で、さあ猫のお医者さん探しに行こうか、と言おうとしたところで、行く手を遮るように馬車が通った。
「にゃ?」
その馬車から落ちたのか、何かひらひらとした小さなものがフレアの前に舞う。
正体は紙切れだった。
はしっと掴んだそれを、目の前によく見えるように持ってくる。
「何か書いてあるにゃ。えーと、たす……けて……。にゃ?」
ルオン達全員が、え?
という表情をしたのは言うまでもない。
もちろんフレアの足元にいる猫達もだ。
……あ、言葉分かるんだ。
「ええと、フレア? もう一回言ってくれ、何か違う言葉に聞こえたような気がするから」
「そうかにゃ、じゃあもう一回言うにゃ。フレアもちょっとビックリしちゃったにゃ、読み間違えちゃったかもしれないのにゃ」
「そ、そうだよね。フレアちゃんってば意外とおっちょこちょいなんだね」
「そうですね、でもよくありますよねそういう事って、だからそんなに気にする必要はないですよ」
あたし達のフォローを受け取った後フレアは、今度こそ読み間違えないように、しっかりとした口調で喋った。
その紙に書かれた真実を読み上げる。
……大げさな事考えちまったけど、ただの落書きかなんかだろ。
と思っていた時期がありました。三秒間ぐらい。
「とりあえず、もう一回読むにゃ。……ええと、ぼくはわるいひとたちにつかまってます。たすけて……。って書いてあったにゃ。にゃー……」
聞き間違いでもなんでもなかったらしい。
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