第2話 ネコと人が流れて来た



 で、話はその半日前に巻き戻る。

 ちょうど、木をフルボッコにして、昼食を食べ、なおかつナナキがあたしのその特技を人に使わないように注意した後だ(この時は、まさか数時間後に破る事になるとは思わなかったな、さすがに)。


 それは、あたし達が行く先の街道でとある一団が現れたので戦闘になっていた時だ。


「うわぁぁ、化物」

「ぎゃあああっ、やめてくれぇ! 命だけは、命だけは取らないでくれ!」

「は、話が違うっ」

「助けてくれー、母ちゃーん! うわあぁぁぁ!」


 その先頭になった集団の内訳はというと……、一方はこの世界にとって重要な存在でる巫女一団で、もう一方はその巫女を付け狙う悪の組織だった。


 戦意喪失している一団を追い詰めるあたしは、高笑い。拳を打ち合わせて、凶悪な顔で残酷な選択肢をつきつける。


「あーはっはっは! ここで選べ、お前らの言う崇高な使命とやらに準じて死ぬか、それとも無様な敗者として生きながらえるか」

「お、俺は、自分の魂を汚すくらいなら、死んだ方がましだ。く、殺すなら殺せ!」


 返答を聞いた後はにやりと口をゆがめて拳を振り被る。


「そうか、ならお望み通りに」


 そして、その拳が降り下ろされる寸前。


「もうそれくらいにしてさしあげてはどうですか、巫女様」


 横合いからナナキが止めにかかった。


 分かっていると思うが、追い詰めてる方は巫女の一団だ。

 いや、一団でもなくたった一人だった。

 さらに追い打ちをかけると一見男のように見えるが、先の述べた通りあたしは巫女なので性別は女だ。


 それを知った時の相手の顔と言えば。


「「「んなぁ!」」」」


 ……うん、筆舌にしがたいな。


「あ、悪い悪い、ちょっと面白かったもんで」

「まったく、確かに相手が悪いですけど、ちょっと任せてみれば、すぐに調子に乗って。明らかにやりすぎですよ」

「モカは格好良かったと思うよ。でも、容赦ないねルオンちゃん。あ、そっちの人恐怖のあまり気絶してるよ」


 呆れた様子のナナキに、楽しそうなモカ。


「あちゃー」


 いくらなんでもやりすぎたか、と二人の言葉を来て反省するのは巫女である女性であり、本来守られる立場であるはずの自分。


「だってさ、毎回毎回町を出るたびに襲ってくるんだぜ、こいつら。いっつもナナキに任せるのは悪いし、どれくらいできるか試しておきたかったんだよ。ほら、割と最初の頃慣れてなかったからか、色々邪魔されたりしただろ? ちょっとやり返したって良くないか?」


 今でこそ対応に慣れているが、まだ旅に不慣れだった頃は、次々に襲い来る選定の使徒リバーサイドの連中に大いに困らされたものだった。


 奴らは自分の私欲のために巫女を捕まえて、保護という名目で好き勝手に願いを叶えてもらおうとするか質が悪いのだ。

 連中の背後には何人もの大金持ちたちが資金提供しているので、潰しても潰しても後から湧いてくる。


「気持ちは分からなくもないですけど、あの巫女様が悪人の様な顔をして使徒達をイビリ倒してたなんて噂が広まったら、皆さん不快になられるでしょう? 俺は気にしませんし、それでもまったく構いませんが」

「う、まあそう……だよな」


 絵面が、巫女どうこうの前に女性っぽくない。

 確かにそれは巫女らしくない。

 そんなのは嫌だと言わない所にナナキの優しさを感じるが、そこに感動している場合でもない。

 

「俺は別にルオン様が強くても良いんですけどね、危なくなったら俺がちゃんと守りますし」

「そ、そっか」

「もちろんモカも守るよ!」

「いや、モカは無理だから無茶はするなよ」

「ルオンちゃんの心を!」

「あ、それはお願いします」


 か弱いモカがナナキに張り合ってか名乗りを上げたので心配すれば、頼らざるを得ない言葉が返ってきた。

 力が強くてもあたしは実はメンタルが弱い。それぐらいは自覚していた。


 この中で一番大人なのは間違いなくモカだろう。

 最初の頃も、あたしとナナキの中をとりもってくれたようだし。


「まあ、それでもルオン様の事を何も知らない人達に悪く言われるのは、気分が良くないですからね。俺の知っている優しくて素敵なルオン様を皆にも分かってもらいたいんですよ。だからむやみにそうやって力を使わないでくださいね」

「何かずるいな。そういう言い方」


 まったく、そんな言い方されたら頷かないわけにはいかないではないか。


 なぜだか真っすぐに相手を見てられず、ナナキから顔を背けてしまう。


 あれから約一ヶ月、色々あって、遅れ過ぎて巫女の旅を始めたルオンに、巫女らしくしなくていいといってくれた巫女付きの星衛士ライツ、ナナキ。


 互いに本音を言いあって、ルオンを肯定してくれるナナキが巫女付きになってくれて本当にありがたいと思っているが、あの一件から(元々の様な気もするが)胸に名状しがたい気持ちを抱いてしまったり、態度がよそよそしくなってしまうのだ。


 なまじナナキがまっすぐで真面目な性格で、勘違いしそうな言動も多いのもきっと原因だろう。


 意図してないことは分かってるのだが、そういう言葉をぶつけられたりすると反応に困るのだ。


「ねぇねぇ、ナナキ。モカは? モカも素敵?」

「モカ様はしっかりしていて気配りのできる素敵なモカ様ですよ」

「そっかぁー、えへへ」


 そんな感じのはっちゃけた戦闘の後、歩みを再開して街道を進み、川の流れる所までやって来たルオン達、ちょうどいい木陰を日よけにしながら進むのだが……。


 何か動物の声のようなものが聞こえて来たらしい。


「ねぇ、何か、鳴き声みたいなのが聞こえるよ?」

「どっちからだ?」

「うん、猫の鳴き声。こっちの方からかな」


 聞き間違えではありえないだろう。モカの聴覚は優れていて、町の雑踏の中から出も正確に誰が何を言ったのか聞き取れるし、些細な音でも拾い取る音が出来る。


 聞き返すような事はせずに、ルオンは先を促した。

 モカが指し示したのは川の上流だ。

 ルオンはナナキと顔を見合わせた。


「まさか」


 まさにまさか。そのまさかだった。

 流れてきた。


 ……何がって。そんなの決まってるだろ。ネコだ。

 ……いや、まあ……普通は予想できないか。


「にゃー」「にゃあああ」「にゃにゃ」「にゃうにゃう」「にゃー!」

「って、たくさんいすぎだろ! ナナキ!」

「分かりました」


 鳴き声の連続に思わず突っ込んでしまったが、のんびり眺めているわけにもいかない。


 ナナキと共に川の中に入って、流れてくる猫達を拾い上げる。

 川は幸い浅い様で、膝下ぐらいまでの深さだったのだが、そもそもが小さい猫達にとっては致命的な深さになりうる。


「とりゃ、よっと」


 流れてくる猫達を、モカも含めて手分けして拾い上げると、最後に特大のが流れてきた。


「な、ナナキ。随分でかいネコが流れてきたな」

「にゃー、助けてほしいにゃー。フレア泳げないにゃー」

「ルオン様、あれは猫ではなありません。人です」


 冷静に指摘された。


 ……そんな事分かってるよ。


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