第19話 モカ・テンペスト
飛空艇 客室
……ルオンちゃん平気な顔してるけど、ナナキの事やっぱり気にしてるんだね。
……力になってあげたいな。だって、本当にルオンちゃん良い子だから。
「じゃあ、俺は先にデッキに言って外の空気吸ってくるから」
料金を払ってとった個室にたどり着いて荷物を置くなり、ルオンはそう言って足早に部屋を出ていってしまう。
その背中をすぐに追いかけようとするナナキだが、モカはその行動を止めた。
「あ、ルオン様……」
「ナナキ、行かせてあげて」
腕を掴んで力強く見つめれ続ければ、ナナキは話があるという事に気が付いたようだ。
「モカ様……?」
「使徒さんの事とかいろいろ気にしなくちゃいけない事があるのは分かってるけど。今はお願い、一人にしてあげて。ナナキにはこっちからも話さなきゃいけない事があるし」
「ですが……」
自分がいない間に何かあってはと、どうしても扉の方に視線を向けててしまうナナキ。
そこモカはモカは、真剣な言葉をかけてその場に押し留める。
「これは巫女付きの
真面目なナナキならば、この言葉を無視できはしないはずだった。
「分かりました」
思った通りナナキは息をついて、頷いた。
ルオンを追いかける事を諦めて、扉を閉める。
「とりあえずもうちょっと落ち着いてからね」とナナキに言い、部屋に備え付けの紅茶が入れていく。始めはナナキがやろうとしていたのだが、初めての飛空艇旅の記念だからと説得したのだ。
「座ればいいのに」
待っている間、紅茶入れに動くモカを差し置いて自分だけ楽にはできないと言い、ナナキはずっとイスには座らず立っていた。
……そういう所、ルオンちゃんは嫌そうだよね。
……モカもちょっと堅苦しいって思っちゃうな。
「そういうわけにも行きません。巫女様に紅茶をいれてもらったばかりではなく、至らぬ所の指摘までさせてしまうのですから」
「あ、そこ分かってるんだ。落ち着いてきたね。でも……ナナキだけが悪いわけじゃないと思うな」
モカがお湯を入れたティーポットに、ティーバッグ投入。室内に言い香りが漂う。
良い時間になるまで、モカはイスに座って待ち続ける。
「じゃあ、単刀直入に聞くけど、最初にルオンちゃんを叩いた時、ナナキは何を考えてたの?」
胸を直に抉るような質問だが、ナナキは表情を変えないようにしていた。
しかし、隠しきれずの苦いものを噛み潰したような表情になっている。
「あの時は本当に、申し訳ありませんでした。俺は……いえ、私はとんでもない事を……」
「そういう事じゃなくって、私は……何を考えてたの、って聞いたんだよ?」
ナナキの言葉を遮ってモカは再度同じ事を尋ねる。
「私は、それが聞きたいの」
いつもの雰囲気を横に退けて置いて、真剣な表情できちんとした返答を求めればナナキは痛みをこらえる様に言葉を紡いでいく。
「俺はあの時、怒っていたんです。……ルオン様が、一人で戦う事を選んだのを。自分の事を少しは大事にしてほしいと、私はそう思ったので。周りに、他の星衛士達もいたのに、どうして一人で戦おうと決めてしまったのか、と…………」
まるで、見えないナイフで傷つけられでもしているかのように苦しそうな表情でナナキは、心中を語った。モカはそれに対して「やっぱり」と表情を緩ませる。
「うん、そっか。ナナキはそう思ってたんだね。それ、ルオンちゃんに話してないよね」
「ええ、はい」
モカは、ちょうどいい頃合いになったポッドを持ってきて、ティーカップに紅茶を入れていく。
赤く透き通った液体がなみなみと注がれ水面を揺らがせた。
ナナキとルオンがすれ違っている事には気が付いていた。
だが問題なのは、考えの違いではなく。
そのすれ違いが、互いの意思がまったく伝わっていないという事だ。
「もう、そこが良くないんだよ。ナナキの駄目なとこ。ルオンちゃん、たぶん誤解してるよ」
