第9話 不審な男が部屋に侵入してきたんだが
ノックの後に男の声がかかる。
「おーい、巫女様いるかー」
風船につけたらとんでいってしまいそうな男の言葉が、部屋の外から聞こえた。
「何だ、やけに軽い言葉だな」
一体何事だ、と思う。そのおかげで、さっきまでの暗い気持ちはどこかへと飛んで行ってはくれたが。
首を傾げていると、部屋の外から、ドンドンと扉を叩く音がしてきた。
モカと顔を見合わせる。
自分でこんな事を言うのもあれだが、恐れ多くもここは巫女のいる部屋だ。
今までの一週間、そんな風にドアを叩くものはいなかったというのに。
せわしなく叩かれるノック音に重なる様に、制止する見張りの声が聞こえてくる。
もめているようだ。
「いけません、そんな。許可もとらずに、巫女様の部屋に入るなんて…」
「通してくんないか? 大事っぽい話があるんだが」
……ぽい、ってなんだよ。
……大事なのか。そうじゃないのか。
部屋の外の会話はなおも続いている。
「しかし、規則で決まっていて……」
「規則規則って、そんなに規則が大事か。アンタが大事にしてるのは巫女様か? それとも規則か? 巫女の安全に関わる事なんだよ」
「それとこれとは話が違……いや、どういう意味だそれは、おい待て!」
やがて、扉が開かれて一人の鳶色髪の男が入ってきた。
で、入ってくるなり素早く鍵をガチャリと閉めた。
扉がドンドン叩かれているのだが、侵入してきた男は涼しい顔だった。
その男は俺達と目が合うと、胡散臭そうな笑みを浮かべて片手を上げる。
「よっ」
発した言葉は、ちょっとそこであった友人にでも声をかけるような、そんな挨拶だった。
俺は身構えながら、その男を観察する。
危害を加えようとか考えている人間の顔には見えない、が……。
その男が身に纏う雰囲気はどうにも軽々しくて、信用ならなさそうなものだ。
用心するに越したことはないだろう。
などと、そんな事を考えながらモカの前に出るのだが、その顔には見覚えがあった。
そういえば事件の後に、ルオンを叩いた少年の事を教えてくれたのが、こんな顔の奴だった。
「あ、お前……あの時の」
「ああ、覚えててくれたんだな。また会ったな」
手繰り寄せた記憶が結びついて声に出せば、馴れ馴れしい言葉が返って来る。
……それ、巫女に向ける挨拶じゃないだろ。
……堅苦しいのは好きじゃないけどさ。
と、扉の外から叩いていた音が止んで、人がゾロゾロと集まって来る気配がしてくる。
「決まりが……」「どうするの?」「衛兵を……」「人を呼べ」
扉の向こうからそんなやり取りが聞こえてくる。そして足音、人を呼びに行ったのだろう。
こいつ、こんな入り方して大丈夫なんだろうか。
意味不明な侵入者は俺達二人に全く遠慮のない視線を浴びせてくる。
「おーおー、お前達が巫女さん。そっちの可愛い子はともかくアンタは似合わないなー」
「初対面の人間にいきなり失礼な奴だな、お前」
その男は、モカに納得の目を向け、ルオンに疑いの目を向け、そんな正直すぎる感想を発言する。
その頭どいついたろか、と思った。
モカといい、こいつといい、最近の若者は自分に正直なのがブームなんだろうか。
「何の用だよ。見張りが困ってるだろ」
「俺もさっきまでは見張りだったんだけどな。代わってもらうの大変だったぜ。ま、時間もない事だし、そんな無駄口叩いてないでさっさと話しを進めようぜ」
……自分で脱線させて余計な事まで喋ったんだろ!
