第18話 スカイレーティスの遺産




 ルスト町 ナトーラ港


「はぁ、セントレイシアほどじゃないけど、ここもここで……」


 目にした光景を前に、ちょっと口を開ける俺。


 街道を進んで港に着いて、まず目についたのは人の多さだった。


 視界いっぱいに人がいる。

 住んでいた町では、まず目にできないだろう光景を見て目を丸くするしかない。


 セントレイシアは大きな町というイメージであまり驚かなかったのだが、世界に人はたくさにいるらしい。

 そんな事は当たり前の事なのだが、改めてそう思ってしまうのだ。


「すげぇな」

「人いっぱいだねー」


 モカと揃って、景色よりまず人ごみに目を奪われていると、ナナキに先を促される。


「立ち止まっていると、迷惑になってしまいます。生きましょう。ちょうど飛空艇が港についた頃だったから、大勢いるように見えるのでしょう」


 ナナキが説明する通り、リング状大地の途切れたその端の部分……港には一隻の巨大な飛空艇が泊まっていて、出入り口から列を成した人が次から次へと吐き出されてくるのが見えた。


 この乗り物の世話になる事で、人々はリング大地群の間を行き来する事ができるのだ。


「ねぇねぇ、早く乗ろうよ。モカあんな大きな乗り物初めて! あれが空飛ぶんだねー!」


 飛空艇の大きさは、下手したら小さな町一つぶんくらい。

 見た目は鋼鉄製の乗り物で、重そうなんて感想が吹っ飛ぶくらいの圧倒的重量だ。

 そんな図体の物体が、一体どういう原理で空に浮かんでいるのか本当に不思議になった。


 その飛空艇をこの世界に作ったのは、ずっと前の巫女だ。


「これが、スカイレーティスの願いの飛空艇か……」


 知識の中から知っている巫女の名前を呟く。

 この世界で数艇あるという飛空艇は、ルオン達の三代前の巫女が、大地を楽に渡る為にと願って、自由神に願いを言い、神様に顕現させてもらったものだ。


 巫女は、この世界の在り方を決めることも出来るが、こういう風に即物的なことでも願いは叶えられるのだ。


 スカイレーティスは、幼い頃に絵本好きだった影響もあって、勉強嫌いのルオンでも知っている巫女だった。こんなすごい事を巫女様はできるのかと、子供ながらに感心して読んでいた事を覚えてる。


 スカイレーティスは空を愛する巫女で、人が空を飛ぶという願いを叶えるというために積極的に旅で各地を歩き回て、最終的にこんな願いを決めたらしい。


 ただ不思議なのは、飛空艇を建造する技術をもらったのではないという事だ。

 彼女は現物だけもらう、という願いにしたのだった。


「俺なんかは、何でこんな凄いもんを作れるようにしなかったんだろう、って不思議に思うけどな」


 設計図なりなんなりをもらっておけば、もっと沢山便利な乗り物を作る事が出来たろうに。


 その疑問には、俺達と同じように飛空艇を眺めていたナナキが答えた。


「何かを成す楽しみを奪いたくなかったのではないでしょうか」

「何かを成す、楽しみ……?」

「人は乗り越えるのが困難な壁にぶつかった時、精一杯工夫してその壁を乗り越えようとするでしょう。自分に足りなかったものは何かを考え、必要な事をして、それでも足りなければ誰かの力を借りて……。そうやって苦労して壁を乗り越える事を、楽しいと感じる人もいるでしょうから。スカイレーティス様はそうしたくて道しるべだけもらったんじゃないでしょうか」