「え……?」
思いもよらなかったという表情をするナナキを見て、モカはため息をつく。
……ほんとうに気が付いてなかったみたい。
……真面目過ぎて頭が、固くなっちゃうのかな。
「どこをどう誤解してるかはモカの口からは言えないけど。ナナキ、ちゃんとルオンちゃんにそれ言ってあげてね?」
「俺は、てっきり嫌われてるとばかり思ってました。もしかして、それが原因で……」
「うん、避けられてたんだよ」
モカのまったく隠す気のない言葉にナナキは、思わずといったふうに顔を下げた。
肩を下げてうなだれる様子は、巫女付きとしてではなく、知人に距離をとられて落ち込む一人の少年のようだった。
そういう姿をもっとルオンに見せれば、親近感も沸いて距離が知事待っていくのだろうが、ナナキはそんな事にも気が付いていないのだろう。
弱さを見せる事は、格好の悪い事だと思って良そうだ。
「謝ろうとは思ってたんですけど、俺を巫女付きに反対されなかった事もあるので、俺があんな事をした理由をルオン様は気づいてらしてるとばかり思ってました」
「そこは、確かに誤解しちゃうかもしれないね……」
ナナキはフラトとモカ達が話したことを知らない。だから、そう結論付けるのも当然と言えば当然だった。
巫女付きにした経緯を離さなかったのは、こちらの落ち度でもある。
「好き嫌いは別として、ルオン様は俺の言おうとしていたことを分かってくれて、俺の能力も信用してくれているのだとばかり……」
能力を信用する云々はあってると思うが話がややこしくなりそうだと、モカは今は口を閉ざしておこうと思った。
式の直前に聖樹で聞いた話の事も。
「ナナキって理想高そうだよね。思っていた方向の高さじゃなくてほっとしてるけど。ちょっと私達からすれば重いかなぁ」
モカは顔に苦笑を刻みながら、ナナキの為に躊躇う事なく言葉を続けていく。
「ちょっと理想の巫女様に向ける目になりすぎてるよね。ルオンちゃんはナナキが思ってるより普通の女の子なんだから、そこのところよーく分かってあげてね。こんな大変な旅に連れ出されて、結構ストレス抱えてると思う」
「俺は、巫女様としてじゃなくルオン様のことをちゃんと見れてなかったんですね」
「うん、きっとそう。これからは巫女様としてじゃなく、女の子として見てあげれば、ちゃんと仲良くなれると思うから。はい、これでお話終了」
真剣な顔をやめて、最後に手を叩いて話を終わらせる。
「あ、ありがとうございます」
「お茶、どうだった? あ、飲んでない……。駄目だよナナキ。ちゃんとリラックス効果のあるお茶に淹れたのに」
「すいません」
すっかりぬるくなってしまったお茶に今更ながら口を付けるナナキ。
それはほのかに甘みのあるお茶だ。それと鼻腔をくすぐる果物の匂いもする。
そう言う事に関しては、お嬢様生活の長いモカは詳しいのだ。
「モカ様は凄いですね。私は巫女付き失格です」
ご馳走さまです、と礼を言いナナキがティーカップを洗おうとしたので、モカが笑顔でもぎ取った。
それは、「他にやる事あるよね?」という意味で。
ナナキがちょっとたじろいだような様子だが、気にしなかった。
「いいんだよ。ルオンちゃんは護衛してくれるナナキを求めてないから。ナナキがいるついでに護衛の仕事もくっついてるくらいで接してあげればいいと思うよ」
言いながら、モカは扉を視線で示す。
……背中は押してあげたから、後は自力で頑張れるよね。
そんな、内心をその視線に込めながら。
「はい、善処します」
生真面目な
「うーん、でも何か、今のナナキだと色々変なところまで頑張っちゃいそうだから、ちょっと別の意味で心配になってきちゃったかな……」
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