「ルオンちゃん、鼻息荒くした牛みたいになってるよ」
……モカも脱線させないでくれよ。
その様子こそさらに巫女様に見えないぜ、とか目の前の軽そうな男に言われるのはものすごく嫌だったのでどうにかこうにかして怒りを治めてやった。大変だったが
「で?」
話を長くすると、一向に本題に入れなさそうなので、さっさと促した。
「はは、表情は普通だが、目が獲物を猛禽類みてー。じゃ、単刀直入に言うけど、ナナキを絶対に『助けないでやってくれ』」
「ナナキ?」
知らない男の名前が出てきて、首を傾げる。
聞いた事がない名前だった。
この一週間の間に聞いたお世話さんの名前でも、
「誰だそれ」
「うん? 言ってなかったか? 成績優秀で、堅っ苦しい性格、中性的容姿だけど結構モテる。んで、おまけに前代未聞の巫女様に暴力を働いた犯罪者ってとこか……」
「前半いらねぇだろ。……って、犯罪者! あっ、あの野郎か!」
ようやく誰の事か分かった。
俺にきつい一発をかましてくれたあの男の名前は、ナナキというらしい。だから何がどう、というわけでもないが。
モカは、得心がいったようにうなづきながら目の前の男に質問していく。
「そっかナナキさんって言うんだ。じゃあ、そのナナキさんと、貴方はお友達なんだね」
なるほど。
モカの言葉に納得すだ。
友達なら、ナナキとやらの事色々知ってるのも自然だろう。
「そうそう、トモダチトモダチ。しっかし、あいつとんでもない事やらかしたな。巫女様ってあれだぜ、超需要人物。神様に選ばれたってことは、それに近い存在ってわけでー、そんなもんに手をあげたら無礼者とかいって、懲罰牢送りにもなるのが当然だわな。ははは、うける。いくら優秀なあいつでも、な」
……友達牢屋に入ってんのがうけるのか。
しかし、それはともかく。
「あいつ、今牢にいるのか……」
何かしらの罰はあるんだろうなと思っていたけど。
まさか牢屋に入れられてるとは予想外だ。
俺が思っていたよりはるかに重い状況だったらしい。
自分が何か悪い事をしたわけでもないのに、罪悪感を感じてしまう。
……そういえば、今まで自分のことばかりで、アイツがどうしてるとか考えた事なかった。
巫女に暴力を振るったのだ。重い罰を受けない方が変だろう
だけど牢屋は、さすがにやりすぎだと思う。
たかが人間一人を叩いたくらいだというのに。
特に俺は、巫女だなどとあがめられるような大層な人間ではないのだから尚更。
「牢屋かあ。それは、精神的にキツそうだね」
モカが心配そうな表情をする。そうだ、そんなに悪い事はしてないのに、犯罪者が入れられるような所と同じ場所に入れられるなんて、そうとう精神に堪えるはずだ。
目の前の男は」だよなー」と他人事そうに同意しながら話を続けていく。
「無茶苦茶落ち込んでたな。で、そんな奴の未来は、たぶん巫女様が旅立った後ぐらいにクビだな。クビ。解雇。お疲れさまーって感じで。あーあ、あいつ馬鹿だよなぁ。一生懸命巫女付きになる事ばっか考えて剣ふってたのに。あんな馬鹿な事やって。笑えるよな、ホント。ははは……」
言いながら軽い口調でその男が笑い出したもんだから、俺は思わずそいつの胸倉をつかみ上げてた。
「おい、てめーのアイツの友達なんだろ、そんな風に笑うな」
「おお、怖っ。そう、怒りなさんな。まだは話は終ってねえよ」
「ルオンちゃん、時間がないみたいだよ。今、扉の向こうの人が鍵を持ってくるみたいだから、その人の話を聞こう?」
俺には目の前のやりとりで夢中で、扉の外の事などまったく聞こえなかったし、意識がなかったと言うのに、驚くべき事にモカは把握していたらしい。
どうしてそんな事分かるんだ、疑問に思ったが目の前の男が再び話し始めたので、手を離してやった。
「で、結論言うけど。俺が言いたいのは、ぶっちゃけこのままでいいから、何もするなって事。くれぐれも任命権を使ってあいつを
と、この目の前の軽い男は話の終着点を示して見せた。
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