 ……ふぅん、そんな考え方もあるんだな。


 俺はそう思いながら話を聞いて気づく。

 ナナキがこんなに長い間、自分の考えを話したのは初めてではないだろうか。


「お前にとってその巫女様は特別な人なのか」

「ええ、俺の理想の巫女様でしたから」

「……そうか」


 ああ、俺も同じだ。自分も、こんな巫女様に仕えられたらと思ってたのだ。訓練生時代は。


 そんな話をしていると離れたところで、飛空艇を眺めていたモカが、期待一杯の視線を向けてくる。


「二人とも、何してるの? 早く乗ろうよっ」


 そして、待ちきれないとばかりに、尽きない人ごみ目がけて走っていく。


 それを見たナナキは、慌てて追いかけていく。


「モカ様っ、お待ちください。あまり人ごみに行かれますと困ります!」

「えへへ、鬼ごっこだねー。モカは捕まえられないよ」


 モカは、それを見て何を思ったのかさらに走って逃げようとする。

 子供の様だった。


「ったく、何やってんだか……」


 呆れたように言いながらその後をついていく。

 心の中には、どうしよものない不安を抱えて。


 ナナキの腕を見れば、そこには包帯が巻かれていた。

 幸いなことに怪我自体は軽傷ですんだ。

 だが、次も無事だとは限らない。


「…………やっぱ、俺なんかが巫女じゃ駄目だよな」


 ルオン・ランタノイレは巫女にふさわしくない。

 巫女にふさわしい物など、何一つ持ち合わせていない。


 俺が巫女になったのは間違いに違いないのだ。

 本当なら、巫女はモカ一人のはず。


 スカイレーティアの様な巫女の中に俺ごときが並ぶなんて、歴代巫女への冒涜だろう。


 そんな偽物の巫女を守るために、ナナキは怪我をしてしまった。

 俺が馬鹿で、足手まといで、巫女らしくなかったから。

 俺のせいで傷を負ってしまった。


「俺、どうするべきなんだろう」


 そんな事はきっと、決まっている。

 今、胸の内に浮かんだ答え。

 きっとそれが正しいのだ。

 

 乗客が出払うのを待って、乗船賃と個室料金を払い、艇内の清掃が住むまでに、時間を潰した後、ルオン達は三人そろって飛空艇に乗船した。


「わぁー、すごいね。こんな立派なのが空を浮かんでくなんて信じられない。ね?」


 中に入るなり、モカはあちこちに視線をやって歓声が尽きないようだった。


「モカ、馬車とかは飽きちゃうけどこれなら全然飽きないと思うな」


 雲の中をイメージしたのか、クリーム色の配色で統一された内装は、際立って豪華な見た目でも貧相な見た目でもなく、ちょうどよく背伸びした雰囲気になっている。


「あ、見て見て、あれすごいよ。中に喫茶店があるんだね、あっちはなんだろう小さなステージ? 何かショーでもやるのかな?」


 入口を通りロビーに入ってすぐにはモカの言う通り、喫茶店があったり催しものをするための小さな舞台があった。

 はしゃぐモカの側を、同じく乗船した人達が通っていく。


「どうだい? 初めての飛空艇は」

「パパ、見て見て、すっごい広いね! 後でショー見よ!」

「こらこら、はしゃがないの。他の人達に迷惑でしょ? あなたも叱ってあげてくださいよ」


 近くにいた親子の会話だ。

 そんな三人家族の様子とモカの様子はあまり差がなかった。


「ルオンちゃん、上に観覧デッキもあるって、個室に荷物置いたら行こうよ。空飛んでる時のお空見たいなっ」

「……ああ」

 

 気のない返事をしながら、取っておいた個室へとルオンは自動操縦モードで歩いて行く。





 そんなルオン達から少し離れた所に、二人の男が立っていた。

 一人は赤いネクタイを覗いた全身、金色尽くめの男……キースで、もう一人はいたって普通の、気苦労が多そうな人相の若い男……レクトルだ。


「キース様、もうこんな滅茶苦茶なスケジュールは組まないでくださいよ。例の夜盗たちが襲撃失敗したとか聞いて、そのままこの港で待機しておけば良かったのに、研究材料の確保だとか言ってわけの分からない鉱物の採集に付き合わせて……」

「仕方ないでしょう。この辺りには後々の研究に役に立ちそうな物がありましたからね。……ふむ。あれが今代の巫女ですか。思ったよりかなり印象の違う者達ですね。おや、子供じゃないですか。それにあれは、男? 女? どっちなんだか。巫女二人じゃなくて、巫女付きが二人なのではありませんか?」


 疲れた声で途中から苦情を言いだすレクトルの言葉には耳を貸さず、キースは思ったことを思ったままに口に出す。


 そんなキースにレクトルは、疲労を滲ませる声で説明していく。


「ちゃんと巫女が二人です。組織の報告でもそうらしいですよ。それにしてもあまり緊張してる感じには見えませんね。セントレイシアでの騒動に続いて夜盗に襲撃されたというのに。意外と大物なんでしょうか」

「節穴ですか、あなたの目は。まあ、だから私なんかのお目付け役につけられたんでしょうけれど。あれが平気なように見えるなら、まだまだ使えませんね」


 的を外した意見を言ったレクトルをキースは貶して放置、そのままさっさと移動していく。


「えぇっ! どういう意味ですか、それ! 私、お世話役を辞めさせられたら困るんですよ。あ、待ってくださいキース様っ、キース様ってばっ!」


 レクトルはそれに気づき慌てて背中を追いかける。

 同じ艇内の同じフロアで、そんな二人のやりとりがあった事など、今のルオン達には知る由もなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る